第85話 生死の境、そして風太とシルフ

リュースティアははっきりとしない頭で声を聴いた。

その声は遥か遠くからリュースティアの頭に直接話しかけていた。

この声はとてもよく知っている。


「リュー?リュー?返事をするの!シルはここなの。」


泣きそうな声で必死にリュースティアのことを呼ぶ。

リュースティアのぼやけた頭に泣きじゃくるシルフの顔が浮かんだ。


(シルフ?なに泣いてんだよ。こっちだ、ここに俺はいるぞ。)


無意識にシルフの事を呼ぶリュースティア。

シルフに助けを求めるつもりなどみじんもない。

ただシルフに泣いてほしくなかった。

それだけだ。


次にリュースティアには顔が見えた。

どの顔も知っている。

レヴァンさんにリズ、シズ、スピネルにルノティーナ。

なぜかルノティーナの相棒、風太までいる。

だがそんなことよりもなぜみんなそんな泣きそうな顔で俺のことを見ているんだろうか?


俺は何の問題もない。

ヴァンを救えなかっただけだ。

あいつに、アルに手も足も出なかっただけだ。

俺はまだ生きてここにいる。

少し疲れただけだ。

だからそんな顔、しないでくれ。

俺はみんなにそんな顔をさせないために力を持つことを選んだんだから。

だからそんな顔しないで笑ってくれ。


ごめんな、みんな。

ごめんな、シルフ。

俺、大切な友達を救えなかったんだ。


そしてそれを最後にリュースティアの意識は途絶えた。




「何よ、これ、、、、。」


再び影によってこの隠れ家まで連れてこられた彼女たちは目の前の光景に思わず言葉を失う。

彼女たちの目の前にいるのはリュースティア。

それも体中を切り刻まれ、その傷口から瘴気のようなものを垂れ流している意識 のないリュースティアだった。

生きているのかすらもわからない。

だが死んではいない、そう信じたい。


「それ以上近づいてはいけない!」


リュースティアに駆け寄ろうとしたが止められた。

四人を静止したのはリュースティアの治療をしている美女。

いや、美男子か?


「私だって少しくらいなら治癒魔法が使えます!それにこんな状態のリュースティアさん、放ってなんておけません!」


男の呼び止める声も聴かずにリュースティアのそばへと近づくリズ。

だが一歩進むごとに体が前に進むことを拒否する。

体が重い。

頭が回る。

あれ、地面が近い?


「リズ!」


急にふらつきそのまま倒れそうになるリズ。

シズが慌てて駆け寄ろうとするが横にいたルノティーナがそれを許さない。

彼女にはリュースティアを犯しているものが何かわかっているらしい。


「だから言ったでしょう。この呪いは普通の人には強すぎる。この娘は少しあてられただけだ。問題はない。」


地面に倒れ込みそうになるリズのことを支えながら男が言う。

そしてそのままリズをシズに押し付ける。

その行動はまるで人間に触りたくないとでも言っているかのように乱暴な扱いだった。

そのことにイラっとするシズだったが場の空気を呼んで突っかかるようなことはしない。


「あなたは誰?返答次第ではあなたを敵とみなすわ。まずリューにぃから離れなさい。」


リズを一瞥し、男が言うように問題がない事を確認し、戦闘態勢に入る。

冷静に状況を見て考えれば男が敵でない事など一目瞭然だ。

だがこんな状態のリュースティアを見ては冷静でいられなかった。

体の奥底から湧き上がる憎悪。

気づくことすらできなかった自分への嫌悪。

誰でもいいから吐き出してしまわないとその黒い感情に呑まれそうだった。


「私は不死の王アンデッドキングの従者、レヴァンだ。見ての通り、リュースティア様を治療している。お前の気持ちも分かるが今は一刻を争う。彼の命を救いたいのであれば今はその刃を収めてくれ。大切な誰かを失う恐怖は私にも分かる。」


剣を向けられながらもその表情に怒りや戸惑いはない。

ただルノティーナを憐れんでいる。

そしてそれと同じくらい自分を憐れんでいるのが分かった。


「あなたも、そう。同じなのね。風太、でてきなさい。」


彼の瞳を見た瞬間にルノティーナの中にあった黒い感情が消えた。

何かを納得したように剣を収める。

そして彼女の相棒、風太を呼び出すのであった。

状況に全くついていけない他の者はただその行動を見ている事しかできなかった。


「主、これは一体?さすがの我でもにこんな場所に呼ぶのは勘弁してもらいたい。しかもこの小僧は我を愚弄した者ではないか。ん?死にかけているようだがこれでは長くはもたんぞ。」


リュースティアを見るなり場の空気も読まずにそんな事をいう。

風太の発言によってリズたちの顔からさらに血の気が引いたのは気のせいではないだろう。

ルノティーナですら空気の読めない相棒に愛想が付きかけた。


「風太、今は黙ってて。それよりもあなたは幻獣でしょ?闇の穢れから私たちを守って。私たちはここにいたいの。何もできないかもしれないけど、リューにぃのそばにいたい。」


何もできない。

掌をきつく結び、己の無力さを噛みしめる。

それはルノティーナだけでなく、他の三人も同じだ。

そして三人の想いも一緒だ。


リュースティアのそばにいたい。

たとえ望まぬ結末を迎えようとも最後の刻まで離れたくない。




「リュー!」


人では決して辿りつくことのできない聖域内で必死にリュースティアの気配を探るシルフ。

今、一瞬だけリュースティアの気配を捕らえる事が出来た。

本当に一瞬、瞬きするかのような時間だったが確かにアレはリュースティアの気配だ。

そして泣くな、そう言っていた気がする。


「ん、ぐす。泣いてないの。シルはリューを助けるの。」


袖で頬に流れた涙を拭い誰に言うわけでもなく、宣言する。

泣きはらした目は赤くはれているが、その瞳には希望が戻りつつあった。

シルフが感じた微かな希望。

それはリュースティアの気配と一緒に流れ込んできたある者の気配だった。


お馬さん!

見つけたの、リューとのつながり!


『お馬さん!返事するの!早く返事しないとただの馬なの!』


支離滅裂だ。

意味がわからない。

それでも必死な事だけはわかる。

そんな必死さが伝わったのそれほど間を置かずに念話がつながった。

もっともこれはシルフがお馬さんとやらに加護を与えたため、そのお馬さんとやらが眷属に近い扱いになっているためにできる芸当だ。

普通なら聖域からの念話は繋がらない。


『これは我が偉大なる主!我が力がご所望とあればこのどこへでもはせ参じましょう。』


『必要なのはシルなの!リューは近くなの⁉リューは無事なの⁉リズは⁉シズは⁉スピネルは⁉ルノティーナは⁉みんなそこにいるの⁉』


そう、シルフが僅かに感じたある者の気配、それはルノティーナの相棒、風太。

風太はユニコーン、つまり幻獣だ。

精霊との親和性が高く、聖域にも出入りできる者がいる。

そのため、多くの精霊は自らの眷属として幻獣を選ぶことが多い。

召喚獣となった風太はどうかは知らないがシルフが加護を授けた以上、他の者達よりはシルフとの共鳴率が一番高いはずだ。

そう思って風太に念話を飛ばしてみたのだがあたりだ。


待望の主からの念話で舞い上がり、息巻く風太。

そしてそれを上回る勢いでまくし立てるシルフ。


『シ、シルフ様、落ち着いてください。皆無事です。小僧はいつまでもつかわかりませぬがその他の者はけがなどしておりません。この風太が皆の無事は保証しましょう。』


『それじゃダメなの!リューも無事じゃないとダメなの!』


『そうは言っても、シルフ様。小僧は呪いの類に侵されております。そこから漏れ出る瘴気が傷の治療を妨げており、ろくに手当もできない様子。』


風太の声には沈痛そうな響きが含まれていた。

いくら気にくわない人間の小僧だろうがそれなりに思うところがあるみたいだ。

もっとも彼のようにシルフは簡単には諦められない。


『ダメなの!お馬さんが瘴気を払えば治療ができるの!早くするの!できないならただの馬なの!みんなの見世物になればいいの!』


『シルフ様、申し訳ない、、。我の力ではお嬢たちが瘴気の影響を受けないようにするのが精いっぱいです。我もこれほどの呪いは見たことがない、これを解呪できるのはそれこそ光の精霊か神くらいのものでしょう。』


風太からの絶望ともいえる現状を伝えられ思わずうつむいてしまう。

だが、まだ終わりではない。

解呪できる。

風太は確かにそう言った。

ならばあとはディーネを信じて待つしかない。

その光の精霊を説得しに行ったもう一人の四大精霊を。

リュースティアと契約を結んだもう一人の仲間を。

今は信じて待つ。

その為にもここ聖域とリュースティア達がいる場所とをつながなくてはならない。


シルフはありったけの魔力を込めて風太の気配を頼りに、転移魔法を試みるのであった。



リュー、今行くの!




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