第87話 光の精霊

「はぁ、もううんざりする。毎日毎日同じことの繰り返し。」


限られた精霊たちの暮らす聖域。

そんな輝かしい場所には似つかないほどの大きなため息と共にその小さな口からはつい愚痴がこぼれてしまう。

だが彼女がそう愚痴をこぼすのも無理はない。

彼女は現存する精霊の中で唯一、一度も死んだ事がない。

死ぬ、という表現は不適切かもしれないが他に言いようがないのでここはご容赦願おう。

つまり、精霊たちは少なからず一度は生まれ変わり、新たな生を受ける。

もっとも精霊の役割についての知識や魔法はそのまま引き継ぐことができるが。

それでも一度も死んでいないという事は何千年という時をその身で体感してきたという事だ。

退屈し、愚痴をこぼすのも無理はない。

不死であり不変。

聞こえはいいかもしれないが自らの身で体感すればこれほど残酷な事はないと思う。


「何か面白い事でも起きないかしら。人間や魔族と関わるのはもう飽きたし、特別な存在でもひょっこり現れてくれたらいいのに。いっそのこと神格でも手に入れて神界にでも行きたいものね。」


聖域内に新たな光の玉を生み出しながらそんなことを呟く。

次第にその光が集まり大きくなる。

そして一瞬、強く輝いたかと思うとその光が消えるころには先ほどまでその場で愚痴をこぼしていた少女の影は消えていた。



「これは逃げられた、かの。察しが早すぎて捕らえるだけで一苦労とは、やはり最古の精霊だけはあるようじゃ。」


少女が消えて少し経った頃、同じような少女が何の前触れもなく急にその場に現れる。

同じような少女?

よく見ると先ほどの少女とは纏う雰囲気からしてだいぶ違うらしいことがわかる。

先ほどの少女を可憐、と表すのであれば後から現れた少女は妖艶と表すのが適当だろう。

その少女はその顔に似合わない艶やかさを全身で表現しているかのようだった。

同じ精霊でもやはり個性が出るのか、ここまで違う。

やはり精霊は奥が深い。


「くぅーーー。はっ、いかん。つい妾の失態を折檻しながら言葉攻めするご主人さまを想像してもうた!こんな事している場合ではないのに。ご主人様の為にも早くを見つけ出さねばならぬ。」


そう、その妖艶な少女と言うのはウンディーネ。

リュースティアが契約している精霊の一人で四大精霊の内、水を司る。

これだけ聞けば誰もがひれ伏しそうだが実際はただの変態だ。

それもかなりのマゾヒズムに侵された、、、、。


だがそんなディーネへんたいでもリュースティアを心から好いている。

故に主であるリュースティアの為であればんどんな性癖を持とうともそれを我慢するくらいの心得はある。

、、、。

あるはずだ。

きっと。


「むっ、この反応は奴か?しかしこの感じ完全に妾で遊んでおるな。妾で遊んでいいのはご主人様だけなのじゃ。これは少し灸をすえてあげねば。はぁ、妾は攻めるよりも攻められる方が好きなんじゃが仕方あるまい。」


再び光の精霊の反応を得た。

まるでこちらを誘っているかのように明滅を繰り返している。

事実、こちらを誘っているのだろうがそんな遊びに付き合う気はない。

なにせ大切なご主人様の命がかかっているのだ。


いや、ご主人様だけではないのう。

妾は当然として、シルフにリズたち。

皆のこれからの笑顔がかかっているのじゃ。

一秒だって無駄にはできぬ。

待っておるのじゃ、すぐに妾もご主人様の元へはせ参じよう。

もちろん土産を持っての。




「リズ!ようやくつながったの‼」


隠れ家にシルフが現れた。

風太の気配を頼りにようやく聖域からここまで転移してくることに成功した。


「シルちゃん?リュースティアさんが大変なの。お願い、助けて!」


「ダメよ、リズ。下がりなさい!」


急にシルフが現れたことにより、一瞬だけ風太の守りが弱くなる。

そのタイミングを見計らったかのようにリュースティアから漏れ出る瘴気が彼女たちを襲う。

風太の揺らぎを感じたルノティーナが前に出ようとするリズを止める。


「こっち来たらダメなの!【風防護エア・カーテン】」


漏れ出た瘴気を魔法で防ぐ。

さすがは四大精霊、魔法の扱いはさすがと言わざるを得ない。


「リュー?シルなの!早く起きるの!」


風の防護壁を維持したままリュースティアの元へといくシルフ。

隣で甲斐甲斐しくリュースティアの治療をしていたレヴァンさんはあまりにも急な展開についていけないみたいだ。

それでなくても闇の生きものである吸血鬼のレヴァンさんと光の代表ともいえる精霊、それもその中で上位精霊に当たるシルフ。

言葉を失わない方が無理がある。


というか何気にその二人の組み合わせはかなりレアかもしれない。

仮にこの場に心に余裕のある人間がいたらそう思ってしまう事は間違いない。


「リュー!」


シルフがリュースティアに声をかけ続けている。(声をかけていると言うよりは叫んでいるに近いが)

それでもリュースティアの目が覚めることはない。


「・・・シル。お願い。リューを助けて。一人は、もう嫌。」


突如聞こえた消え入るような声に皆が一斉に振り返る。

するとそこには目にいっぱいの涙を浮かべながら、それでもその涙をあふれさせんと歯を食いしばるスピネルの姿があった。

独りになりたくない。

そんな切実な想いに胸がえぐられるような気持になったがシルフにできる事は、ない。

精々、呪いの進行を遅らせるくらいだ。

今のリュースティアを救えるのはディーネだけだ。

ひいてはディーネが連れてくるであろう光の精霊だけだ。




シルフがリュースティアの呪いの進行を遅らせてはいるがそろそろ限界だ。

これ以上は留めておけない。

このままだとあと半刻も持ちそうにない。

そんな絶望が周囲の人間を包み込み、誰もが言葉を発することができないでいた。

皆が絶望を受け入れ、希望にすがることをやめようとしていた時、部屋に一筋の閃光が駆け抜けた。

あまりの眩しさにその場にいた全員が目を瞑り顔を背ける。

そしてそんな閃光の中、待ち望んでいた人物の声を聴いた。


「すまぬ、遅くなってしもうた。じゃがしかと連れてきてやったぞ。妾に感謝せい。これでご主人様は助かるはずじゃ。」


ディーネだ。

リュースティアを救えるかもしれない唯一の可能性を引っ提げてこの場に現れた。

希望が、見えた気がする。


「なによ、私まだ助けるなんて一言も言っていないけど?あんたがしつこいから来ただけ。変な期待ならするだけ無駄よ。」


リュースティアが助かるかもしれないということに気を取られていて気が付かなかったがディーネはと言っていた。

つまりこの場にはもう一人いる。

眩しすぎる光が収まり改めてディーネの方を見るとそこにはやはり見知らぬ少女がなぜか若干顔を赤らめた状態で浮いていた。

少女は赤らめた顔、ディーネは満足げな顔。

それで二人の間に何があったかは想像してもらおう。


「おそいの!早くリューを助けるの!」


「なによ、幼子ちゃんのくせに偉そうに。さっきも言ったけど助けるつもりなんてないの。」


待ってましたとばかりに少女に詰め寄るシルフ。

しかし最古の精霊と若い精霊。

序列があるのだろう、取り合ってはもらえなかった。


「私はね、あんたたちと契約してる人間がどんなものか見に来ただけ。ついでに最期もね。さぁ、どんな人間なのかしら?」


あくまで暇つぶしの一環として付いてきただけだ。

それもあまりにもディーネが、、、、。

だからこの少女に人間を救う気など微塵もない。

自分自身でもそう思っていた。

過ぎゆく景色でしかない人間を救いたいと思う事などない、と。


「あら、思っていたよりも若い?、、、、っつ⁉何この子。本当に人間?」


リュースティアに近づきその顔をまじまじと見ていた少女が突然大きく後ろに飛びのいた。

少女に何が見えたのかは誰にもわからない。

ただ少女がリュースティアの中の何かを見たことだけは確かだ。


「これはもしかするともしかするのかもね。面白いわ。気が変わった。これはここで死なせてしまうのはもったいないわ。うん、この子はきっといい暇つぶしになるわ。」


リュースティアから距離を取ったまま何事かをブツブツと言う少女。

正直、怖い。

だがこの場には少女にそのことを指摘できる勇気のあるものはいなかった。

リズたちは最古の精霊を前に、跪いているし、風太に関しては気絶してる。

ある意味一番の大物かもしれない。


「リューは特別なの!祝福されてるの、世界に必要なの。だからお願い。」


涙にぬれた瞳でシルフが懇願する。

いまだにブツブツ言っている少女の耳に届いたか不明だが、少女の思考は終わったらしい。

再びリュースティアに近づいていく少女。


「私の為に生きなさい。生きて私の退屈を殺しなさい。【|破邪の光《ディストラクション・ライト】」


リュースティアにの体が優しい光に包まれる。

しばらくその体を包み込んだ光は徐々にその輝きを失う。

そしてリュースティアを包んでいた光がすべて消えた時、

リュースティアがゆっくりとその目を開けた。


己の無力さを噛みしめ、抗いようのない理不尽があることを突きつけられ。

それでもその理不尽に抗おうと死の淵から生還したのだった。



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