第10話 とりかえばや、月下氷人
「話は全て、聞かせてもらった」
西くんと入れ替わりに、桜子が登場する。
「今日、お姉ちゃんが帰省するし、早く帰ってこいってさ。久々に酒盛りしようって」
「はやく帰れそうにもない。アクシデントだ。てか、桜子、聞いてたんだろ? 梅子なら、私なんぞ抜きでも、手酌でストロングゼロをグビグビやってるさ」
「薄情者」
「で。桜子。ヨコヤリ・ママ対策、どうしたらいいと思う?」
「ヨコヤリ君に、ガールフレンドをあてがう、で、どう?」
桜子の作戦は、シンプルだった。
「ヨコヤリ君に、ステディのガールフレンドができる。彼女が、マザコン男はキライって、ヨコヤリ君を責める。ヨコヤリ君は、徐々に、ママの相手をしなくなっていく。ママは、次なるヤンデレのターゲットを探して、ノーパン・チアをやめる。どう、この四段論法」
「シンプル・イズ・ベストだな、サクラちゃん」
「分かってるじゃない、アキラちゃん」
「なかなか興味深い作戦ではあるけれど、誰がその彼女役をやるんだよ」
「そりゃあ、言い出しっぺだよな、サクラちゃん」
「えっ」
「今のエッは、自分がオトリになるなんて、思ってもみなかったってエッなのか。それとも、自分が女子高生であることに気づいてびっくりしたエッなのか」
「当たり前のことを、改めて指摘されたエッだよな、サクラちゃん。彼女以外に、偽ガールフレンドの適役、どこにいるってんです?」
「エッ」
「あー。桜子。自分で作戦を敢行する気がないなら、人身御供、出せよな」
「……ねえ、タクちゃん。この手の作戦って、フリでいいのよね」
「どーかなー。彼女のほうはフリでも、ある程度ヨコヤリ君を本気にさせないと。あの母ちゃんをはねのけるのに、根性と気力が続かないぞ」
「そうかなあ」
「恋愛パワー、バカにするでない」
なにせ、色気とエロのかたまりが、四六時中そばにいるのだ。
「塾生の誰か、やってくんないかなあ。ほら、アキラちゃんみたいに、くのいちしてくれる、ひと」
「くのいち、じゃダミー彼女になれんだろ。てか、塾生でヨコヤリ君のガールフレンドになった日には、その後の勉強ライフが大変になる。ヨコヤリ・ママは、毎日のように、この塾に入り浸ってるんだ。息子が冷たくなった原因が女の子と分かり、その女の子を特定できたら、ジクジク陰湿なイヤがらせをすること、間違いなしだよ。それこそ、嫁姑戦争、勃発だ」
「庭野先生の言う通りだ、サクラちゃん。生徒さんたちだけなら、その息子さんと彼女に加勢するかもしれない。けどさ、この塾、チア講座とかで、お母さんたちも多数出入りしてるんだぜ。チア・ママたちが、そのヨコヤリ・ママだっけ? その、シュウトメ側に味方したら、居づらくなること、間違いナシ」
「間違い、ナシか。もー。二人して、私を責めないでよ」
「責めてなんかないぞ、桜子。あーあ。語られアプローチの事情に精通していて、作戦にもすでに加担していて、どっぷり首まで浸かった内輪の人間にもかかわらず、塾生でない女子高生っていうヒトが、いたらなー」
私の棒読み口調に、桜子は、ハッと気づいた。
「そうねえ。陸上部内に丹野君に意中のひとがいないって分かったことではあるし、手持ち無沙汰になっちゃった女子高生なんか、適役かも」
「ボクは、やらないぞーっ」
「この役を引きうけてくれたアカツキには、ギョーザ一皿タダ券を、十枚進呈する。いや、なに、女装チアはしなくていいからさ」
「ボクは、そもそも女だ」
「ヨコヤリ・ママの攻撃が始まったら、すんなり逃げて、陸上部に戻ればいいだけの話じゃないか」
「たとえフリでつきあうとして、デートに着ていく服もなけりゃ、デートコースも知らないよ。そもそも、一度も、したこと、ない」
「じゃあ、そのデート用の服を、今回の報酬代わりにするってのは、どーだろう。費用はもちろん私持ち、コーディネートはマルセイユのフランス人、てことで」
「あの。忍者のサルトビ氏?」
「奥さんのマリーさんっていうひと。心配? 富谷さんのイメージ的に似合わないようなのを、選ぶことはないと思うよ。マリーさんのお母さん、ナイジェリアの出身で、本人はハーフらしい。バタ臭いだけのお上品なドレスなんかは、選ばないはずだ。東洋人のファッションについても、それなりに詳しいって」
知識の元が、サルトビ氏伝授のアニメというのは、少しアレだが。
まあ、黙っておこう。
「デートコース、とかは?」
「ウチの月下氷人に頼むさ」
「誰?」
「私の篆刻の師匠で、東海林先生っていうひと」
早速山形に電話をかける。まだ午後六時にもなっていないのに、師匠は布団に入るところだった。
「明日の朝、早起きする用事でも、あったんです?」
「いや。なに。普通だろ」
「季節の変わり目で、風邪でもひいたとか?」
「ワシが早寝するのが、そんなに不思議、不自然か」
「体調がよくないとか、心配しますよ」
「こっちの人間は、みんな今くらいの時間に寝るぞ。石巻との、時差のせいだな」
「師匠。天童と、どれくらい離れてるんですか、ウチの街は」
「それで、何の用だ? 目がショボショボしとるんで、用件、ちゃっちゃと頼む」
「仙台港のアウトレットモールで開催されるイベント、チケット、まだ余ってましたよね」
「三宝貿易さんのお得意様感謝祭のヤツか。あるな」
三宝貿易さんは、中国等から、筆や硯、骨董書画のたぐいを輸入販売している、書道関連の商社さんだ。篆刻の会主催者の東海林先生は、もちろんお得意様の一人で、毎年のようにイベントの招待状が届く。けれど、山形から仙台まで出張ってくるのが億劫ということで、最初の一回に行ったきりで、あとは欠席している。弟子である私たちが代理で何回か遊びに行ったこともあるけれど、最近はそれすらなくなっている。
「チケットは、嫁に送らせる。今度は、朝、かけてきてくれ。ワシは、もう、寝る」
電話はアッサリ切れたが、まあ、いい。
「……というわけだ、富谷さん」
「ボク、書道にも篆刻にも、詳しくないんだけど」
「展示即売もしてるけど、それがメインじゃない。そーだなー、神社の縁日みたいな出店が並ぶから、冷やかしに行けばいい。メインは昔風の大道芸、かな。ガマの油売りに南京玉すだれ、それから猿回し」
「へー。悪くなさそう。てか、もう一度確認するけど、ボクみたいな部外者がいっていいものなのかな」
「招待状の届くセンセイたちは、大抵、白髪や禿頭の似合う結構なお年寄りで、ウチのセンセイ同様、出不精が多い。それで、お孫さんたちに焦点をあてたイベントにしてるって、聞いたことがある。接待している社員のひとたちも、ご本人はともかく、お孫さんたちの顔は、覚えてないさ。チケットは正規のものだし、紛れて楽しんでくるぶんには、咎められることもないんじゃないかな」
ちなみに、主催は仙台支店で、東北じゅうから、書道関係者が……いや、その孫たちが集まる。
「イベントの後は、アウトレットモールで、ショッピングを楽しんでくるもよし、水族館があるから、童心に戻って、そっちの見学もよし。二回目以降は、別枠で計画しておくよ。テンジン君案内のサッカー観戦とか、モレル氏たちのツテで、仙台同人誌ミニ発売会とか。君たちは、単に我々の描いたシナリオに乗ればいいんだ。どう、むつかしくないだろ」
「……でも、ボク、そもそも、そのヨコヤリ君に会ったことさえない。てか、たぶん、先方はボクの名前も顔も存在すら、知らないんじゃないか。なんだか、戦前の見合いみたいな話で、ピンとこないなあ。ほら、写真を渡されて、アンタはこの人と結婚するんだよ、とか言われる、みたいな」
「まあまあ。あくまでダミーだし。新しくできた知人と、友達になるためのイベントって感じで、楽しんでくればいいんじゃないかな。ヨコヤリ君にも、そこいらへんは説明しとく」
桜子からも、一言頼む。
「うーん。本番は、ヨコヤリ・ママとの嫁姑戦争のほうよ。ガンバ、アキラちゃん」
一妻多夫主義者は、男が変わり者なのはもちろんだが、女性のほうも、それなりにヘンなタイプが多いらしい。我がハニー、プティーさんはもちろんのことだが、マリーさんも、一癖ある。
一週間後、マリーさんお見立てのドレスアップを、披露してもらうことになった。
シナリオの都合上、桜子に古川さんのみの参加、となる。
みんなが帰ったあとのチアリーディンク゛練習場は、ガランとするぶん、広さが実感できて、寂しくなる。
しかし、富谷さんの存在感は、すごかった。
ピンストライプのスーツに、ワインレッドのシャツ、そして萌黄色のネクタイ。タカラヅカの男役もかくや、と言わんばかりの男装の麗人の登場だ。
「似合ってる……似合い過ぎてる……なんてカッコいいんだ……て。富谷さん、男の子とのデートだって、ちゃんとマリーさんに説明したの?」
「したよ。その男の子のほうも、たいがいな恰好、させられてるんだけどね」
「どーゆーこと、富谷さん」
「母親の目を盗んで、こっそり家を抜け出すための変装だよ。どこかの誰かさんたちと違って、黙ってれば、女の子で通るレベル」
「それって……」
なんと、彼氏のほうは女装かよ。
「抜け出したあと、もう一度着替えるのも面倒だから、そのままデートに行くって、ヨコヤリ君、言ってたよ。まあ、ボクのほうも、とやかく言える恰好じゃ、ないからな」
ある意味、お似合いかもしれない。
「彼にあったら、ギョーザのタダ券を渡しておいてくれ」
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