第282話 真実 2
*
永遠にも思われたときにもようやく終わりが訪れた。
「コウガお兄ちゃん。」
名前を呼ばれて顔を上げる。
だがミーシャの表情を見る前に何かが額に当たった。
遅れてそれがミーシャの指だとわかる。
デコピンをされたのだ。
意味がわからずミーシャの顔を見る。
その表情がよほど間抜けだったのだろうか、ミーシャの口元がわずかに上がる。
頑張って笑いをこらえているような、そんな表情だった。
そこに悲しみや怒りはない。
「この前言ったよ。コウガお兄ちゃんがいればいいって。コウガお兄ちゃんがやったことはいけないことだと思うよ。家族のことはミーシャだってわかんないよ。」
「家族を殺した俺が憎くないのか?大勢の人を殺したんだぞ。また誰かを傷つけない補償なんてない。ミーシャだって、殺されない補償なんてないんだぞ。」
ミーシャの言葉に涙が出そうになる。
だが、ダメだ。
ミーシャは他の人を知らないから、俺に依存してまともな判断できていない。
俺は裁かれるべき人間なんだ。
「コウガお兄ちゃんは悪い人じゃないもん。たくさんミーシャを助けてくれたもん。ミーシャにご飯くれたもん。抱きしめてくれたもん。守ってくれたもん。好きになっても嫌いになれないよ。」
「ミーシャ、、、、。だけど、俺は罪人だ。ミーシャのそばにはいられない。」
裁かれたかった。
罪を償いたかった。
何よりもこの十字架を下ろしたかった。
だがそれは叶わない。
ならばこれ以上罪を重ねない為に。
ミーシャを傷つけない為に。
「、、、、、、、独りにしないで。」
その呟きはミーシャが隠していた本音の部分だった。
ミーシャはずっと寂しかった。
それでもずっとそれを隠して明るく振舞っていきたのだ。
心配させないように、負担にならないように、見捨てられないように。
そしてコウガと過ごすようになって本当の意味で笑えるようになった。
だんだんと寂しさが薄れていくのがわかった。
独りではない、ここに居ていいのだ、そう感じ始めていた。
それなのにコウガはミーシャから離れようとする。
そんなのは嫌だ。
一緒にいたい。
憎んでなんかいない。
嫌ってなんかいない。
大好きだ。
だけどそれらの言葉はこみ上げてくる涙によって言葉にはならない。
伝えなきゃいけないのに。
伝えなきゃ独りになってしまう。
だけど、言葉にはならない。
口から出るのは涙でつぶれた嗚咽だけ。
涙のせいで前も見えない。
止めないといけないのにコウガの姿すらぼやけている。
ガサッ。
目の前で何かが動く気配がした。
ぼやけた視界にかろうじて映ったのは立ち上がるコウガの姿だった。
(嫌っ!行かないで!)
心の中で必死に叫び、急いで立ち上がる。
コウガを止めなければ。
独りになってしまう。
だが、ミーシャが立ち上がる前に何かに押しとどめられた。
そして硬いが優しく、温かいものに包まれた。
「ミーシャ、ごめん。俺はただ逃げて楽になろうとしてただけだ。死ぬことが、裁かれることだけが償いじゃないよな。」
耳元で囁かれた言葉はコウガのものだった。
この声を、この無骨な優しさを、温もり、をミーシャは知っている。
「許してくれとは言わない。だからこれからもミーシャのそばで償い続ける。」
細いが引き締まった、広く、大きな胸に顔をうずめたまま、ミーシャは囁くような優しさに溢れたコウガの言葉を聞く。
なにか言わなければ。
そう思うが声は出ない。
だが仮に声が出たとして何を言えばいいのか、ミーシャにもわかってはいなかった。
「この先何があってもミーシャを絶対に独りにしない。だから、これからも一緒にいていいか?」
その問いにミーシャは胸の中でうなずく事しかできなかった。
不安と悲しみから溢れ出た涙はすでに喜びに代わっていた。
だが、それでもあふれ出る涙は止まらなかった。
独りじゃない。
コウガがこれからもずっと一緒にいてくれる。
独りじゃないという事実がこれほどうれしいことだとは思わなかった。
ありがとう。
大好き。
ずっと一緒だよ。
独りにしないでね。
約束だからね。
どれも言葉にはならなかった。
だけどきっとコウガには伝わっているはずだ。
そう確信できるだけの絆が二人にはあった。
泣きつかれたミーシャはいつの間にか眠ってしまった。
世界で一番安心できる場所で。
誰よりも孤独で、強く、優しい人の胸の中で。
そしてミーシャは幸せな夢を見た。
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