第149話 貴族の品格

「違います!もっとこうです。お辞儀をするときは背筋をしっかり伸ばしてください。ほら、猫背にならない!」


ううぅ。

さっきからずっとこんな調子だこの人。

この部屋に連れてこられて3時間。

ひたすら貴族の挨拶をやらされている。

お辞儀してはダメ出しを喰らうの繰り返し。

あー腰いて。


「ちゃんと聞いているんですか!礼儀作法は貴族にとってはとても大切なことです。できて当たり前、できなければ恥と思ってください。」


「はい、、、。」


すでに逆らう気力は残っていない。

願うことはただ一つ、早く解放してくれ。



そうしてさらに数時間の時が過ぎた。

さすがに心配になったリズがリュースティアたちのこもっている部屋を訪れる。


「失礼します。リュースティアさん、大丈夫ですか?そろそろ夕食の時間になりますのでこちらにいらしてください。」


「あら?もうそんな時間ですか。わかりました、では今日はこのくらいにしておきましょう。」


よかった。

リズは先生に言葉が通じたことにまず安堵する。

先生がこちらの言葉に反応を示した、ということはリュースティアの成果はまずまずといったところなのだろう。

そして一応は一区切りついた、ということか。


「ありがとうございます。ところで先生?いったい何をなされていたのですか?」


先生を通すために扉のわきに避ける。

何時間も部屋にこもっていただけに何をしていたかは気になる。

先生の事だから変な事はしていないだろうけど。


「もちろん勉学です。」


それ以外に何を?とでも言いたそうな顔を見せるとそのまま歩いて行ってしまった。

相変わらずだな、そんなことを思いつつ先生の後姿を見送る。

昔は屋敷に住んでいたこともあるので案内は必要ないだろう。

それよりも今はリュースティアだ。

さっきからまったく気配を感じない。

この部屋にいることは確かなのだろうが。


「リュースティアさーん?大丈夫ですかー?」


恐る恐る、といった形で部屋の奥へと進んでいくリズ。

そして部屋の中央まで来たとき奥で人の動く気配がした。


「リュースティアさん?大丈夫ですか?」


声をかけるが反応はない。

心配と恐れの感情がリズに湧き上がってきた。

近づきたいけど得体のしれないモノにたいする恐怖心が体を硬直させている。

そんなこう着状態が続くとふいに影が声を発した。


「リ、、、リ、ズ?」


紛れもないリュースティアの声だ。

その声を聴いてリズの硬直は一気に解ける。

そして急いで声のした方へと駆け出した。

するとそこにはリュースティアがいた。


「リュースティアさん、お疲れ様でした。先生、厳しかったでしょう。」


そういってリズはリュースティアへと手を伸ばした。

その時だった。

影が、リュースティアがその疲れた様子からは想像できないほど俊敏に動く。

そしてそのままリズの手を取った。

あまりにも一瞬の出来事だったためリズは反応すらできなかった。


「これはリズ様、本日もご機嫌麗しく。」


いきなりリズの手を取ったリュースティアはこれまたいきなりそんなことを言う。

もちろん貴族のお辞儀付きだ。

そしてその所作はリュースティアらしからぬ洗練された動きでまさしく自分は高貴な存在であると語っていた。

そんな予想外の出来事にリズは一言。


「誰、ですか?」



「ったくリズはひどいよ。俺がせっかく血のにじむような努力で身に着けたあいさつを見て誰?なんて。」


夕食の席でリュースティアが愚痴をこぼした。

いつも通りの彼だ。

そのことにリズは安堵しつつもやはりリュースティアに貴族は似合わないなどと思ってしまう。

自分たちがリュースティアを貴族にしたようなものなのに自分勝手な考えかもしれないが。


「すみません、違和感がありすぎて。で、でもさすがリュースティアさんですね。わずか半日であそこまでものにしてしまうなんて。」


「まあな、これで俺も少しは貴族らしくなったろ?案外、余裕だったな。」


食事をし腹が満たされ、思考と体力に元気が戻ってきたのかリュースティアはそんなことを言う。

余裕、それは言ってはならないNGワードだとも知らずに。

リズは止めようとしたがもう遅い。

正面に座る先生の目を見た瞬間すべてをあきらめ空になったお皿に視線を落とした。


「そうですか、リュースティア様。余力があるようでしたら食事の後は座学の時間といたしましょう。まだまだ貴族として学ぶことは多いですからね。」


「えっ?いや、ほら、俺そろそろ帰らないといけないし。それに座学は自分でもできるから。」


先生の言葉を聞きみるみると青ざめていくリュースティア。

自分の失言に気が付いたようだがもう遅い。


「いいえ、教わる人がいた方が勉学ははかどると思いますよ。では食事も終えられているようですしいきましょう。」


「は、はい、、、、。」


がっくりと肩を下げ、リュースティアは先生について部屋を出ていった。

哀れ、、、。



その日の夜遅く、ようやく解放されたリュースティアはポワロ伯爵家であてがわれた寝室に向かった。

そしてそのままベッドに倒れこむようにして深い眠りへと落ちていった。

疲れすぎていたリュースティアはベッドに先客がいることも、それがリズであったことにも気が付かなかったとさ。

据え膳食わぬはなんとやら、、、。




「おい、奴はいつ来るんだ!部下を使いに出してからしばらく経つが問題でもあったのか?」


リュースティアが死にそうな思いをしている頃こちらでも待ちくたびれて死にそうな思いをしている男があった。

その男とはラウスの弟クラウドだ。

クラウドはリュースティアを屋敷に招待するため使いを出したのだがそいつがいっこうに還ってこないのだ。


「実はまだ接触できていないらしいのです。」


待ち人クラウドの質問に答えたのは傭兵ロイス。

今日も今日とてかれの心中は計りえない。


「接触できていないだと?どういうことだ?」


「実は3日程前に伯爵家に入ったきり出てこないらしいのです。さすがに伯爵家にまでずけずけと入っていくこともできず監視に留まっているそうです。」


「ポワロ伯爵か。これはまた面倒な。仕方ないしばらく待とう。して、奴はいったいそこで何をしているのだ?」


「さぁ、そこまでは。ですがもしかしたらこちらの思惑に気づき対策を練っているのかもしれません。念のため用心しておいた方がいいでしょう。」


なんという勘違い!

この状況下でまさかただ勉強させられているだけだとは思わないらしい。

それもそうだ。

おかげで命拾いしたのか、それとも更なる悪環境に陥ったのかは神のみぞ知る、かもしれない。



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