第113話 不穏な空気

「その話は本当か?」


「ええ、確かにこの眼で見ましたのでおそらくは間違いないかと。」


とある場所、それも執務室のような部屋で男は部下からの報告に耳を傾ける。

その男の身なりは小ぎれいでセンスはともかく、高そうな服を着ている。

そして自分自身が位の高い人間であることを見せびらかすかのように過度な装飾のほどされたアクセサリー類をこれでもかというほどに身に着けている。

実際彼はきちんとした爵位を持つ貴族なのだが品位や威厳は感じられない。

家柄的にもこの上ない良家の出、にも関わらず彼の持つ雰囲気がどこぞの豪遊と変わらないのはいささか残念過ぎる。

だが彼とて35を過ぎたおっさんである。

これ以上の改変は望めまい。


「まさか本当に失われた魔法ロスト・マジックの一つである”創造”を使える奴がいるとは。いったいそいつはなにものなのだ。」


「それが実はよくわからないのです。」


「よくわからないだと?」


手元の杖をいじりながら部下を睨む。

語尾には責めるような響きが含まれ自然と眉尻も上がる。

間違いなくこれは危険兆候。

それをいち早く察した部下は慌てて補足の説明を付け加える。


「ええ。実は数か月前にふらりと現れたこと。公爵令嬢に見初められ支援を受けていたこと。そしてギルドに登録し現在では自ら店を作り経営している、という事しかわかっておりません。」


「しかしそいつはかなりの手練れだと聞いたぞ。そのような奴がこんな辺境の地にふらりと現れ店を持ったりするものか?」


手に持っていた杖を机の上に置き思案顔でそんな事を言う。

どうやら危険は脱したみたいだ。

もっとも彼の機嫌はジェットコースター並みに変わるのでまだ安全だとは言い切れないいが。


「明確な理由はわかりません。ですが他国からのスパイであったり、亡命であったり。また、裏の世界で生きていた人間なのであれば素性がわからないのも納得できます。このようにそれほどまでの実力者が世に知られていないというのはある程度理由付けできます。また今申したような理由でこの地に訪れたのであれば身を隠す意味でも商売というのはいいカモフラージュになります。また町に馴染みやすく人脈も城やすいかと。」


「ほう。」


男は部下の淀みない説明に思わず感嘆の声を上げた。

意に反して部下の説明に感心してしまったのだろう。

だが、なるほど。

確かに理由を上げればきりがないがそれゆえに本当の理由まで絞り切れないと言ったところだろうか。

だがきっと言いたいことはこれだけではないはずだ。


「なるほど、それはわかった。で、他には何を掴んだ?」


「個人に関することで言えばギルドのガードが固くレベルやくわしいスキルは調べられませんでした。彼の身の回りも探ってみましたが、交友関係は広く浅く、特別親しくしているのは公爵家令嬢のお二人、Sランク冒険者の風来坊、あとは奴隷と思しき狼人族の少女くらいでしたね。」


「風来坊か。気にはなるな。」


「ええ、そのあたり少し探ってみたところ彼女の兄、炎竜王に弟子入りしたという噂がありました。真偽のほどはわかりかねますがあながち嘘ではないでしょう。」


「ほう、どうしてそう考える?」


「火のない所に煙は立ちません。故に何かしらの出来事がなければ噂は立ちません。ですので弟子ではないにしろ何かしらかかわりがあったのは事実でしょう。」


確かにすじは通っている。

しかしまずい。

仮に炎竜王と親しい間柄なのであれば下手なことをするわけにはいかなくなる。

なにせ炎竜王は国王直属のパーティメンバーなのだ。

欲をかけば藪をつつくことになりかねない。


「そしてもう二点ほど内密にご報告したいことが。」


部下の男は声のトーンを一段と低くしそんなことを言う。

その間も視線を部屋の隅々まで飛ばし監視されていないかを確認している。

彼から微量ながらも魔力が放出されていることを考えると感知系の魔法も使っているらしい。

上司の男は部下が許可なく魔法を発動していることに対して喉元まで出かかった罵声を何とか堪え先を促す。

彼を叱責するよりも彼のもたらす情報に興味があった。


「まず、これは極秘なのですが彼は領主様の命にて五代冒険者依頼を遂行、完遂したとのことでした。こちらは次回の爵位授与式にて正式な発表があるらしいのですがなぜか現段階では情報規制がかけられています。そしてもう一つ、どうやら彼の店は営業停止の処分を受けたようです。それもどうやら商業ギルドはかなりグレーな部分を通ったみたいですね。言いがかり、までとはいきませんが。おそらくは彼の持つ情報と技術が目的でしょう。」


「五代冒険者依頼を完遂しただと?それほどまでの偉業を隠すとはなにか言えぬ訳があるという事か。」


腕を組みイスの背もたれに深く寄り掛かる形で天井を見上げる。

そこにいったい彼は何を見ているのだろうか。

しばらくの沈黙が続く。


「…ラウスの直接依頼。…ならばSランク。…ラウスの切り札か?それとも、、、、、。」


黙って天井を見つめていたと思ったら今度は何やら一人でブツブツとつぶやき出した。

彼の頭からは完全に部下の事など消えている。

だがこれもいつもの事。

部下の男は上司の思考がまとまるまで黙って待つ。

そして経験から待たされる時間はそう長くないこともわかっていた。


「いいか………。」


部下の予想通り数分待たされただけで上司の思考は終了した。

そしてその思考の末生み出した計画を部下に説明する。

説明が進むにつれて部下の表情が驚きのものへと変わっていく。


(こんな突飛なことが考えつくとは私の脳みそも捨てたものではないな。)


驚く部下を見ながら悦に浸る。

そんな部下を見る彼の眼は欲に眩んだとても卑しい目をしていた。







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