第88話 疲労回復、チョコレート

「う、うまい。我の知らないところにこれほどまでの美食があったとは!」


領主さんが絶賛しているのはもちろんリュースティアが持ってきた新作のケーキ。

それもを使った新作だ。

色々あってチョコレートの元、カカオ豆の群生地を見つけ、ようやくその豆からチョコレートを生成することができたのだった。

チョコレートを創造するには知識が足りなさすぎてほとんどが手探り状態だった。

だがこちらの世界でもチョコレートが食べられると思えばこんな苦労など苦労の内に入らない。

それに試行錯誤しているうちは余計な事を考えなくて済む。


「気に入ってもらえたようでなによりです。次はこっちの焼き菓子なんてどうです?」


うんうん。

美味しそうに食べてくれて何よりだよ。

だけど顔が崩壊しすぎてるから一回顔締めた方がいいぞ?

ほら、ナギさんが苦笑いしながら咳払いしてる。

そんな事を思いながら領主さんの食べっぷりを眺めているリュースティア。

そこには一ヶ月前に生死の境を彷徨ったとは思えないような笑顔があった。



あれからもう一ヶ月か。


あれとはもちろん魔王アルとの闘い、そして呪いだ。

目を覚ましたリュースティアが完全に回復するまで丸二日かかった。

光の精霊に呪いを解いてもらったのだがリュースティアの衰弱はひどく到底すぐに旅を始められるようなようすではなかった。

それでもそんな状態からたったの二日で回復したというのはリュースティアの驚異的な回復力に他ならない。

だがあくまで回復するのはのみであって心はそうはいかない。

それでもみんなの手前、無理をしてでもいつも通り振舞うしかなかった。


リュースティアが動けるまでに回復してからははやかった。

時間をさほどかける事なく来た道を引き返してきた。

そして行きにかかった時間の半分ほどでメーゾルに帰ってきたというわけだ。

それからというものいつもと同じように、いや、それ以上にお菓子を作っていた。

ギルドへは報告以降足を運んでいない。

行けばみんなにもてはやされるであろうことが嫌だった。

そしてそれはドゥランさんも分かっているらしく特に何を言われるでもなかった。


周りからすればまるでかのように、平然と過ごすリュースティア。

そしてそんなリュースティアを周りの人間が心配しないはずがない。

だがどんなに心配しようともその想いが口から出る事はなかった。

4人はその場にいなかったから。

4人は彼を救えなかったから。

4人は何もできなかったから。

4人はただ縋り、泣いていただけだったから、、、、。


力を持たない者は横に立つことすらもできない。

ましてや付いていこうと追いかけることも。

ただ見ている事しかできない。

そしてただ見ているだけの者がどうしてその人と苦しみを共有できるのだろうか。

結局は、持たざる者の言葉。

気休めにもならない。



「うむ、これも実に美味であるな。それにしてもまさかお主が本当に生きて帰ってくるとは思わなかったぞ。」


「はは、運がよかっただけですよ。」


どこか他人ごとのように話すリュースティア。

彼は不死の王アンデッドキングとの間に起きたことは誰にも話していない。

もちろん勇者アルフリックが魔王であることも伏せたままだ。

どうせ言ったところで誰も信じない。

これは建前。

本音はもう関わりたくないから。


「そう謙遜することもないだろう。お主はこれで誰しもが認めるSランクの冒険者なのだからな。」


Sランク冒険者。

その言葉がリュースティアの胸に重くのしかかる。

本当に自分はこのまま冒険者を続けていていいのだろうか?

大切な友人ひとりも守れないのに?

守れないのならばこんな力なんてないのとおんなじだ。

俺は何の為に力を求めた。

俺の願いは何だ。

俺は何のためにまだ生にしがみついているのだろうか。


「どうかしたのか?顔色が優れぬようだが。」


心配そうな領主さんの声で我に返る。

いかんいかん、俺としたことが領主さんに気を使わせてどうする。


「大丈夫ですよ。ただチョコレートを作るのに気合入れすぎて疲れが出ただけですから。それより知ってますか?このチョコレートって疲労回復とかリラックス効果とかいろあるんですよ。」


咄嗟に思考を打ち切り笑みを作る。

なんだかメーゾルに戻ってから作り笑いがうまくなった気がするな。

そんな事を考えるリュースティアなのであった。


「ほう。もしかしてこのちょこれーとと言うやつは魔法薬の一種なのか?」


ありがたい。

領主さんがチョコレートの話題に興味を持ってくれたみたいだ。

ここは領主さんにありがたく便乗させてもらおう。

ってか領主さんの用事ってなんなんだろう?

まぁ、急ぎなら最初に言われているだろうし、あとで聞けばいいか。


それよりチョコレートだな!



「も、もうよい、、、。もう十分だから控えよ。」


アレ?

なぜか領主さんの体力ゲージがレッドゾーンに突入している。

さっきからチョコレートについて話していただけなんだけどな。

まぁ途中から領主さんの目が死んできたのは視界の隅に捉えていたけどさ。

やっぱチョコレートは妥協しちゃだめだからな。

パティシエはチョコレートが扱えないと二流以下だからな。


「すいません、つい話過ぎたみたいですね。」


「まったく、お菓子のこととなるとお主はいささかたちが悪い。だがいつも澄ましたお主がわらべのように話す姿も新鮮でいいものだな。」


毎日は聞きたくないがな。

最後にしっかりとくぎを刺されてしまった。

まあいいけどさ。

さすがの俺だって毎日城に遊びに来るつもりなんてない。

というか忘れそうになるが俺はあくまで平民、普通なら領主さんとこうして面会なんてできるはずがないんだよね。

平民のくせに上流階級の人脈持ってるとかヤバイよな。

うん、自重しよう。

上流階級の仲間入り、とかになったらシャレにならない。


「あはは。そうだ、ラウスさんの用事って何だったんですか?」


ここはさっさと用事を聞いて帰ろう。

君子危うきに近寄らず、だ。

もう遅いかもしれないが。



「なに、用というほどのものでもない。ただお主の顔が見たくなっただけだ。お主が帰ってきてからなんだかんだゆっくり話す時間がとれんかったからな。」


ん?

心配してくれたってことかな?

領主さんには子供はいないみたいだし領民はみんな子供、的な感じか。

心が広いねー、さすが領主さん。


「わざわざ気にかけていただいてありがとうございます。けど、俺って言うよりはお菓子の方が比重が重いんじゃないですか?」


とまあこんな感じで少し茶化した感じで返したのだが、、、。

一瞬、本当に一瞬だけ領主さんの顔に影が差した。

だが次の瞬間にはいつものいたずら小僧みたいな笑顔にもどっていた。

うん?

今のは何だ?


「それがまったく関係ないとは言えんがな。なにせお主の作るものは上手い!それはそうとリュースティア、無理はするでない。もし私やドゥランの期待やSランクが重いと言うのであれば気にせず捨てていい。何よりもまず自分を大切にしてやれ。自分ひとりを大切にできないものが他の人間を大切にできるはずなどないのだからな。」


説教臭くなってしまったな。

そんなことを笑いながら話す。

今度は領主さんが茶化した言い方をしているがおそらく今言った言葉は領主さんの想いなのだろう。

リュースティアの雰囲気から何かを察したのかもしれない。

なにも言わずに伝わってしまうと。

辺境の地と言えやはり領主。

偽りは通じない。


「大丈夫ですよ。俺は大切な人がいるこの街は何があっても守りますし、Sランクも結局は俺が決めた事なんで。今更投げ出したりしませんよ。」


おそらく領主さんが言いたかった事はそういうことではないだろう。

だが領主さんの本当の想いはリュースティアには伝わらなかった。

彼はリュースティアに無理して笑わなくていい。

そう言いたかったに違いない。







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