第89話 憂いは温泉、ジョークは馬車

「はぁ。」


重いため息が聞こえる。

ここはメーゾルにある唯一の温泉。

しかも知る人ぞ知る秘湯。

なぜならぼるぼボルボリンの森の奥、魔物の群生地を超えたところにある。

つまり相当な実力者かつ、変わり者しか訪れるものはいない。

故に秘湯、である。

もちろん温泉自体は結界で守られているので入浴中に襲撃されると言った心配はない。


ため息をついた女性冒険者はその広すぎる湯舟に体を沈め、空を仰いでいた。

少し熱めの湯には防具と言う枷から解き放たれたあ豊満な肉体が浮かんでた。

普段の冒険者の恰好からはわかりにくいがルノティーナは俗にいうナイスバディと言うやつだ。

頭が脳筋のくせにけしからん。

目の保養だ、、、、。



そしてそんな彼女に覆いかぶさる一つの影。


「ティナらしくないわね。どうしたの?」


そう問いかける同じく冒険者の女性、シズはSランク冒険者であるルノティーナの顔を覗き込むとそのまま湯船につかった。

こちらは豊満なルノティーナとは違ってつつましい。

何が、とは言わないが、、、、。」

ちなみにシズはCランクの冒険者。

日々の修行のおかげかレベルが上がった。

そして極めつけはこの前の冒険、そのおかげで冒険者ランクも上がった。

さすがにいきなり上級冒険者であるAやBまでは上がらなかった中級冒険者でもじゅうぶん周りに自慢できるレベルだ。

もちろんリズも同じくCランクに上がっている。

スピネルだけは冒険者登録をしていないのでランクはないが彼女もレベルだけならリズたちに負けず劣らずの上昇をみせた。


「リュースティアさんのこと、ですか?」


不意に背後から声をかけられそっちを見るとリズがバスタオルを手にこちらに歩いてくるところだった。

その隣にはスピネルもいる。

彼女は熱いお風呂が嫌いなのかいつもの服装のままだ。

どうやら温泉に入る気はないらしい。

浴槽近くの岩に腰かける。


「まぁねー。あれ以来リューにぃなんか変なのよね。無理してるっているかさぁ。」


ルノティーナの言葉にその場にいる全員がうなずく。

どうやらリュースティアの作り笑いは女の勘を騙すにはまだまだなようだ。


「けれど私たちには何も話してはくれないんですよね。あの日なにがあったかも、リュースティアさんが誰と戦っていたのかも、なんにも。」


「・・・リューつらい。私たちもつらい。」


沈み込むリズの言葉にスピネルの言葉が追い打ちをかける。

私たちもつらい。

その通りだ。

ほんとうに、つらい。



「リュースティア様、用事はすんだのか?」


領主さんの城を出たところでレヴァンさんが待っていた。

別にいいと言っているんだがレヴァンさんはリュースティアの従者になると言ってきかなかったので一緒に連れてきた。

もちろん身分もろもろは隠蔽済み。

リュースティアとしてはようやくできた男の仲間、と思っている。


「ああ、使用人さんたちに捕まって遅くなっちまったけどな。それよりレヴァンさんそんなことしなくていいって。」


あのあとメイドさんたちにもお菓子を配ったり、料理人さんにチョコレートとルセットを渡したりと大変だった。

さすがに使用人たちのうらやましそうな視線を無視して返ることなどできなかった。

まぁ主人の手前、食べたいと言えないのはわかるが口の端から涎を垂らすのはどうかと思う。

もうそれは食べたいと言っているのと同じだと思うんだ。


「それはできない。リュースティア様は主が残した希望。ならばその希望に忠誠を誓うのは自然な事だ。それにこれは私の意思であってリュースティア様が気にすることではない。」


やっぱりダメか。

リュースティアは頭の固いこの真面目な従者に呆れつつも、説得は無理であることを悟る。

忠誠を誓っている割には口調にとげがある気がするんだけど、、、、。


「まぁレヴァンさんがいいならいいけどさ。義務とか責任、罪悪感でやってるならやめてくれ。俺はレヴァンさんを縛るつもりはないよ。」


レヴァンさんが用意してくれた馬車に乗り込みながらそんなことを言う。

真面目なレヴァンさんの事だ、リュースティアに仕えているのも多分ヴァンへの義理でもあるんだろう。


「主は関係ない。これは私の意思だと言っただろう?私の事よりもリュースティア様は自分の事を気にしたほうがいい。いつまで目をそらし続けるつもりだ?」


「、、、、、。」


いつまで目をそらし続ける、か。

レヴァンさんの言葉にとっさに返すことができなかった。

リュースティアは無言のまま馬車の窓から外の景色を眺める。

気配でレヴァンさんが隣に座った事が分かったがリュースティアはなにも言わなかった。

彼も何か言う事はなかった。



「忘れていた。リュースティア様。奥方たちから言伝を預かっている。」


は⁉

待て、奥方って誰だ!

と言うか”たち”ってなんだよ!

俺まだ誰とも結婚してないぞ。

というかこっちに来てからヤッてすらいないんだけど。

あれ?

という事はもしかして俺ってこっちの世界では童貞?


「オクガタタチッテダレデスカ?」


ようやくそれだけの言葉をひねりだすとレヴァンさんはこともなさげに言い放つ。


「リズ様達ですが?ルノティーナ様からすでに婚約していると聞いたが。」


っておい!

ルノティーナ!

勝手な事吹き込んでんじゃねぇ!

レヴァンさん真面目だから信じちゃってんでしょうが、、、。


「はぁ。違うから真に受けないでくれ。あいつらの誰とも婚約なんてしてない。」


若干、頭痛がしてきた。


「そうなのか?私はてっきり幾人も女性を侍らせているのかと。」


「ブッーーーー!ば、馬鹿!なに言ってんだよ!」


おい!

俺がそんなに節操ない奴に見えるか?

どんなイメージだよ、、、。


「フ、焦ったリュースティア様も面白いな。安心しろ、さっきのは嘘だ。言伝があるのはほんとだがな。」


「なんだ、嘘か。レヴァンさんも案外人が悪いんだな。」


「まぁそう言うな。なかなか面白かっただろう?」


意地の悪い笑みで笑っているレヴァンさんと目が合った。

そしてどちらからとでもなく笑いだす。

久しぶりに心から笑った気がする。

しばらく二人で笑っていると不意にレヴァンさんが真剣な眼差しに戻りリュースティアを見つめる。


「リュースティア様、余計なお世話かもしれないがいつまでも逃げ続ければその者への恐怖や恐れの感情は大きくなるばかりだ。そしていざ立ち向かおうとしたときには抗えぬものとなっているだろう。決断は早い方がいい。」


そう言って何ともなかったかのように馬車を降り、リュースティアの為に扉を開けて待っていてくれている。

いつの間にか屋敷についていたみたいだ。

心休まる我が家。

だが今日だけはそんな我が家がひどく冷たいものに感じた。



決断は早い方がいい。


レヴァンさんの言葉が脳内で確かな衝撃となり響く。

遅くなればなるほど牙をもがれる。


はぁ、神様くそじじい、俺に何をさせたいんだよ。





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