第8話 情報収集はニンジャ的に

「丹野、すでに意中の人、部活内にいるんじゃないかなあ」

「ほほう。そこんとこ、詳しく」

「ギョーザ一皿、追加ぁ」

「プティーさん、ギョーザ、もう一皿お願い」

「はい、はい」

 モリモリとギョーザを平らげているのは、我々がこの度ゲットした陸上部の協力者、富谷アキラさんである。中学時代はソフトボール部の所属。身長175センチという、男の子にも負けない背の高さと強肩で、入学時槍投げ選手として、スカウトされたそうな。練習にはすぐに慣れたが、人間関係には、すぐに慣れなかった。なにせ新人部員のほとんどは石巻管内の陸上経験者、みんな中学時代からどこかしらの顔見知り、という環境だ。同輩にも先輩にも知人がいないのは、丹野君と彼女だけで、この「浮いてる」コンビはすぐに意気投合したそう。

「今でも、たぶん、一番仲がいいよ。アイツ、練習バカで、イマイチ仲間となじめてないところが、あるっていうか。あ。でも安心して。恋愛感情とか、全くないから」

 丹野君とは種目が違い、つまり所属パートも違い、練習中一緒にいることは、ほとんどない。

「ボクより、女子短距離の連中のほうが、よほど接点あるけどさ。ストイックっていうか、全く無駄口、しないタイプなんだよね」

 富谷さんは自称サバサバした性格、花より団子を優先するタイプ。

 てか、ウチのまわりには、この手の自称サバサバ、多いなあ。

 ともあれ。

 桜子が見つけてきた協力者ではあるけれど、我が姪とは友達の友達の友達の友達からの紹介で友達になったひとで、要するに面識も何もなかった人である。秘密は秘密のまま、恋愛相談する……そんな小器用な芸当を、我が姪に期待することは、できなかった。桜子は、富谷さんに、すべてをぶっちゃけた。彼女の最初の反応は、「丹野って、やっぱ、モテるんだなあ」。

 そして、スパイになるのはやぶさかではないが、「部活仲間とか、中学からの友人に丹野との恋愛を相談されたら、そっちを応援するけど、いいか?」という条件をつけてきたのであった。

 古川さんに直に引き合わせ、動画を見せる段取りをするついでに、私は報酬の件も聞いた。

「メシ。中華がいいな」

「中華なら大丈夫。本場の上海料理・四川料理を出すところに、心あたりがある」

「へー。さすが社会人。接待、とかいうので、使う店?」

「いや、なに。婚約者がやってる店」

 富谷さんはその一言に、少し驚いた。

 そして、くだんの店で、あからさまにインド人くさい姉弟がコース料理を運んでくるのに、驚いた。

 さらに、日本語が少し怪しげなフランス人がなぜか臨席して、スパイの心得を説くのに、びっくりしていた……。

「スパイじゃ、ありません。シノビ、です」

 と、ムッシュー・モレルは主張した。

「てか、サルトビさん。あんた、まだ日本にいたんですか」

「まだ、とは何です、庭野ドノ。失敬な。私は、我が盟友プティーさんに頼まれて、あなたの心を入れ替えさせるために、残ってるんですゾ」

 ハクサイかニラが歯の間にはさまったのか、オッサンくさく爪楊枝でシーシーしながら、富谷さんが言う。

「フランス人がいるなら、そのひとに恋愛アドバイスしてもらえば、いいじゃんよ。ラテン系のひとって、そういうの、お得意なんだろ」

「ノン、ノン、違いますよ、アキラ。私が一番得意なのは、ナンパではありまセーン。忍術でーす」

 サルトビ氏は、両手をヘンな形に重ねると、シュッ、シュッと口で効果音を出す。

「何、それ?」

サルトビ氏に代わって、プティーさんが説明する。

「手裏剣を飛ばしてるマネよ。忍者赤影とか、昭和も中ごろのレトロ忍者映画のDVDを借りてきてあげたら、お尻に根を生やしたように、動かなくなっちゃって。全部レンタルしてきて見終わるまで、マルセイユには帰らないつもり、ですって」

「お土産に持たせたら、いいでしょう」

「それが、日本で見ないと雰囲気が出ない、とか言って」

「ははあ」

「結論。仙台城下に柳生はいても、伊賀甲賀がいないのが寂しい、ですって」

「お嫁さんと、お婿さんは、どーしたんです?」

「ウチの父と、エドアールが、彼氏のほうね、意気投合してしまって。今朝四時くらいまで、一緒に紹興酒で酒盛りしてたのよ。二日酔いでグロッキーになってるところで、マリーが、彼女のほうね、トマトジュースを飲ませてるところ」

「サルトビさん、あんたも看病にいったら、どうです?」

 テンジン君が、カウンターのテーブルを拭きながら、言う。

「姉ちゃんが止めたんですよ、卓郎さん」

「プティーさん?」

「……働かないで食うメシは、うまいかーって、言っただけよ」

「はあ」

「お陰で、この後、皿洗いするって、きかないんです。ウチ、業務用食洗器があるから、いいって言ってるのに」

「ははあ」

 石地蔵のように私の隣に腰掛け、黙々とギョーザを平らげていた我が姪が、ごくんと最後の一切れを飲み込んで、いう。

「てか。そろそろ、本題に入らない?」


 富谷さんの推理する「丹野君意中の人」は、同じ陸上部の人ではなかった。

「仙台市内の高校の人。もちろん、陸上部員だよ。話は、六月の高校総体まで、さかのぼるんだけど。ボク、陸上を始めて三か月目で、もちろん選手でもなんてもなかったからさ、物珍しさで、大会の最中、あちこち見物してまわったんだよ。投てきパートの先輩たちって、なんだかユルい人が多くって、雑用をサボっても、文句とか言わないんだよね。そしたら、サブトラックのほうで、アイツが他校の女子部員と親し気に話してるのを、見かけたってわけさ。丹野は実績あるからさ、一年生のくせして選手だったわけで、ちゃんと同級生の付き人もついてた。けど、その友達が、そろそろウオーミングアップを始めたら、とか袖を引っ張るのに、未練がましく、その女子と話し続けようとするわけ。まあ、相手は黒髪ロングの美人だったしさ。オトコって、ああいう、おしとやかそうなタイプに弱い生き物だけど、丹野は特に鼻の下をでれーっと伸ばして、なんだこりゃ、と」

 古川さんが、思わず、声をあげる。

「その人、先輩って、呼ばれてませんでしたか」

「さあ……でも、確かに、同じジャージを着てたヤツらに、会釈されてたような。まあ、普通に、二年か三年なんだったんだろうな」

「……その人は、彼氏がいるんですよ。いえ、まだ別れていなければ、の話ですけど。とにかく、中学時代には、彼氏持ちだったんです」

 デザートの杏仁豆腐で一息ついたあと、富谷さんは続ける。

「ひょっとして、ひょっとしなくとも、古川ちゃんとは、インネンのある女、なのかよ」

「そんな御大層なものじゃありません。ただ、少し、目の上のたんこぶなだけだったってことです」

「なにそれ。インネン、バリバリ、ありまくりってことじゃん」

「目ざわりではあるけれど、叩くとこっちが痛む。そういう存在でした」

「アユミ。私も事情を聴きたいデース」

「忍者は黙ってて」

 桜子にぴしゃりと言われ、サルトビ氏がしょんぼりする。古川さん本人では話しにくかろうと思い、私がダブルデートのてんまつを語った。

「ふうん。丹野って、メンクイなのか」

「富谷さん。男は、みんな、メンクイだよ。女はどーか、知らないけど」

 黙ってジャスミン茶をみんなに配っていたプティーさんが、言う。

「この子、スパイに……じゃなく、くのいちとして、合格じゃない? 鋭い観察で、その、丹野君の昔のオンナを言い当てるなんて」

「つきあってたわけじゃなくて、片思いだったんだけどね」

「偶然、立ち話を目撃しただけで、二年前の交友関係まで推理しろっていうのは、無理があるんじゃない、ダーリン」

「富谷さんが、くのいち合格だっていうのは、私も賛成だよ、ハニー。でもさ、せっかくエージェントをリクルートしたのに、ターゲットが陸上部内にいないっていうのは、誤算だったな」

「ねえ、タクちゃん。その、ダーリン、ハニーって呼び方、やめてよ。ウソの男女交際のくせして」

「え。なに、それ」

「富谷さん。本題とは関係のない話だから、食いつくでない」

「オー。アキラ。私が、そのドロドロのドロ話、語りマース」

「忍者は、おとなしくしてて。てか、タクちゃん。実際に陸上部の誰かと丹野くんがくっつきそうだったら、どーするつもりだったの? 富谷さんに、妨害頼むつもりだったとか」

「ボク、そんな役目は、願い下げだよ」

「ふっふっふ……簡単だ、桜子。イケメンが、その女の子を誘惑して、丹野くんのことを忘れさせれば、いいのさ」

「ナンパなら、マカセテクダサーイ」

「忍者は自重して。てか、こんな時に限って、フランス人に戻んないでよ」

「あ。それなら。僕でどうかな」

「インド人も、黙ってて。てか、テンジンさん、お姉さんが怖い目でにらんでるけど」

 姉にキーッと耳を引っ張られて、テンジン君は実に情けない泣き声をあげた。

「君らがいく必要なぞ、ないよ。ここに、石巻一の色男がいる」

「ドラえもんは、自分の年を考えなさいよ。……てか、タクちゃん。せっかく富谷さんを連れてきたのに、全然作戦会議になってないじゃない」

「中華、食ってるじゃないか」

「それが、作戦会議なの」

「クマの手とか、フカヒレスープとか頼まれたら、どーしよーって、ヒヤヒヤしてたんだが。なんせ、私のおごりだからな」

 まあ、人数が多いので、痛い出費には、違いない。

「町のラーメン屋さんに毛の生えた料理で済むとは、思ってなかったよ、ハニー」

「中華料理以前の料理よね、ダーリン」

 これはもちろん経費として、古川さんに、金銭以外の色々な形で請求する予定である。

「うわ。庭野先生、いったい何を要求するつもりですかっ」

「うん。少なくとも、ミニスカ・ノーパンだけでは、物足りないのは、確かかな」

「アユミちゃん、大丈夫よ。いま、いっとき、シバキ倒すから。……桜子、パーンチ。パンチ、パンチっ」

 すっかりノビて、スツールから転げ落ちた私を見て、富谷さんが言う。

「古川ちゃん、貞操の危機だな……いや、そうでもないか」

「うむむ」

 今度は、桜子とプティーさんが、両側から私の耳をひっぱって、立たせてくれた。

「イロオトコが台無しになっちゃったよ」

「まだまだ、元気なようね」

「本気で、少しマジメな話をしよう。富谷さん、この秋の、陸上部の試合日程を教えてくれ」

「まさか、チアの衣装で、応援にくるつもりかよ」

「ああ。CM動画での私の女装は、大評判だった。しかし、語られ続けるためには、過去を乗り越えていかねばならぬ。幸い、今度は国際色豊かなチアリーダーチームに仕上がりそうだから。フランス人二人、インド人一人をゲットだ」

「オー。庭野ドノ」

「サルトビさん。あなたもギョーザ、食ったでしょ」

「僕は勘弁してください。そもそも、卓郎さんのオゴリのギョーザ、食ってません」

「テンジン君、お姉さんの命令だよ。ねえ、ハニー」

「了解、ダーリン」

「けどさ、庭野先生。スタンドで大騒ぎしたら、競技場からツマミ出されるよ。いま、そういうの、やかましくなってるから」

「富谷さん。私も実は経験者でね。スタートのピストルの音にまぎれるから、鳴り物禁止とか、応援のルールは、一通り知ってるよ。無音で踊るぶんには、なんの問題もあるまい?」

「目立つなあ。てか、浮くなあ。なにより、丹野、喜ばないんじゃない? それに、秋季のめぼしい大会は、だいたい終わっちまってるけどね。記録会に継走祭くらい? そして、最後に新人戦」

 記録会は、文字通り個々人が公認記録を得るための練習会みたいなもの。そして、継走祭、つまりリレーカーニバルのほうは、同じ短距離でも、専門が違う。ハードラーの丹野君は、リレーに縁がない。

「補欠、にはなってたかな。でも、レギュラーの四人が強くてね、丹野の出番は、なさそうかな」

 長距離は今からがシーズンだから、駅伝をはじめ、トラック・ロードの催しものがある。

「記録会でも、いいよ。そもそも、応援することがメインじゃない」

 CM動画と討ち入り騒動で、第三者的な「語られ」、つまり丹野君のいる世間一般への噂話拡散は、クリアした。

「次は、第二者的な語られ。そのための、記録会応援さ」

 みんなで女装チアリーディングするのは、いわばサワリの部分で、本文はその後、個別に、丹野君の眼前で、古川さんを口説くことにある。

「口説くときには、女装とは逆に、各人、目いっぱいカッコイイ服装をしていく。そして、これ見よがしに、彼氏の前で、壁ドンしたり、フォークダンスを踊ったりしてみせるのさ」

「ねえ、タクちゃん。フォークダンスって、なに?」

「学園祭のシーンとかで、あるじゃないか。主人公とヒロインが、一緒に踊りたがってるけど、なかなか順番が回ってこなくて、うんぬん」

「タクちゃん、いい年して、アニメの見過ぎ」

「ま。ともあれ。一連の誘惑シーンをまざまざと見せつけたあと、古川さんは丹野君に、相談するわけだ。見てくれは最高だけど、中身がアレなガイジンさんたちに口説かれちゃった。どーしよー、助けてって、感じで。困ってるけど、まんざらでもないっていう、古川さんの演技に期待したい。それから、ギャラリーもいるな。つまり、古川さんのモテモテ具合を見て、嫉妬しちゃう女子の存在」

「庭野先生、それって、ボクの役目か?」

「頼むよ、富谷さん」


 一連の打ち合わせだけはうまくいったが、シナリオ通り現実が進むとは、限らない。

 いつでも人生は紆余曲曲曲曲曲折っていう、ところだ。

 食事の世話だけでなく、我が塾では、富谷さんの勉強も見てあげることになった。

 その、最初の講義の日、この槍投げ女子は、意外な疑問を口にした。

「古川ちゃん以外でも、女子高生チアリーダー、雇ってるの?」

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