第11話 勝利条件、敗北条件の裏返しならず
「お。お。お。ようやくー、帰ってきたな、薄情者」
「それを言うなら、おかえりなさい、だろ、酔っ払い」
「私、酔っ払ってなんか、ない」
「ほら。桜子。私の言った通りだろ。放っておいても、一人飲みして、ぐでんぐでんになってるって」
秋だというのに、薄手の長袖シャツに、ランニングパンツ姿だ。真っ赤な顔を見ていると寒くはないのだろうけど、一応、クーラーで暖房をつける。
「お姉ちゃん。もう、お風呂入って、寝たら?」
「イヤ。タクちゃんに一言説教するまでは、布団に入らない」
酔い覚ましに生姜湯を作ってくる、と桜子は手鍋を持って母屋の台所に行った。
「サクラちゃーん。オニギリも、おねがーい」
「はい、はい」
「梅子。お互い社会人なんだから、どーしよーもなく時間の融通がきかないときがあるって、分かるだろ。聞き分けてくれ」
「私が気にいらないのはねえ。今、あんたたちがやってる、恋愛プロジェクトのほうよ。何。その、意中の人に告白する、じゃなくて、告白させるっていう、白玉あんみつみたいな甘々プロジェクトは」
「白玉あんみつは、梅子が考えてるような下品な甘さじゃないぞ。それを言いたいなら、サッカリンとか、そういうたとえのほうじゃないか」
「どっちでもいいわよ。とにかく、その、贅沢なお願いが、気に入らないのっ」
「ぜいたく、かなあ」
「本気で相手のことが好きなら、勇気を振り絞って、自分から告白するっていうのが、スジでしょうが。それから、恋愛をしてれば、この手の勇気を振り絞らなくちゃならない場面は、いくらでも出てくるでしょ。なのに、そのしょっぱなから逃げるって、どーゆーこと? ダメダメじゃない」
「相手が、女心に疎い、トーヘンボクでもかい?」
「相手がトーヘンボクなら、なおさらよ。たとえ告白がうまくいっても……じゃなく、告白されるのがうまくいっても、そんな根性じゃ、長続きしないわよ」
「辛口だなあ、梅子は」
「私、しょっぱくてすっぱいけど、辛口じゃないわよ」
「梅干しか、君は」
「良薬は口にすっぱいって、言うでしょ」
「それを言うなら、良薬は口に苦し、だ。じゃあ、梅子なら、どんなアドバイスをするんだ」
「敗北の裏返しが、勝利じゃない。勝利の裏返しが、敗北じゃない。少なくとも、恋愛においては、ね」
「腐ってる女子高生にも、理解できるレベルで頼む。そのまま話すからさ」
「タクちゃん。今回の語られ? アプローチの勝利条件は、何よ」
「そりゃあ、丹野くんに告白してもらうこと、だろ」
「じゃあ、敗北条件は?」
「ええっと……丹野くんに、告白してもらわないこと?」
「それは、勝利条件の裏返しでしょ。たとえ、彼氏に告白してもらわなくても、敗北しているわけじゃ、ないじゃない。本当の最終ゴールは、両想いになって、つきあうことなんだからさ。丹野君に、告白してもらわなくとも、自分から告白することでも、ゴールにのはたどりつける。いや、てか、お互い、そういうケジメみたいなモノ抜きでも、男女交際、いつのまにかしてましたーなんていうケースも、あるじゃない」
「なるほど……つまり、勝利の裏返しが、敗北じゃない、と」
「そう。たとえ勝ってなくても、あきらめるな。粘れ。じゃあ、今度は逆を考えてよ。敗北条件って何?」
「ええっと。丹野くんに告白されないこと? かな」
「さっき言ったでしょ。それは勝利条件の裏返しだった。敗北条件じゃない」
「じゃあ、丹野くんにフラれることだ」
「そう。じゃあ、その敗北の裏返しを考えてみて。彼氏に振られないこと。でもさ、振られてない、イコール、男女交際の成功じゃ、ないじゃない。宙ブラリンな、友達以上恋人未満な関係が、ダラダラ続いても、まだ敗北してないとは、言える」
「そこいらへんは、分かった。言いたいこと、まとめておくれよ」
「その1。相手から告白してもらいたいっていう気持ちは、痛いほど分かる。でも、この作戦のために、試練に合わなかった勇気とか、度胸とか、恥ずかしさっていうのは、決して忘れてはいけない。交際が進めば、またいつかどこかで、持ちだすことになるから。
その2。勝利条件を満たさなくとも、敗北はしていない。敗北条件を満たさなくとも、勝利はしていない。勝ててなくとも、決してあきらめるな。負けてなくとも、決して油断するな。それから、その3」
「まだあるのかよ」
「うまくいったあかつきには、彼氏に最大限感謝することね。たぶん、タクちゃんのシナリオにのってコトを運べば、周囲で何がおきてるか、自然に分かっちゃうと思う。女の子に告白なんて、ただでさえプレッシャーなのに、まわりに知られるなんて、さらにハードルが高くなっちゃうのよ。そういう場面で、告白しなきゃならないんだから」
「ふん。ハードルなら、いくら高くなっても大丈夫さ。なんせ彼は、県下4位の有名ハードラーなんだから」
「まぜっかえさないでよ」
言いたいことを言って、梅子がイビキをかきはじめた段になって、ようやく桜子がオニギリをもってくる。ショウガ湯は天然ものをすりおろしてハチミツをたらした絶品だが、オニギリは具なし海苔なしの塩ニギリだ。
「桜子、料理できたっけ?」
「お母さんに手伝ってもらったの。どーせ私は、女子力低いですよー」
お姉ちゃんのぶん、残しておくね……と桜子が3つほどラップしたあと、お相伴にあずかる。
「……梅子、彼氏とケンカでもしたのかな」
「なんで?」
「いつもなら、梅子じゃなく、プラムって呼んで、とかヘンなゴタク並べたりするのにさ。今日は、いつになく、そういう諧謔がなかった」
「カイギャクって?」
「ユーモア……いや、遊び心かな」
「お姉ちゃん、二人続けて死産に当たったんだって」
助産師さんの仕事をしていれば、生きて産まれてこなかった赤子を取り上げることにも、ある。しかし二人連続というのは、めったにないことらしい。
「お母さんが氏子になってる神社の神主さんに、お祓いしてもらうために、帰省って言ってた。多賀城にも、神社くらいありそうなもんだけど、こっちのほうが霊験あらたか、みたいだってさ」
「そうか」
「自分を責めちゃダメ、とか、取りあげるときの手順再確認とか、お母さんに色々、心得を聞かされてた。……いや、お母さんじゃなく、ベテラン大先輩の産婆さんに、かな。お姉ちゃんが自分から話し出すまでは、聞いちゃダメって、私は釘を刺された」
ぐでんぐでんに酔っぱらっていた理由が、少し分かったような気がする。
立派に社会人してるんだな、梅子。
「女の子には、逃げたくても逃げられない場合がある。それを女の子に教えられるのは、かつて女の子だった女だけ、とも言ってた。あ。これ、お母さんじゃなく、お姉ちゃんの言葉、ね」
「肝に銘じておく……と梅子が起きたら、言っておいてくれ」
私はしがないオッサンだが、ナマぬるい道を選んだ女の子に、試練を課すことくらいはできる。
「どーゆーこと?」
「作戦第二段階、発動だ」
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