第13話 クソじじいにも愛はある(てか、ありすぎる)

 敵の敵は、味方である。

 しかし、ついこの間まで敵だったジイさんたちを味方にするのは、抵抗が大きいようだ。

 公式に古川さんが我が庭野ゼミナールをやめてから二日目、彼女はイヤがるお爺さんを文字通り引きずってきた。夕刻、講義があらかた終わってからでは門限に引っかかるとかで、ママさんチア、練習の真っ最中の時間である。玄関口から塾長室までの長い廊下で、古川親分は、さんざん罵声を浴びたそうな。おかげで、応接ソファに腰を下ろしたとき、お爺さんはすでに不機嫌の極みだった。

「てやんでえ。ワシはな、煮ても焼いても、食えねえぞ」

 まったく、ママさん連中も、言いたい放題言ったようだ。

 同席しているのは、見知った顔のブレイン連中である。いつもは秘書の木下先生がお茶を淹れてくれるのだけれど、この日はたて続けに授業が入ってるとかで、代わりにプティーさんと桜子がお盆を持ってまわる。我がフィアンセの味覚は、いっぷう変わっていて、塾長室にはほうじ茶や玄米茶等、ありきたりのが置いてあるのに、舌をかみそうなカタカナ名前のハーブティーを淹れてくれる。

「話はよお、塩釜から、ここにくるまでの時間で、孫娘からあらかた聞いたぞ。お前さんがたは、アユミの塾通いを再開させてえ、ワシは孫娘に塩釜に帰ってきてもらいてえ。そういうことだな?」

 正確に言えば、古川さんが植木屋さんに戻れば、通学時間15分の逢瀬も復活するわけで、塩釜帰還も、目標の一つなのだけれど。

「塾の月謝なんて、オレからすればハシタ金だ。出すのは簡単だがよ、娘と婿が、だめって頑張ってんだろ。親の教育方針でござい、と言われりゃ、さすがに無理強いはむつかしかろうよ。ワシも一言言ってやりてえところだが、いかんせん、学がねえ。塾では成績上がりませんとか何とか、押し切られると弱ええのよ。それにそもそも、オフクロさんたちがメリケン女の真似事をして、踊るのが気に入らねえ。アイツらとは犬猿の仲だしな。イケすかん婿どのだが、アユミに恥知らずな恰好をさせたくねえって点は、賛成なのよ。塾長さんよ。オレと共同戦線を組みてえって話だが、派手な戦争をやらかした昨日の今日だ。それはムシのよすぎる話じゃねえのか?」

「おじいちゃんを味方に引き入れたい、というのは、アユミさんの希望なんですけどね。イヤなら回れ右して、どーぞお帰り下さい。ご足労様でした」

「オイオイ。それは、ちと、冷てーんじゃねえか」

「味方に引き入れたいのは、古川親分、あなただけじゃない。実は、アユミさんのお母さんもなんです」

「身内だから謙遜するわけじゃねーが、ウチの娘、全く役に立たねーぞ」

 古川ママは純然たる「お嬢様育ち」のひとで、世情のかけひきにはとにかく疎い、天然さんなのだそうだ。ポヤンとした性格は、たいそう野郎どもの保護欲をそそったらしく、放っておけないとハラハラする男どもにモテまくったそうだ。

「……で。孫娘のほうは、反面教師を見て、それなりにしっかりした性格になった、と」

「両親が同居しろっつってんのに、塩釜に居座るズーズーしさ……いや、たくましさがあるしな。てか、おい、まさか、ママさんチアに……」

「その、まさかですよ。母娘チア選手権を開催します。もちろん、結果はデキレースで、アユミさん母娘の優勝。講座の花形になった母娘にをやめさせようとする古川パパに、ウチの熟女チア軍団が脅しにいく。あんた、勝ち逃げする気ィ。その怖さ、迫力は、すでに親分も経験済みだ」

「まあ。あの母ちゃんたちにすごまれたら、ウチの婿どのがタジタジになるのは、間違いねえが……てか、ワシの出番がねえ」

「だから言ったでしょう。帰っていいって」

「おい、アユミ。このヘラズ口塾長の前までワシを引っ張ってきて、何かしたかったんだ」

「おじいちゃんにも、すべてを知っておいてほしくって。そもそも、なんで私が塩釜に残ったか。庭野先生たちが、女装チアのCM動画を撮りまっくているのか。そして、私がこの塾に残りたがっているのか」

 もちろん……ノーパンミニスカ最終動画の部分は省いて、古川さんが浪花節調に語ると、親分は少し涙ぐんだ。

「そうだったんかい……イロイロ悪口を言っちまって悪かったな、塾長。アンタ、男気があるな……てか、アユミ、オメエも男を欲しがる年頃になったんだなあ。じいちゃん、涙が止まらねえぜ」

 うんうん。

 一同、なぜかもらい泣きする。古川さんが顔を真っ赤にして、下を向く。

「もー。オトコを欲しがるだなんて。やめてよ、おじいちゃん」

 私は居住まいをただした。

「協力していただいたあかつきには、もちろん親分にもお礼があります」

「ワシには、アユミの幸せが、一番の報酬だっ」

「アユミさんのママさんで失敗した後継者探しのために、お孫さんに、見合いまがいのこと、させてるそうじゃないですか」

「面目ねえ」

「成績優秀、県下有数の陸上選手を青田買いするっていうのは、どーですか。お互い面識はあるし、悪感情もない」

「ちょっと庭野先生。レン君の就職先、勝手に決めようとしないでください……そもそも、告白すら、まだの相手なのに」

「あの若僧か。仕込みがいのある、いい面構えだったなあ、おい」

「おじいちゃんまで」

「てか。先生よお。簡単に約束してくれるけど、本当にそんなこと、できるもんなのかい?」

「悪だくみなら、まかせてください」

「……そんなに自信まんまんで言うない。アンタんとこ、本当にタダの学習塾なんかい?」

「さー。最近では、自分でも分からなくなってきてます」

「オイ」

 一同からツッコミが入ったところで、語られアプローチ・改の開陳である。


「肝心なところから、いこう。丹野くんの恋愛感情だ。はい、富谷さん」

「周囲に女っ気、全くナシ。あいかわらず、陸上一筋の硬派だよ」

「ライバル女の退治に、人員を割かなくていいっていう点は、メリットだけど。シナリオを作るほうは楽じゃないなあ。とりあえず、まずは、不機嫌の理由を探らないと。タイムの伸び悩みのせいか、はたまた、古川さんにチョッカイを出す、外国人イケメン集団がカンに触っているのか」

「その両方かもよ、庭野先生」

「富谷さん。根拠は」

「特にない」

「……お話、振出しに戻る、だね、タクちゃん」

「怪しげなナンパ集団が、姫に近づいているのを見て不機嫌っていうのなら、それでもいいんだ。シナリオが確実に進展してる証拠だから。問題は、その後のリアクションが起きてないこと」

「と、いうと?」

「オレの女だ、手を出すな、的な独占欲丸出しのリアクションが欲しいところ。それこそ、告白の下準備的な」

「具体的には?」

「具体的には……宙ブラリンだった映画デートの約束を果たす、とか」

 自分で言うのも何だが、確かに、話がループしている感じだ。

 富谷さんも言う。

「ループっていうか。一周回って振出しに戻る、ならいいけど、スタート地点から動いてないような。あの記録会以来、日曜日もグラウンドに来てるってさ、丹野。だから、もちろん、デートの時間はとれない。これって、古川ちゃんがヤツに惚れた二年前から、同じ状態がズーっと続いてるってことだろ」

 我が婚約者が言う。

「でも、それって、言い訳よね。本当に必要なら、時間はなんとかひねり出すものよ。たとえば、その日曜日の練習にしたって、午前中はグラウンドで頑張って、午後からでもデートって、できなくない?」

 富谷さんがちょっとボヤく。

「練習が終わって、クタクタに疲れているところだろ。そこからさらに、どっかに行く気に、なるものかな?」

 ハイハイハイ、と桜子が挙手する。

「練習のあと、一緒にお昼を食べにいくっていうのは、どう? 焼肉、やきにーくっ」

「そりゃお前が食いたいだけだろ、桜子。まあ、アイデアとしては、悪くないかな」

「丹野、弁当を持ってきて、休日練習の同志たちと一緒に食ってるけど。食ってる最中は、反省会兼、ミーティング」

「彼は、時間をムダにしない男なんだな。じゃあ、それもペケってことで。まったく、なんて攻略しにくい相手なんだ」

 黙って貧乏ゆすりをしていた古川親分が、満を持して口を出す。

「てやんでえ。ワシに任せてくんねえか、庭野先生」

「何か、いいアイデアでも、親分?」

「フィットネスクラブ」

「……親分の口から、そんなハイカラな単語が出てくるとは。おみそれしました」

「けっ。バカにするんじゃねえよ。ちょうど、その手のスポーツクラブ施設を経営している社長さん宅の仕事、引き受けてるところなのよ」

 仙台本社、東北一円に支店を持っている、一流クラブだそうだ。もちろん塩釜にも石巻にも施設があるというから、行ってみるのにも、好都合だ。

「……会社ごと会員契約しませんかって誘われたから、この間、法人入会してきた。まあ、会費は特別割引してもらったし、従業員の健康は大事だしな」

「アユミさんはよくても、丹野君のほうは、連れていけないんじゃないんですか。法人うんぬんっていうパスで、入場できないでしょう」

「なにを言う。将来の社長候補だっ」

「さいですか」

 雨天その他でグラウンドを使用できない日はもちろんあるわけで、もちろん陸上部だって室内練習はある。ちゃんとした筋トレマシーンを使って練習しませんか、というのは、恰好の誘い文句だ。

「他の陸上部員が、ぞろぞろ一緒についてきたら」

「それこそ、塩釜支店があるじゃないか。他の部員は、みんな石巻在住なんだろ。あ。もちろん、富谷さんも、一緒に誘うからね」

「いいよ、いいよ。デートのお邪魔虫するほど、ボクはヤボじゃない」

「アイデア自体は、いいと思う?」

「うん。体育館での練習も、長引けばマンネリになるし、バスケとか卓球とか室内スポーツしている他の部に、気兼ねしなくていいし。ボクは、親分のアイデア、賛成」

「よしっ」

 焼肉が幻に終わった桜子が、チクリと言う。

「でもさ、アユミちゃん、運動あんまり得意じゃないんだよね」

「てやんでえ。アユミが行く日には、ワシらも仕事を休んで、総出で応援に行くぞ。心配するないっ」

「はあ」

 だいぶ浪花節調ではあるけれど、キューピッドはキューピッドに違いない。シナリオが手詰まりになった今、私たちは古川親分の発奮に賭けてみることにした。

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