第9話 ヨコヤリ・ママのあまのじゃく的事情

 それは、CM動画第二弾だった。

 富谷さんのスマホで、一緒に鑑賞する。

「ほら。ここ」

 確かに、見た目やたら若いお母さんが、センター畠山さんの隣の隣くらいのポジションで、踊っていた。

 しかも、足を振り上げたシーンで、ブルマが視認できない。

「うっ。よ・こ・や・り」

「庭野センセの大好物の、ノーパンミニスカって、ヤツ?」

「どーもそれっぽいなあ。ちと、撮影監督を連れてきて、尋問するから、待っててくれ」

 西くんは、本日の受持ちも終わり、ちょうど帰り支度をしているところだった。

 ゴリラみたいな風貌と、体育会所属丸出しのしゃべり方のせいで忘れそうになるが、彼もれっきとした理系学生である。デジタルビデオカメラの扱い方もお手の物、というので、講義の合間に撮影を頼んでいたのだが……。

「チース。あ。その女の子が、例のくのいちッスか?」

「本日、わざわざ呼び出した理由が、分かるかね?」

「こころあたり、ないッス」

「ヨコヤリ・ママのハレンチな所業について、だ」

「所業もヘッタクレも、ヨコヤリ・ママはいつでも、ハレンチっスよ」

「CM動画、第二弾」

「ああ。あれ。撮影が全部終わって、やれ編集って段階になってから、ようやく気づいたッス」

 どうせ二時間あまりの動画を二分に切り取る作業である。なんとかなるさ、と西くんはタカをくくった。しかしヨコヤリ・ママのポジションがよほどよかったのか、どうやっても丸見えの尻がチラつく。露骨な部分を全部削ると宣伝に使えるシーンはなくなり、最小限残ったのが、CM部分だったというわけだ。

「分かるひとには、分かるッスねえ。さっきも、英語担当の高橋先生に、指摘されたっス。生徒さんの間でも、評判になってきてるって話っス」

「まずいなあ。まずいよ」

「ネットに挙げる前、秘書の木下先生と渡辺先輩立ち合いで、試写会を開いたっスよ? で、ふつうに許可をもらったっす。木下先生、塾長が女装チア姿で出演しないだけでも、なんぼかマシだって、喜んでくれて」

「木下先生が丁寧に見てたのは、たぶん、私の出演する部分だけなんだよ。あのツンデレ秘書が」

「ツンデレ……そうっスかねえ」

「とにかく、まずい」

 富谷さんが、挙手して発言する。

「公然わいせつ罪とかで、警察につかまるかもしれない、とか、そういうこと?」

「チラって一瞬だから、警察に呼び出される心配はないと思うな。問題は、古川さんの、語られアプローチのほうだよ。最終シナリオが、このままだと、ご破算になっちまう」

 最後のひと押しで、古川さんが丹野君のためだけに、お色気動画を披露する予定になっている。けれど、先にヨコヤリ・ママのような目立ちすぎる女性がノーパンミニスカで踊ってしまっては、二番煎じになってしまう。清水の舞台から飛び降りるような古川さんの決心も、インパクトが弱まってしまうのだ。

「とりあえず、応急手当がいる。CM動画の言い訳は……ええっと、ヨコヤリ・ママ、実は肌色のブルマをはいてるだけっていうのは、どうだろう」

「苦しいッスねえ」

「ボクも、ちょっと無理があると思うな」

「動画のインパクトを薄めるのは、あとで考えるか。てか、ヨコヤリ・ママ、どういう動機でパンツを脱いだんだろ」

 またぞろ、他人の彼氏や旦那さんに横恋慕してか?

「あ。それなら、聞いてきたっスよ。オレが詳しく聞く前に、ママさんのほうから自己申告、あったッス。今回は、その、ママさんチア講座の趣旨に沿って、のノーパンらしいッス」

「どう趣旨に沿うとノーパンになるか分からないけど、要するに、ターゲットは息子さんってコトか」

 ヨコヤリ・ママというひとは、誰かを熱烈に愛していないと、心の均衡を保てないようなお母さんで、要するにヤンデレが通常ステイタスみたいな女性である。今までも、旦那さん以外の素敵男子を、様々な形で追っかけしてきている。二次元や銀幕スター等ならともかく、リアルご近所さん等とフリンになりかけて、いちじは離婚寸前、というところまで、いった。

「だから、心は入れ替えたって、言ってたッス」

「心を入れ替えて、息子ストーカーか。旦那さん的に、それでいいのかなあ」

「よくないよ。川崎マキちゃんの恋愛応援をしたとき、それで、エラい目にあいそうになった」

 まあ、公式的には、浮気されるのもたいがいだが、それで他人に迷惑がかかるのが、もっとシンドイというのが父親の弁、らしい。

「そっか。ヨコヤリ君の貞操が、あぶない」

「ねえ。お二人さん。話が斜めにズレてってません?」

「そうかな?」

「ひと様の家の事情に口出しするのは、いかがなものか、と」

「富谷さんは知らないかもしれないけど。川崎さんの恋愛作戦のとき、ヨコヤリ君には助けてもらってるんだよね。母親の動向監視の件で」

「塾長。くのいちちゃんの言い草じゃないけど、止めに入る手段がないッスよ。夜半にヨコヤリ君の勉強部屋にいって、ママがミニスカひらひらさせてるのを、止めに行くのはムリっす」

「まあな」

せっかくのチアリーディング講座が、母子間の妖しげな関係促進を促している、なんて評判になった日には、チア講座どころか、塾そのものの破滅、間違いなしだ。

「エロママの猛攻撃に、年頃高校生男子がよろめかないようにする方法……難易度、回復役のいないパーティで、中ボスに挑むくらいだ」

「なんすか、それ。たとえが分かりにくいっス」

 西くんはしばらく首をひねっていたが、やがて言った。

「タイムリミットっす。仙石線の快速、間に合わなくなるッスよ」

「一本くらい乗り遅れたって、どーってこと、あるまい」

「だべってる間に、すでに二本、逃してますって。それにもう、タイムカード、切っちまいましたし」

「おお。そりゃ、すまんかった」

 相談料代わりに、某中華料理店のギョーザ一皿無料券を進呈する。他の仕事も引き受けてくれるんなら、十枚くらい持っていってもいいぞ、といっぱい券を押しつけた。西くんが嬉々として退社したあと、富谷さんが神妙に言った。

「ギョーザタダ券をいっぱい渡したってことは……あの人も、女装チア、させる気?」

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