第270話 口上不在
*
「見つけた!」
文字通りコウガの本気。
あちこちを奔走し、己の能力を余すことなく使いようやく掴んだ敵の尻尾。
すでにあれから半日が過ぎ辺りは日が落ちている。
空には雲が多く月明かりも届かない、襲撃にはもってこいの夜だった。
しかも灯台元暮らしとはまさにこのこと、ミーシャは事もあろうにコウガの家の近くにいた。
コウガの家の裏手にある森の中、その一角にいる。
数は数人だがさっきのごろつき連中とはレベルが違う。
例の空間魔法の使い手もいる。
おそらくレベル的にもそいつがここのボスで間違いはなさそうだ。
「苦労かけやがって。けどこれはどうする。」
敵は数人、しかも高レベル。
さらに厄介なことに敵にはかなりの索敵能力を持つ者がいた。
下手に近づいたり魔法を使えば一発でバレるだろう。
まぁバレたところで問題はないことを考えれば厄介ではあるがそれだけだ。
他にも用意周到に罠を仕掛けているらしいが罠なんてものは仕掛けがわかれば何にも怖くない。
では何が問題なのか、そんなものは一つしかない。
コウガが逡巡している理由、それは登場したときの口上である。
ここ百年ほどろくに他人と会話をしていなかったコウガだ。
人前で話すことなどあろうはずもなく、出会いがしらの口上というものにこの上なく頭を悩ませていた。
下手な口上をしようものなら微妙な空気が流れる。
かといって熱い口上などとてもじゃないが恥ずかしくて無理だ。
それならばクールに決めるべきだろうか?
「くそっ。あーもう!なんとでもなれってんだ。」
諦めた。
*
「誰だ!」
索敵能力を持つ敵がコウガの接近に気が付いたらしい。
これでもバレないように最低限のことはしたつもりだったのだがさすがに索敵能力が高いだけはある。
「さぁね、誰でもいいだろう。俺の事よりもわかってんだろ、ミーシャを返せ。」
結論はここに行きついた。
もうさっさとミーシャを連れて帰ろう、うん。
「来たか、待ってたよ。けどこの子は返せないんだ。大切な生贄だからね。」
空間魔法の使い手が口を開いた。
人さらいなどをしているやつにしては優男のなりをしてる、口調にも荒っぽさはない。
それよりも生贄か、こいつからは詳しく話を聞く必要がありそうだ。
「コウガお兄ちゃん!」
「ミーシャ、無事か?お前に聞きたいことがある、家に帰るぞ。」
「う、うん。」
よかった。
見た目にはやつれているがひどいけがはなさそうだ。
この状況を全く意に返さないコウガの発言に戸惑っているくらいだ。
それに手足は縄で縛られているが拘束はそれだけ。
これならすぐにでもけりはつきそうだ。
「無視はひどいな。それに帰るなんてつれない事言うなよ。僕たちと遊んでくれないか?」
「僕たち?お前一人の間違いだろ。」
「なっ、一人だって?この僕の仲間たちが見えないのかい?」
「めんどくせぇな、どこにその仲間がいんだよ。」
コウガの言葉に自身の周囲を見渡し、はっとした表情で固まる空間魔法使い。
彼の周囲にはすでに彼の仲間はいなかった。
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