第6話 仕掛けの仕込み
私がいつでも、エロなネタにばかりはしっていると思われるのは、心外だ。
「たまには、少しは、マジメな話をしよう。一応、古川さんには、チアガール講座のアシスタント兼研究生をやってもらうわけだけど、そういう建前だけでなく、本音で協力してほしいのだよ」
「と、いうと?」
チアリーディングというのは、いまや、単なるスポーツにおける応援の一種、だけではなくなっている。アメリカではきちんと、それ自体がスポーツとして確立している。組体操みたいなアクロバティックな演技から、単にポンポンを振り上げる踊りまで、見せ方の方法論もしっかりしている。
「で、ウチのチアガール講座も、講座として立ち上げる際に、そういうのを参考にして振付を考案したんだけれど、これが、動きが激しすぎるんだよ」
「でもタクちゃん。もともとそういうものなんでしょ。何が悪いの?」
「普通のご家庭の、二階の子ども部屋でドタンバタンすれば、家中に響くじゃないか。それどころか、下手をすればご近所迷惑になる。しかし、だからと言って振付をおとなしくし過ぎれば、わざわざミニスカのチアガールに扮装した意味がなくなっちゃうだろう、と。それに、その子どもの勉強部屋自体が狭くて、踊るスペースの確保がしにくい、という問題もある。足を振り上げて、本棚を倒しちゃったり、ポンポンの房が間違って子どもの目に入ったりしたら、本末転倒だよ。結論。激しいチアリーディング、百害あって一利なし。タタミ半畳ぶんで収まるような、振付、考えられないかなあって、常々悩んでたんだ」
「なるほど。少しはマジメな話もできるんですね、庭野先生」
「そうだろう、そうだろう」
「いや、タクちゃん。褒めてないからね、それ」
「ともかく。積極的に建前部分の運用にかかわってくれれば、丹野くん対策のためだけに踊るっていう不自然さは、見えなくなっていくんじゃないかな」
「具体的には……」
「ゲーマーとしての経験を、発揮してくれ。例えば、対戦型の格闘ゲーム。たとえば、リズムで踊るアーケードゲーム。格闘ゲームならギミックの勝利の踊りとか、ダンスゲームなら、それ自体、参考になる踊りがあるんじゃないかな。ついでに、振付に工夫を凝らすとき、本歌取りっていうか、オマージュの元ネタが分かるように、特徴あるパターンを入れてくれれば、なおいいかも。分かるひとには分かる、みたいな通好みのネタが仕込んであれば、第三者的に、ひいきしてくれる人も多くなっていくだろ」
「ねえ、タクちゃん。オタク女子的な、個性的な仕掛けって、それだけ?」
「いや。パンツだ」
「なになに。ノーパンミニスカのほかに、まだ何かやらせる気?」
「チアガールのミニスカートの下に、何をはくかという問題なんだけどね。最初は、アメリカのチームを参考にして、少し長めのスパッツにするつもりだったんだよ。でなきゃ、スポーツクラブでテニスとかやっているお母さんたちの意見を聞いて、普通のアンダースコート、みたいにするつもりだった。でもね、受講者さんたちの希望を募ったら、圧倒的に、ブルマがいいって、指示してきた人が、多かった。よく考えたら、いやよく考えなくとも、このお母さんたちが中学高校の生徒さんだった頃には、みんな普通にブルマをはいてたんだよね。で、一発目、インパクトを狙って、古川さんもブルマに挑戦してもらう。正直、私も中学校時代の同級生がブルマ着用の世代だったから、エロいと言われてもピンとこない。けど、イマドキの生徒さんにブルマ着用するひとはいないわけで、お尻の線が露骨に出るのは新鮮だから、ピンとくるのかもしれない。よしんばエロを感じなくとも、話のネタにしたがる男子は、少なからずいると思うな」
「タクちゃんにまかせてると、どーしてこう、話が全部エロネタになっちゃうんたろ」
「だから、それは、このアプローチの入口だけだって。新しい振付を考えているうちに、古川さん自身が、自然にちょうどいい語られネタを身につけるようになるんじゃないかな。……ええっと。それから、ブルマが飽きられちゃった場合の第二弾ね。シマシマパンツ」
「あの……初音ミクがつけてるような?」
「ボーカロイドの公式として、パンツの柄は見えないんじゃなの? 桜子、ひそかに、同人誌の読みすぎ? ともあれ、別段、ボーカロイドがどーこーっていう世界じゃなくてさ。アニメでもライトノベルでも、パンチラの際の定番じゃないか、シマシマパンツ。いかにもオタク女子っぽさの象徴って感じで、話題になりやすいと思うんだけどな。で、第三弾以降は、丹野君ご本人のリクエストを取り入れていこうと思う。白に赤いリボンがついただけの、シンプルなのがお好みか、それともアニメ絵の入った子どもっぽいのがいいのか。通学時の15分の間に、取材してもらって、次の撮影時のきっかけにもっていこうかな、と」
丹野君がチアガール撮影に立ちあうところまでいけば最高だけれど、部活を考えれば、さすがに贅沢なリクエストか。
「てか。私、朝っぱらから、レン君とパンツの話をするなんて、イヤですよ。貴重な15分なのに」
桜子が一緒になって、うなずく。
「そーだよねー。丹野君的にも、そーゆー話をするのは、イヤじゃないかなあ。タクちゃん。おはよう、今日のパンツは何色だい? なんて聞くのは、下品でデリカシーのないセクハラオヤジだけだって、知ってる?」
「まあ……そっちの検討は、じゃあ、後回しにするか。とりあえず、第三者的な語られ、つまり、ちまたで評判になる、語られる、というのは、こーゆーインターネット上の活動だけで、事足りると思う。けど、第二者的な語られ、つまりライバルが丹野君を挑発するっていう段階になると、ちとむつかしいかも。前にも説明した通り、私がその当て馬の役をするわけだけれど、私と丹野君の接点は全くないわけで。桜子、陸上競技部の内部に、協力者を作ってくれないかな。別に同じ単距離パートの人である必要はないし、同学年である必要もない。ほら、クラスメートのツテとか、あるだろ」
「私、同じクラスに、陸上部のひと、いないなあ」
「古川君のほうは、どうかな? 丹野君に直接紹介してもらう手もあるね。丹野君以外の陸上部の友達が欲しいから、とか何とか言って」
「それって、あからさまにあやしすぎませんか。てか、話をもちかけるニュアンスによっては、誰かボーイフレンドが欲しいから、オトコを紹介してくれ、みたいな感じに聞こえるかも」
「深読みのし過ぎだよ、古川さん」
「タクちゃんのほうが、鈍感すぎんのよ。ノーテンキなんだから」
「でも、古川さん。今から説明する第二者的な語られって、君がいま心配したような領域につっこんでいくわけで。丹野くんに嫉妬とかを起こさせて、古川さんへの独占欲をかきたてるための方策だよ。多少はそのへんのリスクも背負わなきゃ」
「私、でもやっぱり、イヤですよ。そのまま脈なしと思われて、フェードアウトされちゃいそうで」
「それだと、映画デート作戦も、使えなくなるなあ。ほら、君と丹野君が中学時代に約束したっていう、宙ぶらりんの映画デートの話。タダ券が手に入ったからデートしませんか、行かないっていうなら、他の人と行きますよーって、挑発する」
「それ、挑発っていうより、挑戦的な感じがします」
「何が違うのさ、古川さん」
「挑戦のほうは上から目線で、しかも彼氏彼女の関係にならなくてもいいわよ、的なニュアンスがして」
「そーかなー」
「ツンデレにしたって、ツンの部分がとんがり過ぎてるような気がします。庭野先生」
「ねえ、タクちゃん。アユミちゃん。それより、もっといい手があるよ」
「ほう。桜子のアイデアとな。言ってみそ」
「ゲーム内でのデートって、どうかな。タクちゃん、ネトゲやっているじゃない。アユミちゃんにも、その、アバターっていうの? 、ゲーム内で自分キャラを作ってもらって、キャラクター同士でデートするのよ。もちろん、丹野君にも、どのゲームでやってるか、ログイン登録の仕方とか、教えておく。かっこいい勇者とか、勇敢な騎士とかとデートするアユミちゃんを見て、丹野君はハッと、彼女のかわいさに目覚めるわけよ。……これだと、実生活での接点がゼロでも、丁々発止のやりとり、できるじゃない?」
「ナイスアイデア、サクラちゃん」
「そーかなー」
私は首をひねって、言葉を続ける。
「プレイヤー、イコール、ゲームのキャラじゃないんだけどね。古川さん、何か現役で、ネトゲをやってる?」
「今は全然。中学のとき、ちょっとだけ。親戚に廃課金プレイヤーがいて、その影響で禁止されちゃって。でも、今、両親と一緒に住んでるわけじゃないから。こっそり、ていうか堂々とやれる環境です」
「さすがの広く浅くのゲーマーも、両親には弱いか。古川さんがOKでも、丹野君のほうが、保護者から許可、下りるかな? やっぱり、リアルデートのほうが、臨場感があって……」
「まだ言ってる。単にタクちゃんがアユミちゃんとデートしたいだけじゃないの。てか、リアルでタクちゃんとアユミちゃんがデートするって、マズくない? 丹野君に嫌われないために、アユミちゃんのほうは、イヤイヤつきあわせるっていう演技でデートするんでしょ?」
「そだよ」
「援助交際に間違われればいいほうで、下手をすれば、タクちゃん、児童福祉相談所とか、警察に通報されちゃう案件なんじゃない?」
「桜子。私は、そんなにあやしい風体に見えるかね」
「見える、見える。そもそも、チアガールの衣装を着て、ノーパンで踊る、なんて宣言しているオッサンは、どこの誰から見ても、あやしげなんですっ」
「うーむ、そうかあ。せっかく、ない知恵を絞ってもらったのに悪いが、桜子の提案には、一つ穴がある」「なによ」
「ゲーム内で、実はネカマをしているんだよ、私。ゲーム自体が18禁でな。アダルトテイストぷんぷんの世界に合わせて、私のアバターは、エロかわいい系の娼婦だ」
「タクちゃん……あんたって人は……」
「サクラちゃん。こらえて、こらえて」
「……じゃあ、タクちゃんの代わりに、私がカッコイイ騎士役をやるよ。ネカマの逆ね。それなら、バレたときに丹野君に妙な誤解をされる確率、ゼロになるでしょ。どーせなら、アユミちゃんとゲーム内で、結婚しようか。丹野君がいつまでも私をほうっておくと、リアルでも、どっかの馬の骨とくっついちゃうかもしれないわよーって、挑戦……じゃなく、挑発する」
「うむ。どうやら、シナリオの形ができてきたみたいだ。古川さんのゲーム内での職業とか、考えなくちゃな。女の子だとオーソドックスなのはサモナーかヒーラーか……でも、せっかくだから、毛色の変わったのに就任して、ゲーム内でも語られる存在になるってのも、アリかなあ」
「そのへん、タクちゃんにまかせっきりにするの、心配」
「古川さんたち理系ガールズの担任、渡辺啓介君が、ちょうどネトゲ仲間だ。川崎マキ君との進展具合も聞きたいし、キャラ作りにも協力してもらおう」
「へー。渡辺先生が。職業、なんです?」
「盗賊」
古川さんは、確かにパンツを脱いだ。
けれど、肝心なところが見えないような振付を考えるまで、撮影はご法度……という桜子の剣幕に押されて、最終段階シナリオの詰めはストップした。
翌日からは、チアガール講座にて、ホームページ掲載動画作成である。このチアガール講座のドンにして、高校受験生の母親、畠山さんに古川さんを紹介する。畠山さんは、本業ダンプの運転手、息子一人を持つシングルマザー。身長150センチちょっとという小柄ながら、エネルギッシュかつ豪快な人。現場の仕事でクタクタに疲れてもチアガール講座をサボったことはなく、すぐに休みたがる他の受講者にパッパをかけてまわる。お母さん同士のイザコザも、私が出る幕なくさばいてくれる、頼もしいひとなのだ。
「高一の生徒さんをセンセイにするなんて、少しおこがましいですが……」と私は下手に出た。
「理系ガールズの一人でしょ、知ってるよ。勉強すごくできる女の子なんだよね……」というのが、畠山さんの第一声である。
ウチの息子に、ツメの垢を煎じて飲ませたいくらいだわ、ワッハッハ。
芸は身を助くというけれど、古川さんの場合は、学力が追い風になったみたいである。
「お母さんたちみんなで、ワイワイガヤガヤ仲良くやっているところに、女子高生が入って、浮いたりしないでしょうか」と私は続けて尋ねる。
「塾長先生、アンタは独身・子なしの気軽な身だから、女のジメッとした世界が見えないのよ。和気あいあいだけの世界なわけないでしょ……」と、この女ボスはあっさり言ってのけた。曰く、旦那の肩書が部長とか課長とか、どこに勤めてるかとか、旧石巻市内在住なのか旧郡部の田舎者なのか、そういう目くそ鼻くそな小競り合いで、奥様がたはマウントの取り合いをしている、らしい。
自分でダンプを乗り回している畠山さんは、いわば、そのヒエラルキーの埒外で、だからこそ、サバサバとコップの中の争いを解決していっているらしい。
カアチャンたちにイジメられそうになったら、アタシに言いな。
「まあ、塾長センセの、キモいチアガール姿を見なくてすむってだけで、みんな、この子を歓迎しそうだけどね」
くすくすくす。
「古川くん。笑いすぎ」
キップのいい畠山さんの激励をもらって、私は古川さんを無事、講座デビューさせたのだった。
ホームページの動画撮影に難色を示したお母さんたちも、少数ながら、いた。
しかし、それも文句と言えない文句だった。
前もって言ってくれればダイエットしてきたのに……とか、美容院にいって念入りに化粧してもらってくればよかった……とか、ノリノリのクレームばかりなのである。そもそも、中高生の子どもを持つような、いい年したオバサンが、若い娘たちでも二の足を踏むような、ヤングな恰好で踊る時点で、かなりハードルが高い。我が塾には、生徒さんから講師まで、心臓に毛の生えたような猛者たちが勢ぞろいしているせいで、チアガール嬢たちも、一筋縄ではいかないことを、忘れそうになってしまう……。
白塗りで能面みたいになった顔より、自然体のほうがキレイですよ……という意味のことを、何重ものオブラートに包んで、私は年配のガ゛ールズに説明した。
そして、いよいよ動画を掲載した、その日。
この日は普通の塾生として、渡辺啓介の物理の授業を受けていたはずの古川さんが、血相を変えて、塾長室に飛び込んできた。
ハアハア、という荒い息に合わせて、水色リボンのポニーテールが揺れている。
「こら、古川さん。廊下を走るでない」
「例の動画の、反応です」
「授業が一通り終わったあと、ウチの講師と、畠山さんを入れて、反省会をやるよ。てか、もしかして、もう、丹野君のリアクションがあったの? 彼、部活中のはず、でしょ」
「ウチのおじいちゃんが、お弟子さんたちを連れて、塾に殴り込みに来るって、言ってるんです」
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