第266話 届かない声

「さてと、これはどーすっかなぁ。」


コウガの見つけたそこは何の変哲のない森の一部。

穏やかに流れる川の脇にできた小さな空き地。

どこから見ても何の変哲もない普通の景色がそこには広がっていた。

ただある一点を除いては。

それは横に倒れた馬車だ。

しかし無人。

魔物に襲われた形跡もない。

もちろん争ったような形跡もない。

ただ人だけがいない。


「魔物じゃこんなことできねぇよな。」


コウガは馬車のまわりを観察する。

今ままで少なくない時間を生きてきたが人間だけを消すことのできるような器用な魔物など見たことはない。

ましてや人間などには到底できることではない。


「ん、これって、、。」


馬を観察していたコウガはあるものを見つけた。

それは倒れた馬車の床に転がっていた。

横転しているから厳密には床じゃなくて窓か?

近くに繊細な唐草模様が彫られた木彫りの箱が転がっているところを見ると元はその箱に入っていたものだろう。

他にこれといった手がかりはなさそうだ。

つまり今コウガの手元にあるコレが唯一の手がかりとなる。


「くそめんどくせぇ。」


コウガが手に持っているソレは石でできた装飾品。

しかも石の半分が溶けてガラス状になったものだ。

まちがいない。


それはかつてコウガが滅ぼした村のもの。

焼き払った村で拾った名も知らない誰かが身に着けていた装飾品。

そしてコウガが一生をかけて償うと誓った誓いの石。


突然つきつけられた自らの罪にコウガの気持ちはさらにい冷える。

なぜこれがここに?

いったいミーシャは何者なんだ?

ミーシャが何者かはわからないが一つだけならわかることもある。


逃れることは許さない。


くそ、結局俺は何をしようがどれだけの年月を贖罪の為に生きていようが決して忘れさせてはくれない。

いつまでも付いて回る怨念の影と亡霊の悲鳴。

コウガは今でもあの時の光景を、燃え盛る炎を夢に見る。

そして決まってと言っていいほど翌日に目が覚めたとき、少しもその重量を変えることなく背中に押しかかる十字架に耐え切れず押しつぶされそうになる。

だからこの重みから逃れるためにも、奪ってしまった命の為にも生きて償うと決めた。

生きて己の罪と向き合い、自分に罰を与え続けること、それこそが俺の生きる理由だった。

だがそれでも、長い時の中で少しずつ気持ちの整理が付き、過去を振り返るだけでなく、未来に目を向けることができるようになり始めていた。

肉屋のおやじから向けられた温かい気持ち。

たまたま出会った女の子から向けられた笑顔。

誰かと笑い合える日々が来るかもしれない、心の氷を溶かしてくれるかもしれない、そう思い始めていたのに。

やはり世界は、神は、俺を許さない


掌に握った冷たく何の温度も持たない石がコウガに芽生え始めていた熱を奪う。

最初は冷たいと感じた石はもう冷たいとは思わない。

それはコウガの温かさに石が同調したのではなく、石の冷たさにコウガが堕ちただけ。

決して消えることのない痛みが。

決して許されることのない罪が。

決して与えられることのない熱が。

決して変えることのできない運命が。

再びコウガの心を分厚い氷で覆う。


「誰か、誰でもいい。俺を許して、俺を助けて。俺を、、、、見て。」


それはコウガの心の叫び。

この世界に転生してから100年ちょっと、ずっと心の奥にしまい込んできたコウガの本心。

だがコウガがいくら叫ぼうとも分厚い氷に阻まれ届くことはない。

誰もコウガを、、、、。






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