第94話 強くなった

「どう、少しは落ち着いた?」


熱々のココアがたっぷりと入ったマグをリズに差し出しだす。

リズは自らの気持ちを表しているかのようにソファーに深く沈んでいた。

シズに声をかけられ沈んでいた体制を戻し、差し出されたマグを受けとる。

そしてシズも同じくココアがたっぷりと入ったマグを片手にリズの隣に座る。

正面にはルノティーナとスピネル。

そしてシフルとなぜか光の精霊がいる。

ちなみにウンディーネはお風呂に行っている。

理由は、、、、まぁ想像してもらおう。


「ありがと。ごめんね、シズ。私らしくないね、こんなに取り乱しちゃって。リュースティアさんの事も傷つけるつもりなんてなかったのに。」


「いーのいーの。リューにぃはあれくらい言わないとわからないわ。ほんっと男の人のプライドなんて迷惑以外なんでもないってわかってほしいわよね。」



隣に座るスピネルの耳をモフろうとしながらそんなことを言うルノティーナ。

思いっきり嫌がるスピネル。

あれは多分、本気で嫌がっている。

あっ、引っ掻かれた。


「・・・リューは皆大切。けど自分は違う。・・・変な感じ?」


ルノティーナから避難してきたスピネルがリズの足元にちょこんと座る。

普段から感情表現があまり豊かではないスピネル。

おそらく今の感情がどういうのもか自分でもわかっていないのだろう。


「スピネルちゃんはリュースティアさんの事大好きだもんね。」


リズはそう言ってスピネルを自らの膝の上に抱きかかえる。

スピネルも抵抗することなくされるがままに膝の上へと収まった。

この街で暮らし始めて数か月、人に慣れたとは言えいまだに苦手意識の強いスピネル。

やはりスピネルにとってリズは心許せる相手なのだろう。

耳をモフられているがされるがままだ。


目の前にすわているルノティーナからの圧がすごい事になっているが気にしない。

これでも中級冒険者だ。

Sランクに気後れしていた自分ではない。



(リュースティアさん、私強くなったんですよ?)




「はい!やめよやめ!過ぎたことをどうこう言ったってどうにもならないわ。」


重苦しい沈黙を破ったのは脳筋馬鹿ルノティーナだった。

彼女の物事を深く考えない所をリュースティアなら馬鹿というかもしれないが今、この場では彼女の明るさに救われる。


「それもそうね。言った言葉は取り消せないし、あとはリュースティア次第だもんね。」


そんな彼女に同意の意見を述べたのはシズだ。

彼女は合理主義者。

無駄なこと、意味のないことはしない。

だからこういう場面での気持ちの切り替えも早いのだ。

ルノティーナのように思慮が浅いわけではない、合理主義者なだけだ。

もっとも肝心なところで決断ができなかったりするのだが。

普段はうじうじと考えるくせにいざという時に大胆な事ができる姉とは違う。

つまりシズは姉とは正反対の性格をしているのだ。

双子らしいと言えばらしい。


「そういうこと。じゃあ私たちは私たちにできることをしましょうか。」


まずは買い出しよ。

そんなことを言いながら腰を浮かせようとしているルノティーナ。

だがそこへ少女の言葉。


「・・・リュー帰ってこないの?」


スピネルだ。

リズに膝の上で抱き抱えられながら目に涙をためてそんなことを言う。


大丈夫、すぐに帰ってくるよ。


そう言いたかったが言えない。

だってリズ自身も不安に思っていたから。


(リュースティアさんは本当に帰ってきてくれるのでしょうか?)


「大丈夫なの‼」


ソファーの端から元気な声が聞こえる。

声がする方を見るとやはりシルフだった。

そう言えば居たんだった。。。。

いつもうるさい彼女が静かだったために完全に存在を忘れていた。


理由を聞くとリュースティアとの接続を調整していたとか。

なんでも精霊と契約者は魂的な部分でつながっているらしく相手の感覚を共有しお互いの置かれている環境をしることができるらしい。

今回に関してはそのつながりは余計なので感度を調節していた。

なんでも完全に遮断すると後々めんどうらしいので細かい調節が必要でこれが相当に神経を使う作業だったみたいだ。

そのせいでいつもやかましいシルフが静かだったとうわけだ。


「リューはみんなのところに帰ってくるの!ここがリューの居場所なの。リューにはみんなが必要なの。だってリューは「幼子‼」」


シルフが何かを言おうとして光の精霊に止められていた。

どうやら精霊たちはリズたちの知らないリュースティアにあるを知っているらしい。

それはしまった、というような顔で慌てふためくシルフからも明らかだ。

だが精霊たちはそれをリズたちに言う気はないらしい。

そんな雰囲気を察してわざわざ問う事はしない。


ならばそれ以外にみんなが疑問に思うことは当然一つしかない。

だがその疑問を口にするのは憚れる。

というか口にしずらい空気が出来上がってしまっている。

しかし、そんな場に勇者が現れる。


「ふぅ、いいお湯であったのじゃ。ん?光の精霊ではないか。お主なぜここにおるのじゃ?」


 「「「「ディーネ!!!!」」」」


諸事情により風呂へと言っていたディーネが戻ってきた。

そしてこの場にいる皆が言い出しにくいと思っていた疑問を光の精霊に投げかける。

なぜか光の精霊はあたかも当然という顔をしてこの場にいた。

その態度が自然過ぎてみんな疑問には思っていたが口に出せないでいたのだ。

そうしているうちに完全にタイミングを逃した。


そこによくも悪くも空気を読めないウンディーネの登場。

助かった。


「あら、私がここにいては迷惑かしら?」


特に慌てるでも不快な様子を見せるでもなく答える光の精霊。

それどころかディーネの反応を楽しんでいるように見える。


「妾個人の意見を言えば迷惑じゃな。妾はお主が苦手じゃ。それにお主がおると碌なことにならん気がするのじゃ。」


「クス。私はあなたのこと嫌いじゃないわよ?」


「そういうところが嫌いなんじゃ。」


「あら、苦手ではなかったのかしら?まったく、私相手にこうも言いたい放題なのはあなたくらいね。」


本人を目の前にして嫌いというディーネもそうだがそれを受けても平然と嫌いじゃない言えるあたりこの二人は常軌を逸してる。

しかもお互いこのやり取りを楽しんでいるようにすら見える。


精霊こわっ!


先ほどとはまた違った重い空気が流れる。


「え、えっと。とりあえず光の精霊様もこの屋敷にいてもらうとして私たちはできることをやりましょうか。」


勇敢にもルノティーナが口を開く。

まだディーネたちは冷戦を繰り広げているがなるべくそれを視界に入れないようにしながら各々ルノティーナの言葉にうなずく。


掃除に洗濯、買い出しに料理。

リュースティアがいつ帰ってきてもいいように。

いつでも暖かく迎えてあげられるように。

リズたちは歩みを進める。



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