第272話 紡がれた絆

「とにかく帰ろう。」


忘れられない言葉を残した自称イエヤスの追跡を諦めたコウガは足に小さな圧力を感じた。

圧力の正体はミーシャだった。

幼い少女は先ほどまで見知らぬ男に攫われその恐怖に必死に耐えていた。

そしてコウガに助けられようやくその恐怖を吐き出せたばかりだ。

それなのに今のミーシャの顔には恐怖の色はなく、コウガを心配する優しい表情が見て取れた。

これにはさすがのコウガも舌を巻くしかない。

どこまでも気丈で優しい子だ。


「な?」


なおもコウガを見つめ続けるミーシャに今度は同じ視線で、なるべく優しい表情で声をかける。

まださっきの男を追いたい気持ちもあるし心は揺らいでいる。

だがこんな小さな子に心配をかけてまで自分の気持ちを優先させたいとも思わない。

コウガの中でミーシャならば自分の中の何かを変えてくれる、そんな希望にも似た期待が大きく膨らみつつあった。


「うん。コウガお兄ちゃんありがとう。」


今度はうなずいてくれた。

まだ心配そうな表情をしてはいるがぎこちない笑顔を見せる。

そんな笑顔につられるようにコウガもぎこちない笑顔をミーシャにむけ、二人はどちらからともなく手を取り合ってコウガの家へ歩いて行った。



「なぁ、なんでわかってくれないんだ。それが一番だってことは頭のいいミーシャならわかってるだろ?」


ミーシャ誘拐から三日がたち、日々の平穏を取り戻したころ、コウガの家では再び問題が起きていた。


「わかってる。わかってるから嫌ななの!コウガお兄ちゃんがいい。」


朝からずっとこの調子だ。

どんなに説得を試みようとも一向にうなずく気配がない。

二人がもめている原因、それはミーシャを町に預けるということだった。

事件が落ち着いたがいまだにミーシャの身元は不明。

あの馬車に乗っていた人たちの生死も不明だ。

ならば嫌われ者のコウガと共にいるより町の者に保護してもらい家族を探してもらった方がいいに決まっている。

コウガはミーシャにそのことを話したのだが話した直後からずっとここにいると言って聞かないどころか猛反対を受けている。


「俺が町の人からなんて思われてるか知ってるか?俺なんかと居たら人と一緒に暮らせなくなるぞ。ずっとこんな森の中で一人で生きてくことになってもいいのか?」


ミーシャは聡明で優しくいい子だ。

だからこそ自分のような孤独な道は選ばせたくない。


「コウガおに居ちゃんが居ればミーシャは一人じゃないもん。それにミーシャを助けてくれたのは町の人じゃなくてコウガお兄ちゃんだもん。町の人よりコウガお兄ちゃんの方がミーシャにとっては良い人だもん。絶対行かない!」


なおも抗議の姿勢を崩さないミーシャ。

この子は分かっていない。

はみ出し者がどんなにみじめでどんなに孤独なのか。

それに俺は罪を犯した人間だ、いつまた同じ罪を犯すかわからない。

そんな人間がミーシャのような子と一緒にいていいはずがない。


「ねぇ、コウガお兄ちゃんはミーシャの事きらいなの?」


どうやってミーシャを説得するか悩んでいるとふいにミーシャがそんなことを言ってきた。

それも涙目で上目遣いで、だ。


「ぐっ。はぁ、もう好きにしろ。あとで後悔しても知らないからな。」


「やった!コウガお兄ちゃん大好き!」


そう言って抱き着いてきたミーシャを見ながらコウガは思う。

さっきまで目に溜まっていた涙はすでに見る影もない。


やられた。



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