第208話 竜の守り
*
「なぁ、どうして言ってくれなかったんだよ。」
リュースティアは静かにルノティーナの隣に腰を下ろす。
その問いかけは攻めるような響きも含んでいなければ微塵の怒りもこめられていなかった。
あるのはただ自身の不甲斐なさを呪った、やるせない気持ちだけ。
どうして。
仲間だと、兄だと言っておきながら。
どうして。
いつも笑顔で馬鹿な事ばかりやっておきながら。
どうして。
俺の事が好きだと、勝手に婚約者を名乗っておきながら。
どうして。
どうして何も言ってくれなかったんだ。
そんなに俺は頼りないか?
秘密を打ち明けるに値しないか?
「リューにぃに話してたら何か変わった?」
「、、、、、、。」
ルノティーナの突き放すような口調に言葉を詰まらせる。
どこまでもリュースティアには関係ない、そう言われているようで余計に悲しくなる。
自らの運命を受け入れ、諦めるルノティーナなんて見たくない。
これならいつもの脳筋の方が何倍もマシだ。
ルノティーナには馬鹿みたいに笑っていてほしい。
「ねっ?何も変わらないし変えられないのよ。どうせ変わらないなら私は今を精一杯生きたい。だからやりたいことは全部やるし、欲しい者は全部手に入れる。自分勝手って言われるかもしれないけど、私には今しかないの。」
ルノティーナの無茶苦茶ぶりにそんな理由があったとは。
けど、だからこそ。
「それならなおさら言ってくれればよかったんだ。そうすれば無下にすることもなかったのに。願いだってもっと叶えられた。」
ここで初めてルノティーナの顔に笑顔が見えた。
不覚にもドキッとしてしまうほどにその笑顔は魅力的だった。
だからと言ってルノティーナと一夜を供にする気は起きないが。
「だからよ。リューにぃは優しいから。全部話したらきっとどんなわがままでも許してくれるだろうし、呪いの解き方も必死になって探してくれる。それはそれで楽しいと思うわ。」
「じゃあなんで?」
「そんなの当たり前じゃない。好きな人とは対等でありたい。ヴィルムなんて関係なく、私は自由に恋をしたい。好きな人とは何も気にせずに一緒に笑っていたい。みんなと一緒に笑っているとき、私はただのルノティーナでいられるの。リューにぃ、好きよ。」
ただのルノティーナ。
その言葉が胸に刺さる。
その言葉だけでいままでどれだけ汚い大人たちの勢力争いに巻き込まれてきたかが分かる。
守りの力目当てに何人の人間がルノティーナを求めたのだろう。
そしてその中で何人がルノティーナの事を見ていたのだろう。
考えるだけ考えるほどルノティーナの境遇には同情してしまう。
もっともルノティーナは同情されることを良しとはしないだろうが。
「ごめん。」
だからこそ。
だからこそルノティーナの想いには答えられない。
「謝らないでよ、フラれたみたいになるじゃない!」
はて?
フッたつもりだったんだが。
ルノティーナの中では違うのだろうか?
「勘違いされてもこまるから言うけど、俺はルノティーナと結婚する気はないからな。」
「もう、リューにぃったら。ここは完全に落ちるところでしょ。」
あれ、なんかいつの間にか普段のルノティーナに戻ってる。
まぁこれ以上話してもなにか答えが見つかるわけでもないしな。
ルノティーナの本心が聞けたってことで良しとしよう。
「はいはい、分かったから。もう遅いしさっさと自分の部屋に戻って寝ろよ。」
とすればリュースティアにこれ以上ルノティーナを部屋にとどめておく理由はないわけで。
退出願う。
もちろん一夜を明かすなんてことはしません。
「はーい。あっ、そうだ!リューにぃ!」
扉の前で立ち止まったルノティーナが何かを思いだしたかのように急に立ち止まる。
そしてリュースティアの方を振り返り、唇を重ねてきた。
リュースティアは何がなんだかわけがわからない。
気が付いたときには目の前に顔。
唇に軟らかい感触があった。
そしてキスされたことに気づいたときにはすでにその唇は離れていた。
「えへへー。命じゃないから完全じゃないけど竜の守り。人生で一回しか使えないし、代償もあるけど、キスで竜の守りを授けられるなんてロマンティックじゃない?何かあった時に一度だけリューにぃを守ってくれるはずよ。じゃあおやすみー。」
そう捨て台詞を残してルノティーナは部屋を後にする。
「くそ、やられた。」
キスで守りの力を与えるなんて反則だ。
この感覚は忘れられそうにない。
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