第105話 魔族を統べる者

魔法解除キャンセル


なぜかひどく疲れた様子のリズたちを一瞥したリュースティアは今まで発動していた魔法をすべて解除した。

このまま旧ピンクモフモフが力尽きるまでエンドレスループにしててもよかったのだがみんなからの圧がキツイ。


早く楽にしてあげなさい。


そんな言葉が空気を通してビンビンに伝わってくる。

なのでリュースティア的には若干不本意だが手早くとどめを刺すことにしたのだ。

欲を言えばもう少しパワーレベリングしたかった。

もちろん聡いリュースティアは女性陣の決定に逆らいませんが。

留めの一撃は何となく風神でバッサリいくことにした。

さすがにこんな状態では魔法攻撃や物理攻撃を無効化することはできないだろうしね。


「南無阿弥陀仏っと。安らかに眠れ。」


リュースティアなりの祈祷なのだろうか、南無阿弥陀仏を唱える。

当然聞いたことなどないリズたちは?マークを頭上に浮かべているがわざわざ説明する必要もないだろう。

別に俺自身仏教徒なわけでもないし。

何なら無神論者だ。

というかこっちの世界の神がアレなら絶対に信仰しない。

恨みはあれど、ってやつだからな。


「終わりました、か?」


風神を振り下ろした状態のまま残心を取っていると後ろからリズに声をかけられた。

リュースティアのログにも”魔族を倒した”と出ていたので旧ピンクモフモフが死んだことは間違いないだろう。

すでにこの場からは敵意のあるものの存在は感じられない。

少なくとも半径一キロは、という注釈が付くが。

どうもこの戦いが始まったあたりから誰かに監視されている。

好意とも悪意ともわからない感情を持っていたのでどうするか判断に迷った挙句、無視を決め込んだというわけだ。

ちなみにそいつは未だにこっちを見ている。

すごくガン見してるけどこちらにバレるとは思っていないのだろうか?


「結局こいつの目的はわからず仕舞いだったわね。」


旧ピンクモフモフの死体を検分しながらそんな事を言うのはルノティーナだった。

確かにスピネルを連れて行こうとした以外なにもわかっていない。

そのスピネルを連れて行く理由すらも謎のままだ。

戦っていたら黒幕が出てくるかとも思ったがそんなこともない。

ふむ、謎だ。

みんな無事だし割とどうでもいい謎なんだけどさ。


それよりも、だ。

それよりもまず言いたいことがある。

というかなぜ誰も気にしないでいられるんだ?


「ルノティーナ、よく平気で死体検分なんてできるな。」


「えっ?」


キョトンとした顔で聞き返されてしまった。

なんか気まずい。


「えっと、、、、、、、。なんかごめん。」



「ケケケ、見つけタ。」


魔水晶に配下の魔族の顔が映し出される。

街への潜入ミッションは無事に成功、そして彼の言葉から察するに目的の人物も見つけたらしい。

そしてそんな考えを肯定するかのように魔族の持つ魔水晶に狼人族の少女が映し出された。

これから自身の身に起こるであろうことなど露ほどにも考えていない安心しきった笑顔がそこにはあった。

だが男の目を引き付けたのはそんな少女の笑顔などではない。

少女が話している相手の青年に視線が固定される。



彼はもしや、、、。

いや、しかし、まさかそんな事があるわけが。

これはついているかもしれない。


配下の魔族が映す映像を見ながら頭の中でいくつかのパターンを思い浮かべる。

そしてそのすべてが、考えられるどのパターンになったとしても自らにとって利にしかならない事を確認すると男は不敵な笑みを浮かべた。


「さてさて、彼はただの石ころか、はたまたすべてを照らす太陽となりえる原石か。見極めないといけませんね。」


そんな事を呟くと、こればっかりは自分の目で直接見て確かめなければならないと重い腰を上げる。

現場に行くなど実にに何十年ぶりか。

いつもここに座って配下の者の報告を聞き、魔水晶で実際に視る。

そして必要があれば指示を出す。

その繰り返しだった。

もちろん監禁されているわけではないので用事があれば外にも出る。

だがこうして自身の好奇心の為に現場に赴くのは実に久しい。

長らく忘れていた興奮がそこにはあった。


「王、わたくしもお供いたします。」


外に出ようとしたら側近の中でも一番信頼している家臣に引き留められた。

彼は魔族九鬼門の1人で第一席に身を置く。

つまりは魔族の中で一番強い、ということだ。

もちろん目の前の男を除けば、だが。


「ウィーガ、私はもう王ではないよ。私を王と呼ぶことはその地位を譲ったハリストスに対して不敬に当たる。気を付けなさい。」


「申し訳ありません。確かにあのお方は我々の王になられた。しかしわたくしにとっての王はここまで導き、我らに居場所を与えてくれたあなたしかいません。わたしくしの忠義はフェゲルニア様にのみ捧げております。」


フェゲルニアはウィーガと呼ばれる男のこういうところが好きだった。

どんなときにも自分に正直である。

そしてそれを隠したり恥ずることなくストレートに相手にぶつけるのだ。

言われた方が恥ずかしい。

けれど含みのないこの男の言葉は正直うれしい。

だからフェゲルニアはこの男が好きだ。

故に連れて行くことはできない。


「ありがとう。だけどこればっかりはいくらウィーガでも連れて行くことはできません。あなたの忠義はうれしく思いますが1人に固執するのはいささか歪な気がします。あなたはあなたの、私は私の義があるはずですから。それに忠義を尽くしてください。」


「お言葉ですがフェゲルニア様!わたくしの義はあなたと同じところにあります。」


こうやってすぐにムキになるところは小さい頃から全く変わっていない。

懐かしい日々を思い出し、自然とほほが緩んでしまう。


「ふふ、それはダメです。同じ、という事は自らで考えることをやめたという事ですよ?思考放棄をして他人に倣うのは楽ですから。ですからウィーガ、あなたは逃げずに自らで考えなさい。何に、なんの為に義を掲げ、忠義を尽くすのか。私の教えではなくあなた自身が見つけるのです。」


ウィーガも昔を思い出したのか、苦笑いをしている。

いつまでたってもこの人には勝てる気がしない。

そんな事を思う。

だが、いつまでも泣いて笑って怒られて褒められていた自分ではない。

ウィーガは苦笑いを引っ込め、真剣な表情に戻る。


「わかりました。一つだけよろしいでしょうか。もし、わたくし自身が悩み、考え、そして掲げた義があなたの義といつか交わるのであればその時は共についていっても構いませんか?」


真剣な表情で見つめる彼の顔にはかつてのわんぱく坊主などではなく、一人の男の顔が浮かんでいた。

そのことに、小さい時から面倒を見ていた息子も同然の彼の成長をうれしく思う。


「もちろんです。あなたが自分の義を見つける時を楽しみにしています。」


そして穏やかな笑みを浮かべ、フェゲルニアはその場を後にする。

目的地はメウ王国、メーゾル領。

目的の人物は魔水晶に写っていた青年だ。






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