第253話 ヤマトという国
*
転移門周辺の警護を氷河と凍花に任せた後はコウガがいなかった間の報告を聞く。
冬越えに向けての準備が思いのほかはかどっていないこと以外には特に変わったことはないらしい。
とりあえず急ぎの案件はなさそうなのでここで会議はお開きだ。
会議が終わるが早いか凍花が飛び出していった。
早速警護についての策を講じる気なのだろう。
そして風のように飛び出していった凍花を呆れた表情で見送った氷河はコウガに一礼し、後を追う。
性格は全く似ていないがどちらもこの地を誰よりも案じてくれている。
それだけでコウガは十分だった。
「なにもなければいいのですが。」
つい口から不安がこぼれでる。
最近はなぜだか得体のしれない不安に付きまとわれている。
争いが終わり、平和に向かっているこの世界に何をそんなに不安を感じているのか。
コウガには分からないがこの不安は気のせいではないこともわかっている。
「心配ごとでござるか?」
すでに上役たちは帰った後だ。
だからこそついコウガも不安を口にしてしまったのだが、まさか人がまだいたとは。
それにしても気配がない。
ならばその相手など一人しかいない。
「
コウガに黒羽と呼ばれた男は音もたてずに目の前に降り立った。
どうやら今回は天井にでも引っ付いていたらしい。
気を抜いていたとは言えコウガにさえ気が付かれないとはさすが異世界からの転移者、と言ったところか。
「主君に対してそのような事をしたつもりはないでござる。ただ主の顔はどこか愁いを含んでおられるご様子、拙者に何かできないものかと思案していた次第でござる。」
まじめで融通の利かないこの男のことだ、その言葉に嘘はないだろう。
みんなの前ではいつも通りに振舞っていたはずだったのだが、黒羽にバレるとは。
まだまだ精進が足りないらしい。
「なんでもありません。少し氷河たちのことを考えていました。」
「あの2人なら心配いらないでござる。あの二人は冬麻一族の中で最も転生者である零に近い力をもっているでござる。心配せずともきっちりと任務をこなすであろう。」
冬麻零、氷河たちの祖父に当たり、結界と封印の術をもって世界を渡ってきた転生者。
そしてこ地に流れ着き、この地で死んだ、哀れな男。
忘れはしない。
今まで幾人の転生者がこの地にたどり着き何人がこの地で死んでいったのか。
目の前にいる黒羽もそうだ。
彼は元の世界で言うところの忍者の力をもってこの世界に来た転生者。
そしてコウガ自身も。
ここは、古の時代から世界に拒絶された者たちが人知れずたどり着く最後の島、ヤマト。
独自の魔法を持ち、独自の分化を持つ。
争いはなく、生活も豊か。
だがこの地にあるのは絶望だけだ。
希望はない。
異世界人だけではない、ここには多くの者が住んでいる。
世界に見放され、絶望し、諦めることを選んだ者たちだ。
誰しもが心に傷を負っている。
笑顔で隠し何事もないようにふるまってはいるが彼らの目に光がともることはない。
唯一の希望はこの地で生まれた何も知らぬ子供たちだけだ。
氷河や凍花、そしてランガ。
彼らが持つ可能性、それを摘み取ることだけは何としても避けたい。
彼らまでもこの地の絶望に染めさせることはないのだから。
私は私にやれることをやろう。
この地住まう、愛おしい我が子供たちの為に。
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