第290話 小さい人間
*
スルトは目の前の小さな人間から発せられた言葉に驚いた。
言葉の内容が、ではなくこの者の声に引き込まれたからである。
巨人族もだが基本的に亜人とされる人種は人族よりも寿命が長い傾向がある。
そしてスルトにいたっては魔王、という事もあり、自分自身でさえ寿命などというものがあるのかもわからない。
長い時を生きてきた。
多くの同胞を見送った。
様々な種族と出会った。
言葉を交わした。
その上で人族には価値がないと思っていたのだ。
それなのに目の前の小さな男の声に引き寄せられる。
威圧するでも下手に出ているのでもない、あくまでも自然体。
それでいて声には確かな芯の強さと慈愛、そしてかすかな闇が垣間見える。
不思議な人間だ。
「俺が巨人族の長だ。話を聞いてやろう、人間。」
そう思った時にはすでに言葉が口からこぼれ落ちていた。
*
「で、話っていうのは?ここなら誰もいないし体裁なんて取りつくろう必要ねぇぞ。」
スルトはコウガを里に連れて行く事はせずに自身のお気に入りの場所へと連れて行った。
コウガを完全に信用していないことも大きな理由の一つだが一番の理由は里の者たちにコウガの事を説明することが面倒だったからである。
それに里には人間を快く思っていない若い衆が居ることも事実だ。
いらぬ火種をまく必要はない。
「それはありがたい。それじゃ、ありがたいついでにもう一つ頼まれてくれないか?あなたほどの人なら俺くらいのサイズになれるだろ?さすがにずっと見上げたままじゃ俺にの首が疲れる。」
スルトはまた驚いた。
「ふはは、面白いな。俺に向かって面と向かって疲れるから小さくなれと言うのか。見上げたくないのであればお前が大きくなるか空でも飛べばいいだろう?」
面白い、そう思った時にはすでに相手を挑発していた。
それと同時に自身の方が上であるとにおわせる。
これで相手がどう出るか。
スルトは興味半分、面白さ半分で相手の返答を待つ。
「嫌だよ。それじゃぁ首は疲れないけど魔力を消費する。どのみち疲れるなら俺にメリットないじゃん。でもあんたは違うだろ?」
面白い、そう答えるか。
あくまでこの人間は対等であることを望むのか。
「俺は違うと?」
「ああ、あんたは大地の魔力を使えんだろ?なら小さくなったとしてもその程度なら魔力消費はゼロだ。あんたが小さくなってもデメリットはない。当然、俺にもデメリットはない。そして互いに生まれるのはメリットだけだ。」
スルトを真っ直ぐに見上げたその瞳には一切の嘘がない。
本当に面白い。
目の前の人間はどれだけ俺を楽しませてくれるのだろうか。
俺が大地の魔力を使えることを見抜いた眼力もそうだが俺を前にしても一切の動揺を見せないばかりか対等を要求してくる。
たったこれだけの会話であったがコウガはスルトが認めるに値する存在であると証明した。
そのことがスルトにとっては愉快でしかない。
ここしばらく沈んだままだった感情がスルトの内から沸々と湧き上がってくる。
確かな気分の高揚は笑い声となって周囲に響き渡る。
思いっきり笑うだけ笑うとスルトは己の体を縮ませる。
目の前の不遜な小さき人間と同じ目線で語り明かそうではないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます