第106話 王

「これはまた想像以上でしたね。まさか中級魔族が相手にもならないとは。まさかとは思いましたがこのあたりで連絡の途絶えたカイザも彼にやられたのでしょう。」


誰に話すでもなくそんな独り言をつぶやくのは魔族九鬼門を従える元王、フェゲルニアだ。

彼は魔族とリュースティア達の戦いを離れたところからずっと見ていた。

リュースティアがずっと感じていた視線は彼のものだ。

フェゲルニアにはリュースティアを今現在どうこうしようという気はない。

というよりはフェゲルニア自身、リュースティアをどうしたいのか判断に迷っている。

なのでリュースティアが視線に悪意や敵意を感じ取れなかったのも無理はないことだ。


「彼の異質さ、ハリストスを思い出しますね。しかし根源は全く違うようですね。」



リュースティアの異常さを目の前に見せつけられてフェゲルニアが真っ先に思い出したのは現王、全能者ハリストス。

またの名を魔王アルフリックだ。

彼が現れるまではフェゲルニアが王として魔族はもちろん、様々な種族の魔王、闇の生物など、それらを従えて自らの義を成す為に日々暗躍をしていた。

ところが数年前、一人の人間が現れる。

そいつは自らの事を古き時代を生きた魔王の1人、全能者ハリストスだと言うのだ。

当然その場にいた者全員が彼の言葉をただのよ迷い事だとあざ笑った。

それもそのはず、なにせ相手はこの世界で劣等種とされる人間なのだ。

そもそも単騎で魔族に勝てるわけなどいない。

下級魔族ならいざ知らす、この場にいるのは上級以上の魔族のみ。

そんな中に無防備にも飛び込んんで来た人間。

魔族たちにとっては笑わない方が難しい。


「やぁ、初めまして。さっきも言ったけど僕がハリストスだ。信じるも信じないも君たち次第だけど、僕からの要求はのんでもらうよ。」


これだけの上級魔族に囲まれていながら顔色一つ変えない。

その時点で周りの魔族は彼の実力に気が付くべきだったのだ。

だが、相手が人間であることが同胞たちから冷静な判断力を奪う。

そして皆が笑い、彼を蔑む中、王だけは彼の異質さを冷静に見極めていた。

というのは冷静に判断去らざるを得ない状況に落とされていた。

彼はこの場に来てから王にのみ、ピンポイントで濃密な殺気を放っているのだ。

ピンポイントなだけに他の者は気が付かない。

自分たちの王が冷や汗をかきまくっていることなど。



彼の殺気は周りの者に気が付かせることのないほどに静かなものだ。

しかしそれは精錬され研ぎずまされ、重い。

王は生涯でこれほどまでの濃密な殺気を受けた事がなかった。

果たして自分でもこれ以上、いや、同等の殺気を放つことは難しいだろう。

放てたとしてもそれを完璧にコントロールするなど不可能に近い。


そしてこれほどまでの殺気を呼吸をするがごとく簡単に放つということは彼がハリストスであることもあながち嘘ではないのかもしれない。

人間がどうやって寿命の壁を取り払ったのかはわからないが魔王になるとそれに伴い肉体も作り変えらる。

おそらくはそれが関係しているのだろう。

それか彼の固有魔法によるものかのどちらかだ。

固有スキルは劣等種である人間に与えられた救済処置みたいなものだと聞く。

聞いたことのない魔法でもないとは言い切れない。


「あなたの望みをとはなんでしょう?場合によっては対立することもあるかもしれません。」


その場にいた魔族たちは王が対話に応じたことを意外に思いつつ、劣等種である人間ごときにする対応ではないと、納得できないのか騒ぎ出した。

王はそれを手で制し、ハリストスの言葉を待つ。


「難しい事じゃないよ。フェゲルニア、僕に王の地位を譲ってくれないかな?僕が世界を変える。」


ハリストスはまるで使い古した道具を譲ってもらうかのごとく自然に、なんの気負いもなくそんな事を言う。

彼の言い方があまりにも自然過ぎて言われた方の理解が追い付かない。

そして間を置くこと数秒、内容を理解した魔族の面々が騒ぎ出した。


「貴様!人間の分際で我らが王の地位につくというのか!身の程を知れ!」


当然と言えば当然なのかもしれないが頭に血の昇った魔族が一人ハリストスに掴みかかろうとした。

王は止めようとしたが間に合わなかった。

飛び掛かった魔族がハリストスに触れる前に彼はただの肉塊と化した。


(見えなかった、、、。)


おそらくハリストスの剣は誰の目にも映らなかったはずだ。

そしてここでようやく王以外の魔族も彼の異質さに気が付く。


「ごめん、けどこれはそっちが悪いよね?なにもしてないのにいきなり襲い掛かってくるんだもん。で、どう?君たちに取っても悪い話じゃないとおもうんだけど。」


ごめんと言っておきながらこれっぽっちも悪いと思っていないことなど明白だ。

だがそれでも飛び掛かるほど愚かな者はこの場にはいない。


「王などという地位が欲しいのであればいくらでも上げましょう。私にとってこの地位はさほど意味はないものですから。私がほしいのは地位などではなく自らの義を通したという実績です。王という地位を欲するあなたは王としてどんな義を掲げるのですか?返答次第ではここでこの命を散らすこともいとみません。」


もし彼が掲げる義が納得できない物なのであれば断固拒否し、ここを死地に選ぶ覚悟はある。

勝てるとは思えない。

だが自らの義を曲げてまで彼に従う気はない。

それに彼とてここで戦闘をすることの損失を考えられないほど馬鹿ではないはずだ。


「良かった。少しは話が分かる人が居たみたいだ。そうだね、僕が皆に掲げられる義はただ一つだ。それは―――—―――。」



「なるほど。少々引っ掛かりを覚えることはありますが私の掲げる義とそれほど離れているとも思えません。いいでしょう、あなたを王として認めます。新たな王、ハリストスに我らの忠義を。」


ここで彼と対立して無駄に命を散らせることもない。

フェゲルニアが彼に王の地位を譲った一番の理由はそこにあるが彼が掲げた義が彼を拒む理由にはなりえなかった。

仮にハリストスがよ迷い事を自らの義として掲げたのであれば本気でここで死ぬつもりであった。

だがそうではなかった。

故にフェゲルニアは同胞の命とその義を果たす為に自ら王の地位を降りたのである。


今日ここに全能者ハリストスという新たな王が君臨する。

そして均衡を保つだけだった時代が動く。


救いか滅びか。

この世界の今後は神であろうと予測できぬところまで来てしまった。

ならばあとは願うしかない。

世界に救いがあることを。






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