第202話 ヴィルム③


「小さき者よ、そこで朽ちるのか?」



それは炎のごとく赤い体を持つ古竜だった。

縦に細長く伸びた瞳孔は鋭い光をもってエドラードを射抜いている。

竜の偉大さを改めて突き付けられた気分になる。

畏怖。

まるで蛇ににらまれた蛙のように微動だにできない。


ああ、僕はここで死ぬんだ。

最後に地上の神様とも言われている竜様に会えた。

その竜様に食べられて死ぬのなら悪くもない。


「聞いているのか、小さき者よ。まさか言葉が分からぬというわけではあるまい。」


「竜様、どうぞ僕をお食べください。」


疲労困憊の体ではそれだけ言うので精一杯だった。

すぐに力つき、再び目を閉じる。


「なぜ我が貴様のような乳臭い子供を食さねばならんのだ。安心しろ、食す気などない。しかし貴様のような子供がこんなところで何をしている?まさか死にたいわけでもあるまい。」


僕を食べてくれないんだ。

過去に竜に生贄をささげていたという話は嘘だったの?


まだ死ねない。


限界を超えた疲労、飢餓。

もう生きる希望など持てるわけもなく、ただ早く楽になりたい、そう願っていた。

それにすでに話す気力はない、目をつむったまま死が迎えに来るを待つ。


「ふむ、すでに死にかけというわけか。小僧、我なら助けてやることができる。」


なにを思ったのか生態系ピラミッドの頂点ともいえる竜族、それも古竜が底辺でもある人族を助けると言っている。

普通なら死にゆく命に希望を持たせ、再び絶望に落とす。

その様子を楽しみたいのだろう、そう思うはずだ。

だがその竜からはそういった雰囲気が感じ取れなかった。


そしてさらに竜はエドラードに問う。


「小僧、生きたいか?」





「貴殿が赤き古竜に恩義を感じていることは知っておる。父親として慕っていることもな。しかし貴殿は竜ではない。人間なのだ。そして今はこの国に、そして私に忠誠を誓う身。違うか?」


王はエドラードを非難しているわけではない。

ただ自分がどちら側なのか、忠誠をささげる方を方決めろ、そう言っているのだ。

そしてその選択はエドラードにとって何よりもつらいものだ。


「今、人々は滅亡の危機に直面しておる。それは討伐隊の一員として外に出る機会の多い貴殿の方がよく知るところであろう。不安を抱えて生きている人々。帰らぬものとなった兵士。生まれてこれなかった赤子。人族を救えるのは貴殿だけなのだ。」


「俺以外にも強い人はいるはずです。」


消え入りそうな声からしてエドラード自身も自分の言葉に自信がないのだろう。

自分が選ばれた理由もちゃんとわかっている。

だが、それでもわずかな可能性にかけたい。


俺は、、、、、、、。



「わかっているのだろう?」


「、、、、、。考える時間をください。」


王も深くは言わない。

だが断るわることは許さない、そういった雰囲気が言葉の端々から漏れ出ている。

時間をかけることは許されない。

後は覚悟を決めるだけだ。



王からの命は単純。


赤き古竜を殺せ。


身内であるエドラードならば警戒されることなく懐に入り込めるだろうと国のお偉いさんたちは考えたのだった。

だがこれは竜族を滅ぼすための布石に過ぎない。


本当の目的は竜を喰らいその力を得ることだ。

加護と日々の研鑽では到達することのできない領域、そこに足を踏み入れようというのだ。


古くからの言い伝えにもこんなものがある。


”偉大なる竜を殺しその肉を喰らう者、呪いに抗い得る。竜牙のごとき力と竜鱗のごとき守り。呪いは血に流れ最後の一滴まで取りこぼすことはないだろう。”


非力な人間の力では竜は倒せない。

だが竜の力であれば竜を殺せる。

目には目を、歯には歯を。

竜には竜を、だ。

そしてその力はきっと人類の希望にもなりえる。


滅亡に打ち勝ち、竜を超える。


人間が神になる。











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