第201話 ヴィルム②

「嫌だ!そんなことできるわけないだろう!」


厳粛な空気に包まれた空間。

発言はおろか、息をすることさえためらうほどの重さだ。

それもそのはず。

ここは王の間、そして王の御前なのだから。


だが、そんな神聖ともいえる場所に大きな揺らぎが生まれた。

ありえない出来事にその場にいる全員に動揺と緊張の波が走る。


王の命に従えぬと、王の目の前でそう大声で宣言した男。


エドラード・ヴィルム。

竜退治という偉業を成すべく抜擢された才ある若者。

そんな彼が竜退治についての子細を宰相から聞くうちに顔色が変わり、激怒したのだ。

彼の怒りはすさまじくすでに腰に差した剣に手がかかっている。

すっかり頭に血の昇ってしまっているエドラードには反逆罪は死罪に値するということなどどうでもいいらしい。


「エド、落ち着け。王の御前だぞ、わきまえろ。」


王国騎士、団長のロンネルがエドラード態度を咎める。

エドラードとロンネルは個人的な知り合いで、騎士団の訓練にもよく顔を出していた。

このままエドラードが態度を改めず剣を抜くようなことがあれば団長であるロンネルがエドに直接手を下さなければならない。

弟のように思っているエドにそんなことしたくはない。

そう思って先に声をかけたのだろう。

引いてくれ、という願いを込めて。


「よい。この話は貴殿にとって簡単にはうなずけぬであろうとういうことは重々承知しておる。発言を許そう。」


だがそんなロンネルの考えは杞憂に終わった。

王が自らかまわないと言ったのだ、団長ごときが口をはさむべきではない。

王の身振りに従いおとなしく一歩下がり王の背後に控える。

だが目だけはエドラードをしっかりと見据えたまま。


「では王よ、なぜこの話を私にしたのですか?私がその内容では首を縦に振らないとお分かりだったのであればその時点で別の策を練るか別の人物をあてがうべきだったと愚考いたします。」


若干の間が生まれたためか、エドラードも会話をするくらいには冷静さを取り戻したみたいだ。


「貴殿以外の適任者はいないのだ。それは貴殿だって分かっているのであろう?のぅ、竜族の父を持つ人の子よ。」


「・・・・・。」


王の言う竜族の父を持つ、という言葉は血縁上の父というわけではない。


争いが多いこの時代ではよくあることだ。

幼いエドラードが住んでいた村が獣人族による急襲を受け、壊滅に至った。

男や老人は殺され、女は慰み者にされた。

そして子供は奴隷として各地へ売られる。

敗者に幸福な道など残っていない。


もちろんエドラードも他の子どもとともに地方へと売られることになった。

寒さと飢えに震えながら馬車に揺られ、同じ村から連れて来られた子たちが一人、二人と倒れていくのを横目に見ながら必死に恐怖を抑え込んでいた。


一ヵ月もたったころ、ついにエドラードたちに運が向いた。

馬車を引いていた男と護衛役の獣人数名が途中で立ち寄った村で疫病にかかりぽっくり逝ったのだ。

これを機に生き残っていた数人の子供たちは馬車から逃げ出し森へと走った。

幸いまだ奴隷契約はなされていない。

今なら逃亡奴隷にはならない、逃げるチャンスだ。


だが、エドラードは森へ入ってすぐに他の子どもたちとはぐれてしまった。

他の子はエドラードより一回りは大きい。

当然森の歩き方も生き抜く術もそれなりには知っている。

そんな子たちが足手まといにしかならない小さなエドラードを待つわけがなかったのだ。

友達でもなければご近所さんでもない、ただ同じ村で暮らしていただけなのだから。



幼いエドラードは途方に暮れながら森をさまよい続けた。

二日、三日、四日。

何日たったのかはもうわからない。

胃は空っぽ、体力は限界。

気力はすでに尽きた。

後は死が迎えに来るのを待つだけ。

絶望を受け入れ、あきらめと添い寝を決め込んだ矢先。



エドラードは運命と出会った。






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