第96話 小さな台風
*
「どうして私が掃除なんてしないといけないのかしら?」
目の前に差し出されたぞうきんを怪訝そうな目で見る光の精霊。
彼女の視線の先にはぞうきんを持つシルフ。
そしてそのさらに奥にはほうきを持ったウンディーネがいる。
「シルたちの仕事なの!」
意味がわからないわ。
全然答えになっていないじゃない。
私はこの屋敷の住人でもなければリュースティアとか言う人族の子供と契約したわけでもないのだけれど。
「お主とて今や立派な居候じゃ。働かざる者食うべからず、じゃぞ。」
光の精霊の疑問を感じたのか、シルフの言葉では説明不足と思ったのかはわからないがウンディーネがそんな事を言う。
「私、ここに住むなんて言った覚えはないのだけれど?」
不快感を全身に出しながら言う。
精霊たちのトップともいえるこの私を、光の精霊を顎で使おうと言うのかしら。
この子達にはもう少し精霊の序列を教えた方がいいわね。
「でももうここにいるの。だから働くの!」
「そうじゃな、シルフの言う通りじゃ。お主がなんと言おうがここにおる。ならば働くべきじゃ。さっさとぞうきんを持ち、掃除をせい。」
ピキ。
ダメよ、落ち着くのよ。
私は光の精霊。
もっとも長き時を生きる精霊たちのトップ。
こんなことでは動じないわ。
「やっぱりおばさんは頭が固くてわがままなの。」
「これこれシルフ、そう言うでない。年寄りはいたわるもんじゃ。まぁこやつのちと我儘がすぎることは否定せぬがな。」
ピキピキ。
「めんどくさいの。リューはシルのなの、早く帰ればいいの。」
「そうじゃな。これこそまさしく老害というものじゃろう。耐えるしかなさそうじゃ。」
ピキ。
ピキピキ。
ブチン‼
「あぁん?てめぇら、黙って聞いてりゃいい気になりやがってガキどもが!年長者には敬意を払うって事、骨の髄までわからせてやらぁ!」
我慢?
ナニソレオイシイノ?
「だ、ダメなの!落ち着くの!」
「あー、これはちと不味いのぅ。完全にキレておる。こうなったら何を言ってもダメじゃ。シルフ、逃げるのじゃ!」
*
「はぁはぁ、まったく堪え性がなくて困るのじゃ。」
屋敷の二階、光の精霊に見つからないように隠れているのはウンディーネ。
この屋敷から逃げ出せばいいのだが光の精霊が転移できないようにしていた。
たかがおばさんと言われただけにしては過剰すぎる。
「しかしどうするかの。屋敷で魔法を使うわけにもいかぬ。かといって魔法なしで光の精霊を退けられるとも思えぬし。」
「みぃーつけたぁ。あら?この気配はディーネかしら?かしら?」
きた!
口調こそいつもと変わらないが完全に目が据わってる。
しかも全身からあふれ出るオーラと言ったら光の精霊ではなく闇の精霊と言われた方がしっくりくる。
思わずそんな事を思ってしまうくらいに光の精霊は怒り狂っていた。
「ま、待て待て!落ち着くのじゃ。妾の非礼は詫びよう。だからどうか静まるのじゃ。」
ヤバイ。
これは完全にヤバイ。
死の危険すらも感じる。
いくら痛みを感じることに喜びを見出す変態のウンディーネでも生死にかかわる痛みは願い下げのようだ。
「あははーどうしたのかしら?そんなにおびえて。そんなに私が恐いのかしら?おかしいわねぇ。私ほどか弱く可憐な精霊はいないのだと思うのだけれど。ねぇそうでしょ?」
どこがじゃ!
叫び出したい気持ちを抑える。
というより抑えなくてもすでに恐怖で口を開ける状態ではなかった。
その目にいっぱいの恐怖を浮かべながら必死に首を縦に振る。
「そうねぇ、そうよね。でもいくら私が優しくて美しくて可憐な精霊でも許せない事はあるの。あなたなら分かるでしょう?ならば当然その報いを受けることもわかってもらえるわよね?」
ブンブン。
今度は全力で首を横に振る。
「あら、残念ね。けれどあなたが何を言おうともうどうするかは決めているのよ。」
そう言って口元に笑みを浮かべ両手をウンディーネの方へと差し出す。
そしてその瞬間にディーネは自分がどうなるかを悟った。
だがここまで来てしまえばあとはやるしかない。
「ええい!こうなればやけくそじゃ!【水龍乱】」
もうどうにでもなれ、とばかりに水の上級魔法を発動させる。
あとでいくらでも怒られよう。
「クス。」
魔法を放った瞬間、光の精霊がほほ笑むのが見えた。
そして同時にそれがディーネが見た最後の記憶となった。
*
「ディーネ!」
同じく屋敷の二階に隠れていたシルフはウンディーネによるものらしき魔法が発動されたことを感じた。
そしてそれと同時に光の精霊の力が爆発的に大きくなり、ディーネの気配が消えた。
「これはダメなの。不味いの。光の精霊は怒らせたらダメなの。」
恐怖でガタガタと震えるシルフ。
そしてそんなシルフが隠れている部屋に足音が近づいてくる。
「ねぇ、どこに隠れたのかしらー。幼子ちゃん?一緒に遊びましょう。」
足音と共に聞こえる声。
シルフは耳を両手で覆いその声を聞かないようにする。
「リュー、リュー、リュー。」
呪文のようにリュースティアの名前を唱えるシルフ。
だが契約の繋がりを調節した今ではシルフの声はリュースティアには届かない。
すでに心は恐怖で押しつぶされそうだ。
「幼子ちゃーん。ここかしら?」
ガチャ。
そんな音を立てながらシルフの隠れていた部屋の扉が開かれる。
部屋に入られたら最後、シルフが隠れているタンスなどすぐに見つかってしまう。
ここはイチかバチか反撃に出るべきだろうか。
そんな事がふと頭をよぎったがすぐにディーネの事を思い出した。
そしてそんな事を考えていた一瞬が命取りになる。
シルフの隠れていたタンスに手がかけられ、開かれた。
「あはっ、みぃーつけたぁ。」
恐怖に目を見開くシルフ。
目の前には顔に天使のような笑顔を張り付けながら、悪魔のようなオーラを全身に纏う光の精霊がいた。
もうだめなの。
シルフは目の前の光景を見ていられず目を瞑る。
「あんたたち、いい加減にしなさーい!」
シルフが自らの死を覚悟したとき二人の背後から声が聞こえた。
恐る恐る目を開くとそこにはルノティーナがいた。
そして彼女の足元には気絶している光の精霊。
よくわからないが助かった。
そう思ったのも束の間。
「シルフちゃん、家で暴れたらダメじゃない。そして我が家は喧嘩両成敗!」
「ま、待つ、、、。」
シルフが何かを言う前に彼女の拳がシルフにふりおろされる。
もともと魔法に秀でた精霊たちだ。
物理攻撃耐性は高くない。
Sランク冒険者の拳骨にシルフの意識はいとも簡単に刈り取られたのであった。
こうして精霊たちの迷惑千万な喧嘩は終わりを迎えた。
そして目が覚めた後、三人の小さな少女たちがルノティーナをはじめリズたちにこってりと絞られたのは言うまでもないだろう。
そして三人の少女がリズというトラウマを抱えることになるのもある意味必然かもしれない。
もちろん彼女たちが破壊した部屋や家具たちはそのままだ。
リュースティアが家を出て三日目の被害。
庭→ルノティーナにより木々がなぎ倒される。
厨房→リズ&シズにより半壊。
その後ルノティーナにより全壊。
二階→ディーネにより水浸し。
光の精霊により一室が崩壊。
リビング→無事。
果たして屋敷の原形があるうちにリュースティアは帰ってくることができるのか⁉
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