第287話 決別

目の前の男は確かにハリストスだ。

それは分かる。

だがどう見ても纏う空気が違いすぎる。

あのへらへらした感じはまったくしない。

どこまでも冷たく、鋭利だ。


「それがお前の本性なのか?」


コウガは何とかそれだけを口にした。

本能が告げている。

本気でやってもこいつには勝てない、と。


「本性?うーん、どうだろう。別に意識してるつもりはないんだけどね。僕はこの世界が嫌いだからかなぁ。でも君ならわかるだろ?」


ハリストス口調は変わらない。


「ああ、俺だってこの世界には何度も絶望したしぶち壊してやろうとも思ったよ。だけどそれはもういい。俺が聞きたいのはミーシャのことだ。」


「だからだよ。君は僕と同じだった。だからあの子を使ったんだ。」


「意味がわからない。」


「君は僕が探し求めていた人じゃなかった。だけど僕と同じようにこの世界に絶望して生きていた。そんな君となら友達になれると思ったんだ。」


ハリストスの言っている意味は相変わらず分からないが彼が悲しみ絶望していることは分かった。

それと同じくらい、彼は寂しいのだ、という事も。

その気持ちはコウガにも痛いほどわかる。

この世界に転生して理不尽な扱いを受け、この世界に絶望し生きてきた。

だが今は違う。

ミーシャがいる。

彼女がコウガに生きる意味と居場所をくれた。

だからコウガはどんな理不尽にさらされようとも一人ではない限り生きていける。

そしてコウガはミーシャがいる限り一人にはならない。


「だけど君はあの子を通してこの世界に居場所を見つけてしまった。僕は君があの子を突き放すことを期待していたんだよ。だから一度あの子を攫った。君は助けに来ないと思っていた。なのに君は助けに来た。」


何も言わないコウガを気にすることなくハリストスは話を続ける。

彼は自分と同じ人が欲しかったのか、と今更ながらにコウガは気が付く。

だが、今のコウガに彼にかける言葉はない。

コウガはもう手に入れてしまったから。


「やっぱり君と僕は違ったんだよ。だからこれで最後だ。もう君たちには関わらないよ。君がこの先どれだけ生きるかわからないけど君の前には現れない。」


「勝手なことばっか言ってんじゃねぇよ。なんで全部お前が勝手に決めてんだ?一人が嫌ならそう言えよ。寂しいなら寂しいって言えばいいじゃねえか。確かにお前はよくわかんないやつだ。けどそんなん友達にならない理由にはならないだろ。」


居場所を手に入れてしまったコウガには確かに後ろめたさがあった。

だが彼の言葉を聞いてそんなことよりも苛立ちが勝った。

どうして俺のことをあいつに決められなければいけない?


「やっぱり君は優しいなぁ。けどだからこそ、だよ。君と僕は一緒にいられない。」


少しだけハリストスの纏う空気が緩んだ気がした。

その隙を逃すまいまいと、コウガはハリストスに近づこうとする。

だが一歩と進まないうちにコウガの体は前進することを止めたかのように動けなくなった。


「僕にはね、使命があるんだ。その為に運命の相手をずっと探してる。だけどその相手はどんな人なのかもいつ現れるのかもわからない。だから僕は待つしかないんだ。これと一緒にね。」


ハリストスから滲み出ていたものは紛れもない悪意。

それに憎しみや怒り、悲しみといった負の力。

それらの力は明らかにこの世界を、この世界に生きる人々を否定していた。

いく鈍いコウガにだってわかる。

アレは、いや、あいつはこの世に存在してはいけないものだ。


「どう?これでもまだ僕と一緒にいられると思うかい?」


そう問いかけるハリストスのつらく悲し気な声にコウガは何も答えることができなかった。


「じゃあね、少しだったけど楽しかったよ。」


ハリストスはそう言い残すと音もたてずにその場から消えた。

何も言えずに立ち尽くすコウガを置いて。









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