閑話 ヴィルム兄妹・兄編


「は、は、はくしょん!」


王都郊外の森で大きなくしゃみが響いた。

そのくしゃみは狩りの最中、本日のメインディッシュになるであろう獲物を見つけ、バレないように接近していた時の出来事だった。

静かな森の中では似つかわしくないほどの大声は仲間を驚かせるだけでなく獲物の動物たちも驚かせてしまった。

音に驚き一目散に逃げていく本日のメインディッシュ。


はい。

本日の狩り、終了、、、、。


事の犯人であるエルランドはこれからくるであろう怒涛の嵐のことを考え、遠い目をしながらそんなことを思うのであった。

そして数秒後、彼の予想通り、仲間からの罵声が聞こえてきた。


「ちょぉっとー、なにしてんのぉ!今日のご飯が逃げっちゃったぁ。」


若干、間延びし気の抜けた、そんな口調にも関わらず一言一言にはこれ以上ないほどの怒りが込められている。

そして文句を言うのは猫人族の女、ネア・キャバノン。

彼女もエルランドと同じ勇者パーティ所属の冒険者だ。

ちなみに彼女、すごく食べる。

それゆえにメインディッシュを逃した事は許せないのだろう。

かなりお怒りのご様子。


「えっと、その、えっと、今のタイミングでするのはさすがにちょっと、空気読めてないと言いますか。その、えっと、どうするんですか。」


怒ってはいるのだろうが遠慮がちに文句を言う彼はエルランドよりも4つ年下の人族の青年。

典型的なコミュ障なので語彙はかなり少ない。

名前はギルバート・ウォーミング。

見た目も貧弱、気も弱い、いじめられっ子の模範のような彼だが一応エルランドやネアと同じAランクの冒険者だ。

いいカモだと思っていると痛い目に合う。

現にそう言うやつは何人も見てきた。


「うっせぇな。くしゃみは自然現象だ、仕方ねぇだろ。」


などと悪びれる様子もなく言うのはもちろんエルランド。

実際なにも悪いと思っていない。

また捕まえいに行けばいいだろうくらいの考えだ。

すでに日が陰り始めているがそんなものは関係ない。

戦いに、狩りには時間など関係ない。


「なに開き直ってんのぉ。私のごはん~~。」


「うっせぇっての。それにネアはさっきなんか食ってただろ。我慢しろよ太るぞ?」


「エルランドさん、えっとその、女性に対してその言い方は、、、その失礼だと思います!」


ギルは気が弱いくせに紳士だ。

そのせいかもともとトラブルに巻き込まれやすい彼だがそのうちの半分くらいは自分から首を突っ込んでいる。

そしてそんなところが可愛いと年上の女性からかなりモテる。

それはもう、エルランドが本気で彼を殺したいと思うくらいにはモテる。


「ああ?なんだ、ギルもネアの味方かよ。つかくしゃみは俺のせいじゃない。どっかで俺の事を話ている奴がいるってことだろ?そいつらが悪い!」


「えぇー。エルランドの話を好き好んでする変わり者なんていないよぉ。」


「んだと?ネア、喧嘩売ってんなら買うぞこら。」


「んー?いいよぉ。たまには殺るぅ?」


「ちょっと、ネアさんにエルランドさんも!えっと、そのダメですよ。その、ここじゃまずいですって。」


二人の空気が戦いの前のものと変わったことを感じ取ったギルバートが必死に2人を止めようとするがすでに二人はやり合う気満々だ。

ギルバートの声など届いていない。


「てめぇいい度胸じゃねぇか。後悔すんなよ?飯が食えないくらいにボッコボコにしてやる。」


「どうして私が後悔するのぉ?勝つのは私なのにぃ。」


ピキ。


「てめぇ俺が勝てないって言いたいのか?」


「うん、そうだよぉ。だって私の方が強いしぃ。」


ピキピキ。


「言うじゃねぇか、絶壁のくせに。出るとこ出てないから口だけはでるってか?かわいそうな奴じゃねぇか。」


ピキ。

ピキピキ。

ブチ。


「「死ね」」


方や脳筋、戦闘狂、そして喧嘩早い。

方や自由人、気分屋、戦闘好き。

そんな二人が言い争えば当然の流れで戦いにまで発展する。

お互い本気で相手を殺す気がない事だけが救いだろう。

それでもどれだけの被害が出るかなんて考えたくもない。

ここまで来たら多分普通の人には止められない。

現にギルバートも止めることを諦め自身に強化魔法と周囲に結界を張りだした。

自己防衛は完璧、いつでも初めてくださいと言わんばかりの準備である。


「あーあ、また報告書かなぁ。アルフリックさん、やっぱり僕じゃ止められません。」


自らが張った結界の中で今にも飛び掛かりそうな二人を見ながらそんなことを呟く。そしてそれと同時に思う、

今回のペナルティって僕も入るのかな_?

僕、完全に関係ないんだけど。

というか僕も被害者、だよね。

ああ、早く帰りたい、、、、。



「『死ね』じゃない!馬鹿ガキども。」


あわや二人が踏み込む寸前、どこからともなく現れた人物が二人を仲裁した。

脳天に響く一撃をもって、だが。


「いったぁー。なにすんのさぁ!これからがいいところだったのにぃ。」


「ってえな!このくそ婆ぁ!暴力婆ぁ!」


脳天に重い一撃をくらった二人は頭を抱えながら新たに現れた人物に向かってそれぞれ思い付く限りの文句を言う。


「うるさい。まったく、お前らときたらろくに狩りもできないのか。それに何でもかんでも戦いで解決しようとするな。」


新たに現れた人物、それは勇者パーティのお目付け役とでもいうべき存在。

巷では賢者と呼ばれている推定数百歳のエルフだ。

彼女はエルフらしく実年齢は数百歳でも見た目は20代。

見た目に騙されてはいけない。

そして少しキツそうながらも美しい顔立ち。

その身は当然のごとく穢れをしらない。


「えー、戦わないとわからないよぉ。」


とはネアだ。

何がわからないのかはわからないが、、、、。


「ネア、、。お前はいくつだ。こいつと出会ってからどんどんバカになってないか?」


呆れ過ぎて言葉もでないのか辛うじてそれだけを言う。

そして当然と言えば当然なのだが自分のせいにされたエルランドがすぐさま反論の声をあげる。


「おい婆ぁ、俺のせいにすんなよ。こいつがバカなのは元からだろ。つか、己を証明するには戦うしかなくなね?」


「その考えが間違っているということがなぜわからない?」


そんな呟きか聞こえたが未だに文句を言う二人には聞こえていない。


勇者パーティは今日も平和だ。


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