閑話 ヴィルム兄妹・妹編
*
「嫌!私も一緒に行く!」
小さな女の子が母親と思わしき女性に抱き止められイヤイヤを連呼している。
そんな女の子を困ったように見つめているのは女の子よりも少しだけ大きい少年だ。
おそらく少年は女の子の兄なのだろう。
その夕日のような真っ赤な髪といいあどけないながらも整った顔立ちといい、二人はとてもよく似ていた。
男女の違いはあれどその目に宿す輝きは同じものを持っていた。
そんな少年と少女が向かい合っているのは小さな村の入り口。
村の様子や彼らの服装からするとおそらくは貧困の部類だろう。
母子3人、何とか生活ができている、といったところか。
それでも一日一日を食つなぐことだけで手一杯な事に変わりはない。
幸せではないが決して不幸でもない、彼らの生活はまさしくそんなところだった。
そんな少年も先日10歳になった。
この村では、というよりこの国ではよほど裕福な家庭でもない限り子供の内から働きに出るのは珍しくない。
かくいうこの少年も先日、街で冒険者登録をしてきたばかりだ。
もともと腕っぷしには自信があったので奉公に出るよりも死の危険性があるが見返りの大きい冒険者という職を選んだ。
もちろん母親には反対された。
父親の顔は見たことがない。
そして妹は兄の仕事に死の危険があることなどきっと理解していない。
現に今もこうしてついていこうとしているのだから。
少年はわんぱくそうな顔に似つかわしくない苦笑いを浮かべイヤイヤしている妹を見ている。
いつもならそんな妹に兄が折れるのだが今回はそう言うわけにもいかない。
「ティナ、何度も説明しただろ?これは兄ちゃんの仕事なんだ。まだ小さいお前は連れて行けない。母さんと一緒にいい子にして待ってろ。じゃあ母さん、行ってきます。そんなに遠い所じゃないからすぐに帰ってこれると思う。ティナのこと頼むよ。」
「ええ、行ってらっしゃい。いい?簡単な依頼だからって油断しない事!きちんと帰ってくるのよ。」
いくら危険度の低い仕事だからと言っても何が起こるかわからないのが冒険者だ。
母も内心ではいかないでほしい、そう思い心配で胸がはち切れそうなはず。
それでも笑顔で送り出してくれる。
少年はここが、この場所が好きだった。
母が居て妹がいるこの家が。
絶対に毎日ここに帰ってくるんだ。
大きな決意を胸に少年は小さな村を後にする。
後には兄に置いていかれたと思い込んで泣きじゃくる女の子と少女をあやす心配そうな表情をした母だけだ。
*
「嬢ちゃん、そろそろ着くぜ」
馬車の荷台で気持ちよく寝ていたルノティーナは御者に起こされ夢から目覚めた。
今は仕事の関係で王都に向かっている最中。
いつもなら高いお金を払って馬を借りるか馬車に乗せてもらったりしているのだが、丁度キャラバンが王都へ定期便が出るとの事だったので道中の護衛をするという条件で馬車に乗せてもらった。
もっとも護衛と言っても王都近郊の街道まで出てしまえば騎士団が巡回をしているので盗賊や魔物との遭遇率は格段に低くなる。
なのでこうして寝ていても問題ない、というわけだ。
そうなのだ、決してサボっていた訳ではない。
「ふぁぁー。んー、久しぶりによく寝たわ。」
狭い馬車の中で器用にも後ろの荷台から御者台まで出てきたルノティーナは御者をしていた男の隣に腰を据えた。
「なんだ嬢ちゃん、寝不足か?寝付けないなら俺が朝まで付き合ってやるぞ。」
「まぁそりゃ私の美しさを前にしたらそうなるわよね。うんうん、強くて美しいのがこんなにも罪深いなんて。けどダメよ。私の初めては好きな人にささげるって決めてるの!」
笑顔でvサインを繰り出す彼女に御者の男は(何言ってんのこいつ?)みたいな表情になっていた。
彼とてさっきの発言は本気ではない。
彼女が可愛いことは認めるがそれだけだ。
どうこうしたいとかするつもりはない。
なにせ彼女はSランク冒険者で風来坊の二つ名を持つルノティーナ・ヴィルムだ。
手を出そうものなら命がいくつあっても足りない。
それに噂が確かなら彼女は、、、、、。
「なになに、黙っちゃって?もしかして私の美しさに言葉も出ないのかしら。うん、それなら仕方がないわね。」
御者の男の沈黙をどうとらえたのかルノティーナが暴走し出した。
もはや否定するのも面倒になりつつある御者。
それに彼女が美人の部類に入ることは間違いないのでいまいち否定しずらい。
「は、ははは。」
結果、御者は乾いた笑いを返す事で誤魔化す。
だがなぜかそれをさらに勘違いしたルノティーナが一人で盛り上がるという始末。
もうついていけない。
御者は思う。
彼女についての噂は事実であったと。
そう、彼女にまつわる唯一の噂。
”彼女はたいそう残念な馬鹿である。”
*
「で、嬢ちゃん、後ろから時々寝言が聞こえてたがなんか夢でも見てたのかぃ?」
御者は1人で盛り上がりすぎて完全に落としどころを見失った彼女がだんだん哀れに思えてきたのでなんとはなしに話題を振ってみた。
特に気になったわけではなかったが咄嗟に浮かんだ話題がそれくらいしかなかったのだ。
「ええそうね。夢を見てたわ。小さいころの夢を、ね。」
そう答えた彼女はなぜか物思いにふけっているような表情をしていた。
草を摘み取るかのように、簡単に命が消えるこんな世界だ。
彼女の小さいころにもきっと何かがあったのだろう。
大切な人を、大切な居場所を、大切な何かを失ったのかもしれない。
こんな不完全な世界では何も失わない方が難しい。
「悪い事聞いちまったな。忘れてくれ。」
「この強くて美しくて心の広い私はそんな事いちいち気にしないわ。」
先ほどと同じで少しおどけたようにそんな事を言う。
だが何となく、お互いに気まずくなってしまいそれから王都の門をくぐるまでの半刻の間、二人が会話をすることはなかった。
(小さい頃はお兄ちゃんにべったりだったのよね、私って。何をするのもお兄ちゃんの真似事、冒険者になったのだってそう。・・・・・・王都に来たことだしお兄ちゃんに会いに行こうかしら。)
無言の馬車に揺られながら過ぎゆく景色を眺め、そんな事を思うルノティーナなのであった。
まだ完全に機能を取り戻していない頭でさっきまで見ていた夢を思い出す。
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