第297話 一方その頃

「ハリストス様!目標周辺に結界を確認しました。いかがなさいますか?」


ハリストス率いる魔王軍が古の魔王の一人であるスルトと彼が守護する巨人族を滅ぼすべく進軍してから数日がたった頃だった。

斥候に出ていた者からの伝言。

どうやら巨人族の里周辺を覆う結界を確認したらしい。


「んー、どうしよっか。君はどうしたい?」


夕食を食べていたハリストスは食事をする手を止めることなく、伝言を持ってきた男に問い返す。

まさか問い返されるとは思っていなかったのか伝言を持ってきた男は困ったような顔をしたまま黙ってしまう。

この男何回か見たことがある。

魔王の誰かの腹心だったか?

名前は知らない。


「ほら、黙ってないで。別に君が何か言ても何もしないよ。たまには部下の声も聞かないとねー。」


「はぁ。」


なおも困惑する男。

しかし、何かしら言わねばこの場から抜け出すことはできなそうだと観念したのか自身の意見を語り出す。


「ここから巨人の里までは約1日ほどです。結界にはも我々の侵入を完全に防ぐほどの強度はありません。せいぜい数日足止めできる程度でしょう。ならばこの結界は時間稼ぎの為であるとおもわれます。ならば早々に結界を破り時間を与えないことがいいのではないかと。」


「うんうん、その考えは間違ってないと思うよ。じゃあさ、何の為に時間稼ぎをしているんだと思う?」


ハリストスはまだ食事の手を止めない。

それどころか男の顔すら見ない。


「おそらくは策を巡らせているのだと。我々との戦力差は明白です。いくら巨人族の精鋭とて勝てる見込みは薄いでしょう。戦えない者の避難、我々の情報収集を行っていると思われます。」


先ほどのハリストスの答えに少し気を良くした男はためらいながらも自身の意見を述べる。


「うん、そうだね。じゃあもう下がっていいよ。」


「は?あっ、失礼しました!それで結界の方はどうされますか?」


いきなり下がっていいと言われた男はつい間抜けな声をあげてしまった。

急いで詫びつつ、自信がここに来た本題を思い出し、指示を請う。


「うん、だから現状維持。結界は自然に消えるのを待とうか。」


「し、しかしそれでは巨人族に準備時間を与えることになりますが、、、。我々の力であればすぐにでも結界を破壊し、奴らを蹂躙することは可能です。」


ハリストスの考えがわからない男はなおも引き下がる。

自身の考えが間違っていないとハリストス自身が言っていたではないか。

ならばなぜ動かないのか。


「それでいいんだよ。ほら、下がった下がった。」


ハリストスは男の顔を見ることなく手振りで出て行けと告げる。

そうなってしまえば男は出て行くしかない。

かしこまりました。とだけ告げると男は一礼し、部屋を出て行った。

ハリストスの食事は終わっていた。



「結界かぁ。ふふ、面白くなってきたなぁ。」


男が出て行った部屋でハリストスは一人、楽しそうにつぶやいた。

この結界が時間稼ぎであることはハリストス自身も分かっている。

それでもあえて待機を選んだのには理由がある。

そしてハリストスは知っている。

古の魔王の一人であるスルトの秘密を。

巨人族の里に眠る友人に最も近かった者の事を。

この戦いの行方を。

この世界の未来を。

自身の未来を。


ハリストスは知っている。


「もう少し、もう少しだよ。リュー君、君もいるんだろう?」



そう呟くとハリストスは椅子に深く座り直し、静かに目を閉じた。

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