Xmas 特別編

お待たせしました!

今さらだけどクリスマス編。

しばらく閑話



「禅木、ジェノワの用意できてんのか!」


「すいません、もう少しです!」


「ちんたらやってんじねぇよ。さっさとしないと間に合わないだろ。サンドイチゴとシロップはあんのか?」


「マーブル台の上にあるやつがそうです。」


これはパティシエたちによるもう一つの戦場物語。

時は12月24日、クリスマスイブの早朝4時だ。

早朝にも関わらず厨房ではすでにせわしなく動く複数の影。

彼らが何時からいるのかなど聞かない。

そして昨夜、何時までここにいたのかも、聞かない。


「シェフ、お待たせしました!」


先ほど怒られていた青年が声を上げる。

この青年こそのちのリュースティア。

だがそんなことはどうでもいい。

この戦場では個人の名や意思など必要ないい。

必要なのは指示されたことを確実にこなすことのできる体だけだ。

この場にいる全員が連日の疲労からくる体の悲鳴に耳を塞ぎただ仕事をこなすことだけを考える。


もう少し、もう少し。

もう少しで地獄が終わる。

あと少し。




「このチョコ飾り作ったやつ誰だ⁉」


問題発生。

クリスマスの忙しい時期にはよくあることだ。

材料が足りなくなったり仕上げが急に変更したり包材関係が足りないなど。

なにも問題がおこらずクリスマスを終えられたら奇跡だ。

それでもクレームではないだけまだましだろうが。


「すいません、自分です!なんか問題ありましたか?」


厨房内に響いたシェフの声に緊張が走る。

そしてシェフが怒っている原因のチョコ飾りを作ったのは紛れもなく自分だ。

黙っているわけにもいかずシェフの元へと行く。

拳骨をくらうくらいは覚悟しておいた方がいいかもしれない。


「禅木、お前何年パティシエやってんだ!チョコのテンパもろくに取れないのか!ブルーム出まくってんじゃねぇか。これじゃ使えないぞ。」


いや、自分まだ3年目なんすけど。

などとは口が裂けても言えないので謝るしかない。

昨日はうまくテンパ取れたと思っていたのに何がいけなかったのだろうか?


「すいません、すぐにやり直します!」


禅木はそれだけ言うと急いでチョコを溶かしテンパを取る用意をした。

もちろんチョコを溶かしている間ただ待っているわけにはいかない。

ジェノワをスライスしイチゴを並べる。

そしてシェフがナッペし終わったやつから飾りをのせ箱に詰めていく。

休んでいる間など当然ない。

そしてそうこうしているうちにチョコも溶け、テンパをする。

テンパ自体はそう難しい物ではない。

温度と状態さえしっかり見てあげればいい。

まぁ空腹を考えながらできる仕事ではないことだけは確かだが。


「はぁ、お腹空いた、、、。」


時刻は朝6時を過ぎた。



当然と言えば当然なのだが、今日は忙しかった。

クリスマスと言えば1年でもっともケーキ屋の忙しい日。

曜日の並びによって毎年差はあれど暇なワケがない。


そもそも予約の件数からして頭がおかしい。

いくら何でも数が多すぎる。

街の小さなケーキ屋なら精々数百台が良い所だ。

だがうちの店はよくも悪くも常連さんの多い繁盛店。

それこそ数千の予約が入る。

それらをすべて手作業で作っているのだから恐ろしい。

まあさすがに3年もいればなれるけどさ。

毎年のことながら、しんどい。


時刻は午後10時。

すでにお店が閉まってから3時間。

まだまだ帰れそうにはなさそうだ。

これから明日の準備を始めるのだ。

明日の午前予約のデコを仕上げ、プティの仕上げをする。

そして箱入れをし、包材の補充をする。

最後に明日使う物の準備と清掃。

そしてようやく本日の業務が終わり帰宅できる。


本日の業務と言っているがおそらく帰れるのは日をまたいでから。

それに帰宅と言うが大抵の社員は休憩室に泊っていく。

なぜならわざわざ帰宅するよりも長く寝れるから。

それにこの店は休憩室がマンションの一室なので風呂トイレが完備してある。

風呂に入らないのは衛生的によくないので泊まり込みをする身にはありがたい。



「お疲れ様でした!」


深夜1時30分。

本日の業務が終わる。

明日はクリスマス本番、あと1日しっかりと気を持たねばならない。

と言ってもクリスマス期間にケーキ屋の厨房がもっとも忙しい日は23と24日なので最大の山場はもう超えた。

後はただ過ぎるのを待てばいい。


「ふぁああ。ねっむ。」


誰もいなくなった厨房から青年の声が聞える。

彼、禅木は3年目だが後輩がいない。

全員辞めたということもありこの店では彼が一番の下っ端だ。

故にお店の戸締り、その他もろもろの雑事をすべてやらなければいけない。

古くさい習慣だと思うが下っ端の自分に何かを言う事はできない。

国を挙げていくら労働条件が改善しようともそれはあくまで一般職のみ。

自分たちのような専門職には全く影響を及ぼさない。

そうでなければ毎日毎日、10何時間もはたらく事などないはずだ。


深夜2時15分、すべての雑事が終わりようやく店を後にする。

休憩室で寝泊まりはしない。

あんな先輩だらけのところで休むなど精神衛生上よろしくない。

多少睡眠時間を削ろうとも家で眠りたい。

と言ってもどうせ遅くとも朝の4時には働いていないといけないので1、2時間しか寝られないが。


「こんな生活してたらいつか死ぬな。」


誰にでもなくそんなことを呟き自転車にまたがる。

自転車なら家まで5分もかからない。

さっさと帰って風呂入って、少しでも横になろう。

そして青年は冷たい空気を頬一杯に浴び、夜の暗闇の中へと姿を消した。




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*専門用語?解説*


・ジェノワ:ケーキのスポンジの事。

・サンドイチゴ:ショートケーキに挟むスライスしたイチゴの事。

・シロップ:スライスしたスポンジにうつシロップの事。お酒を入れて香りを付け

      たりする事が多い。

・マーブル台:大理石の台。主に生地を伸ばしたりするときに使う。

・テンパ:テンパリング。チョコレートの温度調節。温度を上げてから下げ、また少

     し上げる。これをすることでチョコに艶ができ、滑らかなくちどけにな

     る。常温でも固まる。

・ブルーム:テンパリングを失敗したときにできる白い斑点のようなもの。

      水が入ったり混ぜ、温度のミスなどが原因。ざらついた食感になる。

・デコ:デコレーションケーキ。ホールケーキのことを言う。

・プティ:フランス語で小さいの意。ケーキ屋ではばら売りの小さいケーキのことを

     指す。


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