第117話 人格に血筋は関係ないようです。
*
「すまなかったな。」
偉そうな男が荒々しく部屋を出ていった後、領主さんが男の非礼を詫びてきた。
けど別に領主さんが悪いわけではないし、男の態度からしても自分の家臣ってわけではないだろう。
だから領主さんが謝るようなことではないと思う。
「別に気にしてませんし、そもそもラウス様が謝るようなことじゃないと思いますけど。」
とか正直に言ってしまう。
こんな風に思ったことを素直に口に出してしまうから商人には向かないんだろうな。
まぁこんなんだから商業ギルドにいいように手玉に取られた訳なんだけどさ!
「いや、あいつは私の弟なのだ。身内の恥じは私自身の恥じでもある。謝らせてくれ。」
「えっ!あいつ弟なの⁉」
驚きすぎてつい敬語が外れてしまった。
それに領主様の弟をあいつとか言っちゃったし、、、、。
まっそれに関しては良いだろ。
小者臭すごかったし。
「驚くのも無理はない。あいつと私は母親が違うのでそう似ていないからな。だが半分は確実に血がつながった弟だ。」
「確かに兄妹だからって似ているとは限らないですもんね。それが半分しか血がつながっていないならなおさらか。それにしてもあんなに怒って、なにかあったんですか?」
俺からの頼みは別に急いでるわけでもないし、ここは雑談に興じるとしよう。
どうせ内政やらなんたらの話だろうので興味はないけど。
ラウスさんが愚痴りたいようなら付き合うつもりだ。
領主なんて地位ストレスたまりそうだし、そうそう愚痴をこぼせる相手もいないだろうしね。
「今日リュースティアに来てもらった要件と言うのはまさにそのことなんだよ。まさかリュースティアの方から話が上がるとは思わなかったぞ。」
座っていた椅子に深く座りなおし、居住まいを正してからそんなことを言う。
そして手を顔の前で組み表情を隠してはいるがわずかな隙間から見えるその眼はなんだかとても悪い目をしていた。
それは悪行をしようといった類の悪人の目ではなく何かを企んでいるいたずら小僧のような目をしていた。
途端、なんだかとてつもない嫌な予感に襲われる。
「いや、でもほら。俺平民ですし、そういう貴族の方たちの相談には乗れそうもないと言いますか。それに今は無職の身なんで。」
遠回しに面倒ごとはごめんだと伝える。
ケーキ作ってくれとかルセットくれとかなら喜んでする。
気乗りはしないが討伐とか採取依頼でも領主さんに頼まれればやるだろう。
だけど家族内のもめごとは遠慮したい。
そればっかりはめんどくさいし他者が介入すべきではないとおもうし。
「なに、私が良いと言えば良いのだ。平民だろうと貴族だろうと一人の人間であることに変わりはない。富があるかないかの違いだけだ。……その富の差が天と地を分けるほどに大きいのだがな。」
やはりこの人は人格者だ。
貴族、しかも領主という地位にありながらも上から権力を振りかざしたりはしない。
それどころかすべての民を等しく大切に思っている。
だがいくらラウス様自身が民を平等に扱おうとしても国が、体制がそれを拒む。
ゆえにずいぶんとつらい思いもしたのだろう。
そこには当然自身の無力さを呪った日もあったはずだ。
つぶやくように言った最後の言葉がすべてを物語っている。
だがそれでも己の信念を曲げない強さは尊敬に値する。
(こんな人の頼みをめんどくさいで済ますわけにはいかないよな、、、。)
領主さんの信念とでも言うべきものの一部を目の前で見せつけられたリュースティアはそんな事を思う。
はじめは適当な理由でもつけて何かを聞く前に帰ろうと思っていたのだが気が変わった。
というよりそれは尊敬する人物に対する態度ではないと考えなおした。
いくら何でもいきなり突拍子もないようなことは言い出さないだろう。
仮にもメーゾル領を任されている領主なんだし。
とこんな感じに勝手に解釈し、勝手に安心を得てしまった。
そうなってしまってはもう話を聞くしかない。
というよりもう聞く、聞かせる以外の選択肢はない。
ラウス様自身も。
そしてもちろんリュースティアにも。
「じゃあ俺への要件ってやつを聞かせてください。俺にできることなら協力しますけど。人としての尊厳を失うようなことはさせないですよね?」
覚悟を決めた。
しっかりと領主さんの目を見据え話を促す。
果たして鬼が出るか蛇が出るか。
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