閑話 道化師の仮面 2
*
笑われる者ではなく笑う者に。
泣くものではなく泣かせる者に。
悲しむ者ではなく悲しませる者に。
怒る者ではなく怒らせる者に。
奪われる者ではなく奪う者に。
失いたくないのであれば、
悲しみを受け入れられないのであれば、
立場を反転させるしかない。
そのためには何よりもまず力が必要だった。
何も失わない人はきっと、とても強い人だと思ったから。
だけど僕には何も失わないための力はなかった。
僕は常に奪われる側の人間でしかなかった。
どんなにあがいても奪われるのなら、
あらがえない運命というものがあるのであれば、
なにも持たなければいい。
何も持ってさえいなければ失うときの痛み、悲しみ、喪失感を味わなくて済む。
そうやって僕は心を道化の仮面の下に隠した。
失うくらいなら独りでいい。
奪われるくらいなら何もいらない。
あの苦痛から逃れられるのなら僕は一生、
そう思っていた。
なのになぜだろう。
最近、鍵をかけて丁寧に仕舞っておいたはずの心がうずく。
*
「マルス、お前は本当にそれでいいのですか?」
全能者ハリストスと名乗るものが現れ、王の交代を宣言した後だった。
王が、いやすでに前王か。
フェゲルニアがそう聞いてきた。
周りには誰もいない。
すでに皆、どちらにつくかの選択は終わっている。
現にマルスもただなんとなく残っていただけでハリストスとの契約はすでに結ばれたあとだった。
彼は破壊した後の世界をおもしろおかしく好きにしていいとまで言った。
ならば何も迷う必要などない、そう思った。
だって、僕は娯楽を求めるただの道化なんだから。
「フェルっちなに言ってるのぉ?いいに決まってるじゃん。だって僕が好きなように面白い世界を作っていいって言ってるんだぁ。そんなのおもしろそうじゃないか。」
「それはお前の本心ではないのでしょう?王が変わることは決して悪い事ではありません。そこに義があり、覚悟があるのであれば私は皆の未来のために喜んで身を引きます。ですがマルス、あなたは違う。あなたには儀も、覚悟もない。いいですか?偽りの虚像に慣れてしまってはいけません。虚像はあくまで虚像。実態はありません。つまり寄り所にはなりえない、ということです。」
ああそうだ。
だから僕はこの人が嫌いなんだ。
人の心の奥まで見透かすようなその目が。
そして心の闇を知っていながらそれでも前を向けというこの人の強さが。
何度裏切られても何度絶望させられても信じることをやめない優しさが。
全部全部、僕にはないものだから。
僕はこの人が嫌いだ。
「フェルっち、何言ってるのぉ?僕は
「マルス、自分に正直に生きなさい。お前がほんとうにそう思い、そう生きて行くというなら私は何も言いません。それがお前の答えであり、覚悟です。ですがその顔を見る限りどうやら本心ではないようですね。お前は言うほど心を殺せてはいませんよ。」
「フェルっちにはそう見えてるんだぁ。元王様の心眼も堕ちたねぇ。」
うるさい。
お前に何が分かる。
うるさい。
これは自分で決めたんだ。
うるさい。
もうなにも失いたくないんだ。
うるさい。
力のない僕は道を選べないんだ。
うるさい。
僕はお前とは違うんだ。
うるさい。
僕にはなにもない。
「マルス、聞く耳持たずですか。ならばこれ以上あなたに論じることは双方にとって無駄な時間でしかありませんね。ですが最後に一つだけ言わせてもらいます。
生あるものは終わりがあるからこそ輝くのです。有限の美とでもいうのでしょうか。人間の最も優れている部分だと私は思っています。終わることを恐れていてはその美しさに出会うことも、楽しむこともできません。お前が今、他人の負の感情で喜び楽しみ、それだけを求めているのはお前はまだ知らないのです。それ以上の喜びが、楽しみがあることを。
独りでは決してたどり着けない娯楽があることを。世界は広い、お前もいつかそんなモノに、人に出会えることを願っています。今だ自身の義を持たない子供のお前はあの王のもとにいるべきではありません。考えなさい、自身の生きる道を、生きる場所を。
マルス、私はあなたを認めています。」
そんな背中のかゆくなるようなセリフを残してフェゲルニアはその場を去った。
その背中がなぜかとても小さく、寂しげに見えた。
いつも堂々としていて大きく見えていただけにその姿を見て投げつけてやろうと思っていた言葉が頭から崩れ落ちた。
「ずるいなぁ。」
かわりにそんな小さなつぶやきがマルスの口から漏れ出ていた。
*
フェルっち、だれかと娯楽を追及するのも悪くないね。
いつまでも続くわけないって知っているけど、今は限りあるこの一瞬、一瞬を大切にしたいなぁ。
このげーむってやつのおかげ。
独りじゃ見つけられなかった。
王についていたら得られなかった。
自分の選択の結果が現状を生んだ。
うん、
悪くない。
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