第12話 語られ、二回目

「庭野ドノ。拙者、この動画が知人にバレたら、マルセイユに帰れないで、ござる」

「僕もです、卓郎さん。職場にバレたら、責任とってくださいね」

「あら、大丈夫よ、テンジン。ちゃんと姉弟そろって、嫁にしてくれるって言ってるから。ねえ、ダーリン」

「姉さん。責任って、そういう意味じゃないです。僕、一妻多夫主義者、やめます」

「弟は、姉に逆らっちゃダメなの。アマテラスとスサオノのころからの、伝統なのよ」

「僕、明日からインド人になります」

「最初から、インド人じゃない」

「石巻生まれの石巻育ちですって……ねーえさーん」

「テンジン君。君の場合、周囲に女装の確信犯がいっぱいイマース。でも、でも、私は……」

「慰めになってないんですけどねえ」

「プティーどの。あなただけは信じてたのに」

「ねえ、サルトビさん。これもカブ゛キに続く、立派な日本の伝統なのよ。ネットで、トラップとか、調べてみてごらんなさい」

「拙者の場合、男ってバレバレ、デース。ニュアンス、全然違うでござるよーっ」

 言うまでもなく、フランス人二人、インド人一人を、だまして……もとい、うまく言いくるめて連れてきたのは、我がフィアンセである。

 残りの女装要員は、私が調達した。

「てか。ムッシュー・モレル。あなた、自分で男もイケるって、言ってませんでした?」

「バイセクシャルであることと、女装趣味は別デース、庭野ドノ」

 ママ・チア部隊が帰宅したあとの、深夜の講義室。秋の深まりにつれて底冷えするが、この日ばかりは熱気にあふれている。熱量の多くは、念のためにと用意した石油ファンヒーターでなく、秘密のチア部隊、その人たちのものだ。

「もちろん、君たちだけに楽しい思い……もとい、恥ずかしい思いをさせるつもりはない。私も、すぐに着替えてくるから」

「その、一点の曇りもない女装癖が、信じられマセーン。全く、似合ってないのにー。ヘンタイ・オッサン丸出しなのにー」

「いや、なに。男子校出身だから。豪快かつバンカラに、恥を捨てられるんですよ」

「卓郎さん。それ、威張ることじゃ、ないですよ」

「はいはいはい。うろたえるでない、二人とも。ハラをくくって、あの二人を見よ」

 私の指差した先には、嬉々として胸パットの位置を調整しているエドアールと、自撮り写メを友達に送っている西くんの姿があった。

「西くん。君も、胸パット、どーだい?」

「オレ、こう見えて、豊満スから。素のまま、ノーブラでも、チアの衣装が、弾けそうッスよ」

 確かに、ウホウホとドラミングできそうな胸が、ゴリラ顔の下で躍動していた。

「しかし、君がノリノリで女装チアをやってくれるとは、意外だった」

「ギョーザ十人前、食っちまいましたからねえ……。まあ、体育会に籍を置いてる以上、これくらいの余興はしょっちゅう、お茶の子サイサイっす。素裸にウチワ二枚だけで、ラインダンスとかさせられるのに比べたら、マシっす」

「エドアール君のほうは、どーなんだろ。たしか、私のオゴリのギョーザは、食ってないような」

 前述の通り、胸も作り、足の毛も剃り、わざわざツインテールの髪型に、頭を結い直している。

「来日、いや来石巻の時には、慈姑頭だったような」

 いずまいをただしたエドアール君が、サルトビ氏に何事かささやく。彼は残念ながら、日本語会話を流暢にやってのけるほど、我がめんどくさい言語に精通してはいない。

「レディ・ビアードみたいで、かわいいだろ、とエドは言ってマース」

「いや、まあな。瞳はツブラだが、ヒゲのないのが残念だ、と伝えてください」

「OK、庭野ドノ」

 スカートのすそを抑えながら、モジモジしているテンジン君が言う。

「てか。レディ・ビアードって、かわいいですか?」

「いや。かわいかろう。そうだよな、西くん」

「かわいいッスよ。ねえ、サルトビさん」

「ウイ、ウイ。エド?」

 もちろん仏製ビアードも、力強くうなづいた。

 誰も味方がいない状況に、テンジン君がすっかり涙目になる。

「もう、やだ。このチア・チーム」

 渡辺啓介が、のんびり駆け寄ってきて、言う。

「カメラの準備、できました。照明もOKだって、桜子ちゃんが。はじめましょうか」


 そう、シナリオ第二幕、記録会でチアガール……いや、チアボーイたちがおどり、その後、古川さんたちを口説く、がスタートしようとしていた。

 この日は、古川さんを交えて、宣伝動画作りである。断じて、塾のCMではない。それは、もう、撮らないと古川さんのおじいさんに約束した。つまりこれは、あくまも古川さん自身を世間にアッピールするための動画なのだ。

「てか。庭野先生。私、この色モノアピールそのものが、イヤなんですけど」

「何を言う。バックダンサーは確かに色モノだが、君自身は違うだろ」

「まあ、そうですけど」

「渡辺くん。クローズアップ用のカメラ、というかレンズ、準備できてる?」

「できてはいますけど、本気でやるんですか?」

 古川さんが、不安そうな視線を、渡辺啓介に向ける。

 私が、代わりに返答する。

「いや。なに。毎回同じような構図だと、飽きるだろうと思ってね。バックダンサーが足を振り上げたところで、一斉に、股間のクローズアップをしてだね……」

「絶対にやめてください、庭野先生」

「ノーパンじゃなく、ちゃんとブルマ、はかせてるよ?」

「なおさらやめてください。ヘンタイじゃないですか……てか、この手の罵倒、通じそうもないってところが、また……」

「そもそも、君のためを思って、というか君のキャラクターを引き立たせるために、我々、恥を忍んでやってることなんだがねえ……エドアールとサルトビ氏、テンジン君と西くんとで、ホモホモしい振付も、考えてたのになー。腐女子の君を引き立たせてくれること、間違いナシだよ」

「そういう趣味の人なら、喜ぶかもしれませんけど。いや、このメンツだと、喜ぶかどうか微妙か……とにかく、ノーマルな男子には、逆効果だと思いますっ」

「丹野君は、理解のあるひと、なんだろ?」

「撮影して、ネットにアップしたところで……そもそも、最初の動画さえ、見てなかったひとなんですよ」

 ブツクサさらに文句は続いたが、そもそも十人もの人間が、自分の恋愛のために動いているのに気づいて、彼女は覚悟を決めた。


 後半は一転して、男子全員にスタイリッシュな恰好をしてもらっての撮影である。

 スーツ姿のサルトビ氏、ミュージシャン風のエドアール君、そしてムキムキの二の腕がよく見えるスポーツマンスタイルの西くん。頭にターバンを巻き、民族衣装を着たテンジン君については、まあ、ご愛敬だ。

「てか。卓郎さん。なんで僕だけ、ネタっぽいチョイスなんですか」

「まあまあ。一人くらい、そういうひとがいても」

 私自身は、着流しに羽織、投げ頭巾の若旦那風である。

 女性陣からぜひ講評がほしいところだが、よく考えると、みんな見慣れているか。

 テンジン君が、目を丸くして、言う。

「和風、意外と似合いますね。てか、そういう服も、持ってるんですね」

「忘れたかい、テンジン君。これでも私はいっぱしの篆刻家だよ。東海林先生のお供のほか、ギャラリーでの個展のサクラ、カルチャースクール書道教室の手伝い、その他で着用する機会は、多いさ。まあ、このチョイスには、着慣れてるって以外にも、切実な理由、あるけどね。体格を隠してくれる、というか利してくれるっていう。ある程度恰幅がよくないと、和服は似合わないもんだ」

「そういや、一度遊びにいったとき、作務衣でしたね」

「ああ。着る機会はちょくちょくあっても、一銭にもなってないのが、困りもんだけど」

 一人持ち時間二分で、古川くんを口説く場面を、映像に収める。

 素で見ると大げさなジェスチャーが、映像となってみると、ごく自然、ごく情熱的に見えるのが、面白い。日本カブレ、というかサブカルにどっぷり浸っているサルトビ氏たちが、女の子を口説くときには、ちゃんとスタイリッシユなフランス人に戻っている。

 日本人と違って、自分の見せ方というのを、よく分かっているという感じだ。

「丹野くんが、この映像をちゃんと見て、ちゃんと嫉妬してくれれば、いいんだけど」

「庭野ドノ。結局、記録会とやらには、行かないつもりでゴザルか?」

「今度のは、部外者立入禁止、なんだそうです」


 逆風……いや、丹野君に合わせて陸上競技風に言えば「向かい風」が吹き始めたのは、このころからだ。

 まず、古川さんが、丹野君から、そっけなく無視されることになった。

 理由は簡単で、この部外者立入禁止を破って、記録会応援に行ったせいだ。ことさら陸連の関係者がいて、注意をされたわけではない。というか、そもそも、ユニホーム姿の女子を撮影せんとするオッサンたちへの規制であって、古川さんたち女子高生には、とがめられる理由がない。

 けれど、丹野君的には、すこぶる不評だったようだ。

 曰く、「古川が来たから、集中できなかった」。

 単なる八つ当たりだよ、と富谷さんは言ってくれた。私もそう思うけれど、何やら気が散って記録が出なかったのは、確からしい。私は女装チアを強行しなくてよかったと、胸をなでおろした。古川さんは、汚名挽回のために、例の女装チア・バックダンサーの動画を見せた。大笑いして、少しは緊張がほぐれるように、というささやかな配慮からだ。もちろん、告白してくれアッピールのための動画だけれど、この時は、そんな意図も忘れていた。

 丹野君は、ちょっとは笑ってくれた。

 でも、裏目に出た。 

 動画全部見たよ、この後、イケメンの外国人が何人も出て、お前を口説くんだよな……と丹野君はイキナリご機嫌斜めになった。茶番でネタだよ、と古川さんは、一生懸命とりつくろった。

 そんなのは、どっちでもいい。

 丹野君は、突き放したように、言ったそうだ。今の自分には、三位までの0.2秒がすべてで、この間の記録会で、タイムは縮んでいるはすだった。だったんだ……。

 そして、不機嫌な自分を、古川には見せたくないから、と彼は彼女をそっけなく無視するようになったのだ、という。

 私は、電話で報告だけを聞いた。顔は見えなくとも、古川さんがベソをかいているのが、眼前に浮かんでくるような、弱弱しい声だった。

 嫉妬させ作戦が功を奏しているのか、それとも純粋にタイムが縮まず悩んでいるのか、丹野くんのその反応だけでは分からない。富谷さんも入れて、策を練り直す……と返事をする。お願いします、という力のない挨拶で、電話は切れた。


 さらに。

 古川さんのおじいさんの塾討ち入りが、ご両親に知れることになった。

 娘を危なくて預けておけない。石巻に引き取ります。通学にも都合がいいし、家族は揃って住むべきだ。

 古川パパの主張はごもっともで、反論の余地がない。おじいさんは相当抵抗したようだが、パパの決心をくつがえすところまでは、いかないようだった。

 これで、古川さんの心のオアシスにして、貴重な二人っきりタイム15分がなくなる。

 接点ゼロから、相手に告白させるのは、我が力技を持ってしても、相当難易度が高い。

 その日のうちに、さっそく富谷さんを塾長室に招き入れ、密談をしているところに、桜子が飛び込んできた。

「アユミちゃん、塾をやめるって」

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