第261話 煉獄の炎
*
ざわ。
腹の奥底から湧き上がってくるどす黒い感情。
こんな感情、俺は知らない。
あの平和な世界で平凡に生きていた俺が決して知ることのなかった感情。
悲しさと怒り。
そして憎悪だ。
こいつも。
こいつらも、俺を受け入れない。
ならいっそ。
いっそこいつらを皆殺しに、、、、、。
初めて感じる感情に思考が堕ちていくのが自分でもわかる。
だめだ。
落ち着け、そんなのだめだ。
そんなことやっていいはずがない。
人を殺すなんて。
「わかったら早く去るかぇ。ここではお主は異物じゃ、村には入れられん。」
言い返す言葉も見つからず、腹の奥からあふれ出てくる負の感情を理性とわずかな倫理観で必死に抑えているコウガ。
はたから見れば未練がましく突っ立っているように見える。
実際、村長もそう見えたのだろう。
突っ立っているコウガに追い打ちの言葉をかける。
無音。
嫌な静けさがあたりを支配した。
息をすることでさえ咎められそうな空気に門番の男や屈強な若者たちでさえ身じろぎひとつできないようだ。
その無音の間に痺れを切らしたのか、村長がコウガとの距離を詰め再び口を開こうとする。
その時、村長の目の前で。
つまりはコウガの目の前に大きな火柱が空高く上がった。
燃え盛る炎は大きな爆音を伴い次第にその火柱の範囲を広げていく。
危うく火柱に巻き込まれるところだった村長は目で巻きあがる熱風にたじろき腰を抜かしその場にへたり込んでしまう。
その後ろでは火柱からはじかれた火の粉が門柱へと飛びそこからさらに新な炎が上がっていた。
他のものたちは村に飛び火しないように消化活動をすることで精いっぱい。
誰も村長の危機に気づいていない。
「あ、、、。」
目の前に迫る熱風とすべてを燃やし尽くす煉獄の炎。
これが避けようのない運命、村長は自らの死を覚悟した。
そして見た。
オレンジの輝きを増すその炎の中心で佇む一人の男を。
燃え盛る炎の中心にいながらも彼はその影響を全く受けていない。
毅然とその場に立っているだけだ。
煉獄の炎は彼を迂回するかのように彼を避けて渦巻、空へと抜けていく。
「おお、神よ。。。」
村長は自らが置かれている状況など忘れて彼に魅入ってしまった。
しかし俯いているため影となったその表情までは伺い知ることはできない。
だが村長には笑っているように思えた。
彼に奪われるなら悪くない最期だ、そう思ったのを最後に村長の意識は途絶えた。
*
「っつ!」
目の前の光景にコウガはただその場に崩れ落ちることしかできなかった。
去れ
そう言われたときにコウガの中で何かが爆発した。
それは覚えている。
抑えきれない何かが自分の中で生まれ、そして体外へとあふれ出た。
自分でも何がなんだかわからない衝動に支配されコウガの意識はそこで途絶えた。
燃え盛る炎、耳を裂くような悲鳴。
それだけは覚えている。
そして再び意識を戻したコウガが目にしたのがこの光景だ。
村があったと思しき場所にある無数の黒い塊。
家なのか生物なのかの判断すらできないほどにすべてが黒く焦げていた。
かろうじて残っているのは石で作ったと思われる装飾品のようなもののみ。
それすらも溶け、半分ガラス状のようになっている。
生きているものは、、、、。
もちろんいない。
「俺が、やった、のか、、、。俺がみんなを、、、、。」
コウガは初めて人を殺した。
それも無意識化で、理由もなく。
ただ受け入れられなかった、一時の感情にすべてをゆだねてしまった。
その結果がこれだ。
何の罪もない老人、青年、女性、子供を。
村の者たち誰一人として生き残ることを許さなかった。
残ったのは溶けかけの装飾品と焦土と化した大地。
「うっ、おえぇぇ。」
吐いた。
胸にある不快感を恐怖を、すべてを吐き出してしまいたかった。
そして自身の罪から逃げるように再びコウガは意識を手放した。
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