第262話 十字架

再びコウガが意識を取り戻した時にはあたりはすでに暗くなっていた。

空には月が浮かび多くの星が瞬いていた。

その星明りのおかげか灯がなくても周囲を確認するくらいはできる。


「夢、なわけないか。」



星明りを頼りにあたりを確認したコウガは先ほどの出来事が夢ではなかったことを受け入れるしかなかった。

先ほどと全く変わらずそこにある黒い塊。

草木の一本も生えていない焦土。


俺がやったんだ。

すまない、謝ったところで許されるはずもないがコウガはそう呟かずにはいられなかった。

ここは日本ではない。

罪の意識を感じ裁かれることを願おうが裁くものはいない。

一生をかけて償い背負っていくしかないのだ。

自身が奪った命を。

自身が滅ぼしてしまった村のことを。

コウガは燃え残った半分溶けた石の装飾品を拾いその石に誓う。

一生消えることのない十字架としてその心に深く刻み、一生をかけて償うと。




コウガが村を滅ぼしてから月日は流れ、戦後の恐々とした日々は過ぎ去り人々の間に安寧とした空気が満ち満ちていた。

かつてはなかった村同士の交流も盛んになり、小さいながらも国が興り始めていた。

そしてかつての種族が分化し、今や20を超える種族が共存の関係を築いていた。


「おっ、今回も上物だなぁ。代金はいつも通りか?」


肉屋のおやじが持ち込まれた上等なシカを周囲の客に見せびらかすようにしながらシカをもって来た男に声をかける。

これもわざわざ聞く必要などない事だが上物のシカが入ったことをアピールしたいのだろう。


「ああ。」


「ほらよ、今回は少しおまけしといたぜ。また次もよろしくな。」


不愛想な男とは対照的に上機嫌なおやじは大きな袋を男に渡す。

どうやら中身は食料と生活品らしい。

代金ではなく物々交換、と言ったところであろう。

かつては物々交換こそが基本だったが今では硬貨が普及し、もっぱらこっちが使われる。

いまだに物々交換を使うのは辺境の村くらいだ。


「ありがとう。」


それだけを口にすると男は足早に去っていく。

その動作には話しかけられることを拒絶する空気があった。


「なんでぇ、変な奴だな。おやじ、あんな奴と商売してて大丈夫なのか?」


男が去ったあと店にいた常連客の一人が訝し気な表情と嫌悪感を隠すことなくおやじに聞いていた。


「ああ、あいつは問題ねぇよ。よくわからない奴ではあるが悪さをするようなやつじゃないさ。いくら時代がよくなったとは言え過去にはみんななんかしら抱えてんだ、詮索してやるな。」


嫌悪感を隠すことなく聞いてきた常連に嫌な顔一つすることなくおやじは簡単に言ってのける。

よくわからん奴と商売をするやつなどそういないだろう。

肝が据わっているのかバカなのか。


「そんなこと言っておやじは彼が持ってくる上物の肉が目当てなんだろ?」


「はは、ちげいねぇや。」


別の客の発言に常連の男も笑いながら納得の声を上げる。

おやじも他の客と一緒に笑っている。

だが目だけは温かいまま、彼が出ていった方を見ていた。




「ありがとな、おやじ。」


スキルのおかげで店でのやり取りは全て筒抜けだ。

自分が他の者によく思われていないことを知っているからこそ最低限のかかわりだけで済まそうとしている。

自分でもこんな怪しいやつがいたら不審に思うに決まってる。

自分でさえそう思うのだからこの町の人たちから冷たい視線を浴びせられようがなんとも思わない。

仕方がないとさえ思える。

だがおやじだけは違った。

彼の目はいつ行っても暖かかった。

その目にどれだけ救われたか。

その暖かさは凍り付いた心を溶かすまではいかなくとも心に安らぎを与えてくれる。

今の俺にとってはかけがえのない場所だ。


「ありがとう。」


は店の方を振り向くともう一度そう呟き、道行く人々の喧騒に身を委ねた。





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