第90話 ボイコット?ストライキ?
*
「ただいまー。」
馬車を降りた時の迷いなど微塵も感じさせない陽気な声で館の扉を開ける。
皆に余計な心配をかけたくない。
どんなに迷っていようがいつも通りを心がけるんだ。
大丈夫、俺は笑える。
「、、、、、、。」
だが屋敷からは何の反応もない。
構えていただけに肩透かしを食らった感じだ。
けど、おかしいな?
マップでは確かにみんなこの屋敷にいるはずなのに。
状態も普通だし、寝ているとかではないみたいなんだけどなー。
「ただいまー。みんないるんだろ?なんかあったのか?」
みんなの反応が相変わらずないので仕方なくみんなが集まっているであろうリビングに足を運ぶ。
そこにはリズたちだけでなくシルフたち精霊もいた。
全員集合、そんな言葉がぴったりなほど。
『なぁシルフ、なにかあったのか?』
一応念話でシルフに何かあったのか確認をする。
彼女たちのステイタスに異常は見られないし、各ゲージも満タン。
何があるんだろう。
嫌な予感しかしない。
しいて言うなら不倫をしてしまった後に家に帰る夫の気分だ。
結婚したことなどないからもちろん推測なんだけどさ。
『わわわ!だ、ダメなの!』
ん?
シルフが何やら慌てた様子で念話を切りやがった。
これはますます嫌な予感がする。
そしてそんなリュースティアの嫌な予感はリビングに入った時見事に的中したのだった。
*
えっと、どういう事?
まてまて、俺の目がおかしくなったのか?
おかしなところが多すぎてどこから突っ込んでいいのかわからない。
「いろいろと聞きたいことはあるけどさ、まず家具は元の場所に戻せ。それから部屋なんだから完全装備はやめてくれ。せめて武器は降ろしてくれると安心できるんですけど。んで?結局何やってんの?」
リュースティアがそう言うのも無理はない。
彼女たちはリビングにあった家具でバリケードを作りその内側で完全装備に身を包んでいた。
それはまさしく今から魔王戦でもしそうな雰囲気だ。
いや、ここ家なんだけどね、君たち。
それにいつもは中立かリュースティア側のシルフたちは今回はああちら側につくようだ。
なんとなく解せない、、、。
そんなリュースティアの気持ちを察したのかシルフがおろおろとリズたちの陰に隠れてこちらの様子を見ている。
相手がシルフじゃなかったら可愛いと思ってしまいそうな動きだ。
シルフだから何も思わないが。
そしてなぜかディーネは嬉しそうに身をくねらせている。
うん、俺はなにも見ていない。
気にしない、あいつの行動は気にしたら負けだ。
「相変わらずね、少しくらい慌てたりとかはないわけ⁉」
いや、十分驚いてるよ!
状況に全く頭が付いていってないから!
ただみんなにそう見えていないならきっとスルースキルのおかげだ。
「ティナ、諦めて。それよりもリュースティア、聞きなさい!」
さっきから聞いているだろ?
いいからさっさと話してくれ。
面倒な事は先に片づける主義なんだ。
「私たちはリューにぃとの共同生活、およびパーティをボイコットさせてもらうわ!」
ふーん、ボイコットか。
皆が本当に嫌なら俺からは止めるつもりはない。
けど急にどうした?
「・・・リュー、ここ使ったらだめ。出ていく?」
くっ、なんでそこで首を傾げて疑問形になるんだ。
可愛すぎるだろ、うちの娘。
「ってことよ!わかったらさっさと出ていきなさい!」
「は?ここ俺の家なんだけど。てかルノティーナまだいたのか?王都の仕事はどうした。」
至福のひと時を邪魔されたせいで少しあたりがきつくなってしまった。
それよりも俺が追い出されるとは思っても見なかった。
ここは俺の家だぞ、居候どもめ。
「し、仕事の事は今は別にいいでしょ!」
なるほど、サボり中か。
これは後で王都に手紙で密告でもするしかないな。
「ティナの仕事はともかく、これは私たちの意思よ。仲間にさえ秘密を打ち明けない人に命は預けられない。ねぇ、リュースティア、何を隠してるの?」
「別に何も。それにシズがなんて言おうと、俺の事を嫌おうが俺がみんなを守ることに変わりない。俺が嫌いなら止めないど、俺はシズの事好きだよ。」
もちろん大切な友人として。
「っつ!うーーーー。」
リュースティアに面と向かって好きと言われてしまったせいでシズの顔面は真っ赤に染まり思考がショートしたみたいだ。
意外とシズって直球に弱いんだよなぁ、そんなことを頭の片隅で考えていた。
だがすぐにラスボスがいる、そう思いなおして顔を引き締める。
そう、まだこの場にいるリズが一言も言葉を発していなかったのだ。
そしてついに彼女の口が開き冷戦の火ぶたが切って落とされる。
「リュースティアさん、どうして隠すんですか?あの日、ほんとうはなにがあったんですか?」
でた!
リズさんのあのモード!
ってあれ?
あのモードじゃない?
笑っていない、な。
「さっきも言ったろ、ないも隠してなんかいないって。それにあの日の事はみんなに話した通りだ。ヴァンを倒してそんときに一撃もらっただけだって。」
「嘘、ですよね?そんなの魔眼を使わなくたってわかります。どうしてそんな辛そうな顔をしているのに何にも言ってくれないんですか!結局、どこまでいっても私たちは守る対象でしかないんですか?エルランド様との最後の修行の日、リュースティアさんは隠し事をしない、そう言いました。これで私もリュースティアさんを支えられる、そう思っていたのにあれは嘘だったんですか?」
最後の方は嗚咽が混じって聞き取りにくかったがちゃんと届いた。
彼女の痛いほどにまっすぐな気持ちが、心が。
うれしい、と思う。
自分をここまで真剣に心配して怒ってくれることが。
だからこそ巻き込みたくない、そうも思った。
「リズ、ごめんな。心配かけて。けど本当になんにもない。だからリズは何も心配すんな。」
「ぐす、うっ。ま、またそうやって優しい言葉で場を濁すんですか?そんな顔して大丈夫なんて言われたって安心できるわけないじゃないですか!」
大声で泣きながらもそんなことを言うリズ。
彼女がここまで取り乱したのを見るのは初めてかもしれない。
シズでさえも驚きの入り混じった表情で姉の事を見守っている。
「リューにぃ、ごめんなさい。けど私たちはみんなリズと同じ気持ちなのよ。リューにぃが苦しんで辛そうな顔をしているのは見たくない。話して楽になるとは言わない。けど独りで戦おうとはしないで。」
なおも激しく泣きじゃくるリズの背中をさすりながらルノティーナが言う。
彼女にしては珍しくその声にいつもの覇気がない。
その眼は悲しんでいるというよりも同情や憐れみに近いものだった。
独りで戦う事の弱さを彼女は知っている。
だからこそリュースティアにはそうなってほしくない。
「ごめん、、、。」
リュースティアはそれだけ言うと踵を返し屋敷の玄関へと駆けて行った。
行く当てはない。
ただこの場から離れたかった。
泣きじゃくるリズの声。
憐れむルノティーナの目。
悲しみながらも姉を気遣っているシズ。
心配そうな表情のスピネル。
場の雰囲気におろおろしっぱなしのシルフ。
関係ない妄想に精を出すディーネ。
全てから逃げ出したかった。
リュースティアは転生してから初めて独りになりたい、そう思った。
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