第15話 異世界世界の語られアプローチ
「ゾンビだーっ」
かがり火が、水面にテラテラと輝く船着き場。
乗船を待っていた旅行客の一人が、突然、アゴが外れたような大きなリアクションで、ケタケタ笑い出した。よくよく見ると、でっぷり太った行商人のようなオッサンの顔は、不自然に痩せこけている。私たちのパーティの一人、「アノマロ君」が、風で飛ばされそうになったオッサンのチロルハットをおさえてあげようとすると、帽子ごと、その白髪まじりの髪がズルリとすべり落ちた。180度、首だけ回転させて後ろをむいたその顔は、ガイコツそのものになっていた。ゾンビはどこから取り出したのか、フランベルジュをかまえて、私たちに切りかかってくる。
「アノマロ君」
「あいよ」
盾役のアノマロ君が攻撃を受けきる。鍔迫り合いをしているアノマロ君を援護すべく、我らがアタッカー「しっぽ妹」が回転殺法で切りつける。コールタールみたいな、どす黒い血が噴き出た……はずだった。ゾンビの埃まみれのタートルネックは左肩から破れ、肉はそげた。骨だけになった腕で、ゾンビは懲りずに剣を振り回してくる。
「マスターっ」
アノマロ君の叫びに、のんびりした返事が返ってくる。
「分かってる」
我がパーティの大黒柱にしてヒーラー、「メイド伍長」が回復魔法をかけてくれたお陰で、我がチームのメイン盾は、次の攻撃にも耐えた。
「しっぽ妹、いまだっ」
「あの、垂れ下がったガイコツのアゴが、邪魔っ。何かのアイテムになってるみたい。ケースケ、あれ、盗めない?」
「了解」
なんだか、サクサクと話が進んでいくな。てか、私が完全においてけぼりだ。
「あのー。私にも何か、仕事を振ってほしいんだけど」
「サシミのツマより役立たない人は、黙ってて」
「マスター、冷たい。それに、ツマは、役立ってるよ。あの大根の白さが色どりにもなれば、薬味にもなってるじゃない」
「じゃあ、サシミの皿のはしっこにある、タンポポ以下のひとは、黙ってて」
「あれ、食用菊……」
「いいから、おとなくしててっ」
私は渡辺啓介君と、いや「ケースケ」とアイリッシュ風のパブに来た。カウンターに一列に座り、バーテンダーの後ろの棚にずらりと並んだ、ウイスキーを眺める。私と渡辺君以外はおそらく未成年だが、ここでそんなことを気にする者はいない。
酒を飲みに、というより、森を徘徊するほうが向いていそうな恰好の渡辺君。絵本のロビンフッドが、そのまま飛び出してきたような、感じ。対して私は胸元あらわな真っ赤なキャミソールに、キツネの毛皮のショール姿。大幅にデフォルメされたアバターでも、じゅうぶん煽情的な恰好だ。私たちの連れの三人も、似たりよったりの異形の恰好をしている。
そう、ここは、現実じゃない。
正確には、渡辺啓介と二人で参加しているネトゲ、『ナイト・クエスト』内のエリアの一角なのだ。
産業革命前の中世ヨーロッパ都市を舞台に、人間に紛れている吸血鬼や狼男、ゾンビを退治する、とうありきたりのコンセプトの、ロールプレイングゲーム。他と違った売りがあるとすれば、この仮想世界には昼がない。極地方のように地軸の傾きで太陽が昇らないというのではなく、ある種の呪いで夜しかない世界になっている、という設定だ。暗闇オンリーという舞台に合わせて、選べる職業も一般的なRPGのようでない。「勇者」「冒険者」「騎士」は存在しないが、「盗賊」に「娼婦」、「密偵」に「殺し屋」とアダルトテイストぷんぷんなのが用意されている。ゲーム内には、ギルドが依頼主となるミニ・クエストが多数登場する。しかし、究極の目標は、ラスボスたちを倒して、彼らが隠し持つ「太陽のカケラ」を集め、世界に「昼」を取り戻すことだ。
物語を作っている新進気鋭のシナリオライターが石巻出身ということで、ゲーム参加者の中にも、どうやら地元ゆかりの参加者が、少なからずいるという噂だった。
盗賊「ケースケ」として酒場の幽霊退治を得意とする渡辺君に誘われ、私はこのゲームに加入した。
そう、どんな男も魅了する魔性の「娼婦」、スワンとは私のことである。
ネカマとしてのふるまいがよほど妖しく見えるらしく、魔女や吸血鬼と間違えられて退治されそうになること、三回。このゲーム内の職業の特性として、「娼婦」というのは、戦場では全く役に立たない。敵に襲われて戦闘クエストのきっかけを作ったり、怪異たちのパーティにスパイとして侵入して攪乱する、という、いやらしい役どころなのだ。
苦労に苦労を重ねて、私は仲間を探した。石巻専修大学の学生さんがメインのパーティを見つけ、彼ら彼女らのツテから、古川さんたちのクラスメートにたどりついたのである。
ゲームの内容が内容だけに、当然『ナイト・クエスト』は18禁だった。好奇心でゲームを覗いていた「しっぽ妹」たちを脅し……じゃなく、うまく言いくるめて、彼女らをパーティに参加させた。
目的はもちろん、「語られアプローチ」の工作に、協力してもらうためだ。
最初、学校バレしようが、親バレしようが、そんなことに協力する謂われはない、と強硬に反対された。
ゲームで知り合っただけの仲間に、そんなことまでする義理はない。マナー違反もいいところ、と叱られもした。
古川さん本人が切情を訴え、メイド伍長が同情し、私たちのパーティが始まった。今では、茶飲み話、井戸端会議と称して、学校の様子をちらちら、聞かせてくれもする。予定では、ここに桜子と丹野君が加わるはずだが、その前に、肝心の古川さんがドロップアウトしてしまった……。
まあ、彼女たちに嫌われているのは、選択したキャラの「いやらしさ」だけでなく、参加の経緯も関係しているんだろう。
おっと。
我が仲間たちの紹介を忘れていた。
「寒がりの桜子が、おしゃれなパーカーの下に、ラクダ色の婆シャツを着こんでいる」という証言から、姪と同じ学校、クラスメートの女の子と見当をつけた「しっぽ妹」。そして、「しっぽ妹」のオフラインでのリアル友達らしい「メイド伍長」「アノマロ君」を紹介してもらう。「アノマロ君」はどうやらリアルの私を知っているらしく、美女アバターと「スワン」というハンドルネームを知ると、「サギって言葉、知ってます?」と真剣に聞いてきたのだった……。
「はい。さっきのゾンビ狩りの、反省会」
マスターのメイド伍長の一言で、私たちは「休戦中」の仲間に思いを馳せた。
「ヤルミンさえいてくれれば、あんなシャクレ顎ガイコツ、一発で倒せたのにな」
「しっぽ妹、それは言わない約束でしょ」
「でも、マスター。私、本来前衛じゃないし。ホウキを武器にした幼女が攻撃役のパーティなんて、ナイトクエストじゅう探しても、ウチだけじゃないの?」
「だから、グチグチ言ったって彼女は帰ってこないって」
「サーベルを振り回す男装の麗人、ダルタニャンみたいな銃士姿、ウチら以外にも隠れファンがいっぱいたのに。あーあ。アユミちゃんに、直談判してこようかな」
そう、ヤルミンこと古川さんは、カリスマ的な人気者だった。個人的には、アバターにも水色リボンのポニーテールをつけていたのが、お茶目と思った。
パーティメンバーの攻撃の要として、大活躍。
それでいて、決して手柄を自分で独り占めはしない。メンバー個々が楽しめるように、わざとHPを減らしてみたり、魔法を放つタイミングを調整してくれたり、とにかくエンターテイナーかつ、頼りなる仲間だった。
「そもそも古川さんは、RPGに限らず、なんでも得意のゲーマーですからね」とケースケ。
「そうそう。20年前のゲームの話題が出ても、アメリカのマイナーなゲームの話をしても、普通に詳しかったし」とメイド伍長。
「てか、普通のチャットだって、なかなか面白い。少年マンガ青年マンガの話で盛り上がれる女の子って、ヤルミンくらいだったな」とアノマロ君。
「それを言うなら。ディープなBLだっていけたわよ、彼女」としっぽ妹。
黙って聞いていた私に、アノマロ君が珍しく話を振ってくれる。
「古川さん、やっぱりダメですか」
「うーん」
「だーかーらー直談判」としっぽ妹。
「ムダよ。てか、そういうのはルール違反よ。そもそもアユミちゃんの一存で、どうこうできる問題じゃないでしょ」
「そうだった。まったくもう、厄介者はいつでも居座り続けてるのに、欲しい人材はいなくなっちゃう。世の中、うまくできてないのよねえ」
「うんうん。分かるよ」
私が相槌をうつと、なぜか一斉にチャットが止まった。
「スワン、あなたのことですよ。少しは空気を読まないと」
「おう」
ケースケに続いて、再びしっぽ妹の毒舌。
「18禁のゲームだから、エロイベントは仕方ないけど、それにしても、スワン、下品ゲスすぎ」
「それは、駅場所酒場でのストリップに飛び入りしたときのこと? あれは観客に紛れてた狼男をあぶりだすためだよ。それとも、課金パーティさんのところで枕探しをして、運営にアカバンされそうになったこと?」
「下品だって自覚してるくせに、やめないところ」
「ふふん。男子校出身だからな。豪快かつバンカラに、下品が好きなのだ」
「だから、開き直るなって」
「渡辺くん、助けて」
「ここではケースケですよ、スワン」
「ヤルミンの……古川ちゃんのオヤジさんって、そんなにガンコなんスか?」
「県職員のお偉いさんだよ、アノマロ君」
「それは、知ってるっす」
「恋愛とかにも、理解があるタイプみたいなんだけどね、本来。なんせ、商工会やNGOと組んで、街コンのイベントを仕掛けるのが、今の仕事だって、聞いた」
「へー」
「他の人の恋愛の世話はしても、自分の娘の恋愛は阻止なんて」
「世の父親なんて、みんなそんなもんだよ、アノマロ君」
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