第158話 笑顔の談話

「ロイス!ロイスはいるか⁉」


ロイスが男と酒を酌み交わしていると廊下から騒々しいクラウドの叫び声が聞こえた。


豚が、うるさいんだよ。

せっかくいい具合にお酒が入ってきたところだったのに。


どうせこの男の要件など大したことはないのだし無視をしてもいいのではないか、そんな考えが頭をよぎる。


普段のロイスなら絶対にこんなことは思わない。

だがお酒が入っていたこととクラウドにあと数日我慢するだけでいいという事実がロイスの完璧な傭兵という仮面をはがす。


「あれぇ?仮面、はがれてるよぉ。もう少しなんだからさぁ。それとももういいのかい?」


いっその事もうここらでクラウドを殺り、本来の目的を遂行しようかとまで考えていた。

だがそんなロイスの思考の停止を呼んだのか男がからかうように声をかけてきた。

思考を放棄し、仮面を脱いだロイスが面白いらしい。


なんだか白けた。

クラウドを殺すことなどどうでもいいがそれでこいつを楽しませるのは癪だ。

仕方がない、もう少しだけ仮面をかぶっておくか。

あんなごみくずでもまだ使い道があるかもしれない。



「どうかされましたか?」


扉を開ける前に水を一杯だけ飲み、軽く酔いを醒ます。

あれくらい支障はないが念のためだ。


「どうしたもない!兄上の使者という者が今、訊ねてきた。このタイミングで訪ねてくるとは感づかれたのかもしれん。」


扉が開くか開かないうちに自らで扉を開くと、堰を切ったように子細を語りだした。

慌てすぎて支離滅裂だが要約すると領主の使者が来たらしい。


「クラウド様、落ち着いてください。向こうにどういう思惑があるにしろ慌ててぼろを出せば向こうの思うつぼです。とりあえず私が対応いたしましょう。」


自身の悪事がバレそうになったとたんにこの慌てよう。

小さい男だ。

悪の風上にも置けない小虫が、汚らわしい。




「すみません、お待たせしてしまいました。私はクラウド様の秘書のようなものです。本日はどういったご用件でしょうか?」


この場では笑顔という仮面をかぶる。

こういった外交的な場面では無表情よりも笑顔の方が本心を隠せる。

それに下手に敵意をあおることもない。


「これはご丁寧にどうも。クラウド様にとある尋問への召喚命令をお持ちした次第にございます。」


そう言って老紳士は懐から1通の書状を取り出した。

一番下に領主の署名と印璽もある。

つまりは本物だということだ。


「尋問の内容は?申し訳ありませんが我々には尋問に呼ばれるような事柄には心あたりがありませんな。」


笑顔のまま、少しの隙も見せない。

おそらくこれはただの探り。

こちらの反応を見て対応を決める、といったところか。



「さようでございますか。ではそのお話も城の方で詳しくお聞かせ願いましょう。」


相手の老紳士もこれまた笑顔で返す。

あくまで城に来させることが目的らしい。


「お断りいたします。その召喚命令はもちろん拒否できるのでしょう?明確な理由と相手側の承認がなければその書状は効果を発揮しないはずです。それとも私の認識不足でしたか?」


「いいえ、おっしゃる通り、召喚を拒否売ることも可能でございます。ですがここで召喚に応じた方がよろしいかと。出過ぎた真似をするつもりはありませんが何が御身のためになるかはよく考えた方がいいとだけお伝えください。」


老紳士はこれ以上話しても無駄だと思ったのか笑顔でそう告げると立ち上がり扉の方へと歩いていく。

例の書状は机の上に置いたまま。


「今の言葉は忠告として受け取っておきましょう。もっとも我々には意味のない言葉になるかもしれませんが。では、お気をつけてお帰りください。」


屋敷の玄関口まで見送りに出たロイスは馬車に乗り込む老紳士の後ろから声をかける。

すでにロイスの頭の中では今後についていくつかのパターンがシミュレーションされていた。


「あっ、そうでした。もう一つだけ。年寄りの忠告だと思って頭の片隅にでも置いてください。」


馬車に片足まで乗せていた老紳士が何かを思い出したらしく動きを止め、ロイスのほうまでもどってきた。


「まだ何か?」


脳内でこれからのシミュレーションをしていたロイスはそれを中断し、いかにも迷惑そうに問うてみた。

もちろん笑顔の仮面はかぶったまま。



「あの男をいつまでも拘束できると思わないことです。」


にこり。


今日一番の笑顔をその場に残し、踵を返し馬車に乗り込む老紳士。

わざとかたまたまか、老紳士は馬車に乗り、屋敷の外へ出るまで一度も振り返ることはなかった。


玄関に立ったままのロイスの顔からは笑顔の仮面が抜け落ちていた。















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