第95話 リュースティアのいない日常
*
「あわ、あわわ。ちょっと待って。」
屋敷の中庭から聞こえる悲鳴。
ーガッシャ―ン‼ー
二階からは何かが落ちる音が聞こえる。
ーモクモクー
厨房からは黒い煙が上がっている。
そこはリュースティアが創造し、手間暇かけて快適な空間を維持していた屋敷だ。
今はそんな快適さなど見る影もない。
リュースティアという主人、もといスーパー主夫を失った屋敷は荒れに荒れまくっていた。
事の始まりは数日前。
ルノティーナの一言から始まった。
「私たちにできる事は私たちでやりましょう!」
何を思ったのか彼女はこういったのだ。
そしてその場にいた全員がそれに同意した。
彼女たちはこれほどまでに過去の自分が恨めしいと思ったことはない。
そして彼女たちは口をそろえて言うのだ。
”伯爵家(うち)から使用人を呼んでくればよかった”
*
「・・・ティナこれなに?」
買い物から帰宅したスピネルが真っ先に庭にいたルノティーナを見つける。
彼女は洗濯係だったはずだ。
しかも自らで志願していた。
そしてその時にたしかこう言っていた。
「洗濯なんて私に任せなさい!そんなの風魔法でチャチャっとやって見せるわ。」
だからというわけではないが、目の前の惨状に言葉が出ないのはスピネルだからではないはずだ。
あれほどまでに自信満々に宣言していた自信の根拠を小一時間くらい問い詰めたい。
リュースティアの影響かスピネルはそんな事を思うのだった。
「あははー。風魔法ってよく考えたら私、攻撃か身を守る魔法しか知らないのよね。うん、やっぱり布って脆いのね。」
いや、気づけよ!
悪びれる様子もなくそんなことを言う彼女はいっそ清々しい。
あまりにも自身がポンコツだったので悟りでも開いたのだろうか?
というより洗濯物を乾かそうとして攻撃系の風魔法を試す時点でおかしい。
初級の風魔法や家魔法が仕えないなら普通は人力でやる。
やっぱり彼女は脳筋の戦闘馬鹿だ。
改めてそんな事を思うスピネルであった。
「・・・あっ。」
そしてスピネルは見つけた。
見つけてしまった。
ただの布切れになってしまった残骸の中に見覚えのある布がいることを。
「あっ、これ?えーっと、その、ごめんなさい!」
ソレはスピネルのお気に入りのカーディガンだった。
リュースティアに買ってもらった初めての洋服。
スピネルは珍しく怒りを前面に出してルノティーナに詰め寄る。
しかし口を開く前に大きな爆音が響く。
「なに⁉敵襲⁉」
ルノティーナと顔を見合わせすぐに音がした方へと走りだした。
二人の頭からはすでに破れた洋服のことなど吹っ飛んでいた。
爆発があったと思われる場所、それは厨房。
そして厨房にはリズとシズがいる。
もし2人に何かがあったら、そんな不安が頭をよぎる。
「リズ!シズ!無事なら返事をしなさい!」
厨房の扉を蹴りで吹き飛ばし中に入る。
中ではやはり爆発があったのだろう、黒煙が上がっている。
幸いにも火災は起きていない。
「ごほっ、ごほ。だ、大丈夫。私たちは無事よ。」
しばらく敵の気配を探し黒煙をにらんでいた二人だったが黒煙の中から聞き覚えのある声が聞こえ、警戒を緩める。
どうやら二人とも無事らしい。
敵襲でないとすると先ほどの爆発はいったい、、?
「もーだから言ったじゃない!絶対にあのタイミングじゃないって。」
「だ、だって。リュースティアさんはそうしてたんだもん。私ちゃんと見てたんだから。」
しばらくすると黒煙の中から双子がなにやら言い争いをしながら出てきた。
二人とも黒煙のせいか服も顔も煤だらけだ。
「・・・何で?」
若干、ほんとーに少しだけ語尾に怒りが乗っている。
それもそうだろう。
お気に入りの洋服をおじゃんにされ、大好きなリュースティアが何よりも大事にしている厨房を半壊させたのだ。
しかも二人は夕食の準備をしていたはずだ。
料理をしていて爆発になるようなことなどまずありえない。
「えっと、ふたりって料理をしていたのよね?」
「ティナ、何を言ってるの?そう決めたじゃない。」
ルノティーナの質問を不思議に思ったのかシズの額に皺が寄っている。
いや、ふつう料理は爆発しません!
爆発するのは芸術だけにして!
そう思うが口にはしない。
自分もまともな料理などできない。
変に口を出してじゃああなたがやれば?という状況は是が非でも回避したい。
「・・・料理?戦い、じゃなくて?」
うぉい!
スピネルが核心をついた。
「だからそれはお姉ちゃんが、、、。」
「シズだって大丈夫って言ったじゃない。だいたいシズだって、、、、。」
またも口論を始めようとした2人。
だがそれはルノティーナが間に入り何とか阻止する。
そして何を思ったのか彼女は風魔法を行使した。
「喧嘩は後でね。まずはこの邪魔な黒煙を何とかしましょうか。【無数の刃となりて我が道を切り開け 風剣乱舞】」
さっき風魔法は攻撃系しか使えないと言っていなかったっけ?
とすればそれは確実に、十中八九攻撃魔法だ。
そして彼女が初級の魔法なんて使うはずがない。
「・・・待って!」
「あっ、もしかして短文詠唱ですか⁉すごい、すごい!リュースティアさんは別として短文詠唱ができる人がいるんなんて。」
だがそんなスピネルの静止はリズの興奮した声に遮られてしまった。
そしてそんなことを言われてはルノティーナが調子に乗らないはずがなく。
そして調子に乗ったということは完全にやりすぎるわけで。
「そうよ!リューにぃの陰でかすんでいたけど私はすごいのよ!」
もしかして気にしていたのだろうか?
まぁ確かにリュースティアが規格外すぎてSランクのルノティーナがかすんでしまっていたことは事実だが。
そんな事を言うのは自分の後ろを見てから言ってほしい。
彼女の後ろ、そこは瓦礫の山だった。
その光景はかつて屋敷を吹っ飛ばした時と全く同じ光景。
バタン。
蹴りで吹き飛ばした扉を無理やり閉めるルノティーナ。
それはもはや閉めると言うより立てかけたに近い。
そして何事もなかったかのようにその場を後にし、リビングのソファーに座る。
元はと言えば自分たちのせいであるリズとシズもルノティーナに右ならえだ。
そうするとスピネルも三人に従うしかない。
というより従うしかない。
スピネルには、というよりリュースティア以外には誰も直せない。
「今日も天気がいいわね。」
どこか遠い目をしながらルノティーナがそんな事を言う。
そしてそれはリズたちも同じだった。
彼女たちはもうどうにもならないことを知っていた。
だがもうこれ以上何かが起きるはずなどない、そうも思っていた。
甘い!
彼女たちは忘れているのだ。
掃除を任せた小さな少女たちの事を。
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