第273話 新たな一歩

「準備できたか?」


ミーシャがコウガの家に居候を初めてから一か月が過ぎた。

最初は隙あらばミーシャの説得を試みていたが今ではもうあきらめた。

どうせいくらい話て聞かせたところで聞かないのはもちろんだが、それ以上にミーシャがいるこの生活をコウガは気に入っていた。

ずっとこのままでいたいと思うがそうも言ってはいられない。

ミーシャの家族も探してあげたいし、何よりミーシャを狙ったあの謎の男の正体も気になる。

何よりあの男が言った言葉が今もコウガの胸の中でくすぶりつけている。


”世界は僕らを受け入れない”


「コウガお兄ちゃん早いよ。レディーは準備に時間がかかるんだもん。」


ミーシャはまだ準備ができていなかった。

やっぱりこんな小さな子でも女の子なんだな、そんな言葉が頭を一瞬だけよぎった。

ミーシャの姿を見る前のほんの一瞬。


ミーシャはパジャマのまま、まだ布団にくるまっていた。



「おう、来たか。準備はできてるぜ。」


そう言って肉屋のおやじは店の隅に置いてある大き目なリュックを指した。

あのあと何とかミーシャを布団からはがし服を着せ、顔を洗い何とか準備を終わらせて家を出てきた。

すでに時刻は昼近い。

なんとも幸先の悪いスタートだがこれもまぁいいだろう。


「恩にきる。これはせめてもの礼だ。」


今回コウガがおやじに頼んでおいたのは旅に必要なあれこれを用意する、というものだった。

コウガが自分でやってもよかったのだが町の人の受けがよくない以上おやじにやってもらった方が面倒が少なくて済む。

コウガはそのお礼として昨夜のうちに狩っておいた動物を店のカウンタに置く。

すでに血抜きはしてある。


「礼なんかいらねえのに、俺はお前のおかげで十分すぎるほど稼がせてもらったからな。それよりもミーシャちゃんをちゃんと面倒見てやれよ。」


礼なんかいらないと言いながらその目はすでにコウガが持ってきた肉でいくら稼げるかの勘定をしていた。

それにおやじに言われるまでもない、ミーシャは何があっても俺が守る。

ミーシャとの別れがくるその日までは。


「ああ、おやじには世話になった。ありがとう。」


「おう、またこの町に帰ってきた時には顔出せや。飯くらいは出してやる。もちろん、ミーシャちゃんがいることが条件だけどな。」


そんなことを言いながらおやじは二人を気持ちよく送り出してくれた。

コウガとミーシャの旅が始まる。

2人だけの旅、一人ではない、二人だ。

そんな些細なことがコウガの胸を高揚させる。

今なら違った目でこの世界を見れるかもしれない。

この世界で生きる意味も見つかるはずだ。

初めてこの世界に訪れた時と同じ興奮がコウガの全身をめぐる。

だが前と同じ失敗はしない。

そう決意しコウガはミーシャと共に新たな一歩を踏み出した。




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