第70話 勇者のバカンス

「いやー、リュースティア君ってホントに強いんだね。エルに聞いていた通りだ。」


などと感心しているのは勇者様だ。

てか伯爵ぶちのめしてわかったんだけど勇者さん、止める気なかったよね?

あれ少しでも力加減間違えてたら伯爵死んでたんだけど、、、、。


「そんなことないよ。アルの方が強いだろ?」


最初に出逢ったときから感じていた違和感。

目の前の人物にはどうやっても勝てない、がそう思わされた。

レベルで言えばエルの方が上にも関わらず。

弱いのに強い、そんな違和感がずっとあった。


「どうだろう、君が相手を殺すことだけを考えて戦ったらわからないかなぁ。けどそうだね、今の君なら。うん、僕の方が強いよ?」


「つっ!」


強いと言った瞬間に放たれた殺意に気おされる。

異世界に来て初めて死ぬかもしれない、リュースティアがそう思うほどにやつの殺意は半端なかった。

だがリズとシズは何ともない。

リュースティアだけに向けられた殺意だ。

もしかしてこの勇者、やる気か?


「ああごめん、刺激が強かったかな?」


何がだ馬鹿野郎。

異世界に来て初めて三途の川が見えたよ。


「で、結局アルは俺になんの用だ?」


これだけ俺に付きまとっていたんだ。

何か目的があるのだろう。

勇者になれとかだったら全力で断ろう。

死ぬかもしれないけど。


「えっ?別に用はないよ。」


「・・・・・。えっ?」



「だって休暇中だからね。今はこの街で人気の食べ物を探しているんだよ。」


ってのが微妙に引っ掛かるが休暇中であることは間違いなさそうだ。

まぁそもそも服装が冒険者ではない。

普通の市民みたいだ。

てか勇者にも休暇とかあるんだ。

なんかイメージ、もとい夢が崩れる気が、、、、。


「勇者のくせに休んでていいのか?」


「うん。だってついこの前まで国王の指名依頼をこなしてたんだよ?少しくらい休ませてもらわないとさすがの僕も死んじゃう。それに何かあってもみんながいるしね。」


「みんなってエルの事か?」


「うん、僕のパーティ。けどエルはダメ。エルは戦いになると周りが見えないからへたすると魔王よりも被害出すんだよ。」


魔王より被害って、、、。

それはもはやエルを魔王と呼んだ方がいいのではないだろうか。


「ここまでの経緯はわかった。けど休暇中なのになぜ俺に付きまとった?街でうまい食べ物探してればよかったじゃないか。」


「えっ?だって君がいたから。そりゃつけるだろ?」


当たり前でしょ?

みたいなノリで言われても。

普通はつけない。

もしかして知り合いの知り合いは友達とか言うアレか?

悪いけどそれは間違いなく他人だ。

礼儀を弁えてほしい。


「用もないのに勇者に付け回されるこっちの身にもなれよ。けど正体を隠す必要はないんじゃないか?まぁ隠せてなかったけど。」


「普通はこれで隠せるんだよ。認識疎外で外見も分からないようになってるはずだし、魔法で人物鑑定ステイタススルーも誤魔化せるしね。君に対してって言うよりは街の人みんなに対してだね。みんなに勇者ってバレると色々めんどくさいんだ。ねぎらいや感謝ならまだしも恨みつらみの類まである。休みの日くらい普通の人でいたいもん。」


勇者は勇者でなかなか大変そうなんだな。

まぁそれもそうか。

厄災とまで呼ばれる魔王を退治する存在。

しかもアルは実際に魔王を倒している。

市民が憧れるのも無理はないか。


ってあれ?

ちょっと待て。

もし俺が依頼を達成させて不死の王アンデッド・キングを倒したら勇者と同じにならないか?

確か古い時代を生きたとか言ってたよな?

嫌な予感しかしない。

俺、何度も言うけど平穏至上主義なんだよね。


「じゃあもう用はないな?俺たちは宿に戻る。またな。」


勇者も休日らしいしいつまでも時間をつぶさせるわけにはいかないしな。

ゆっくり羽を伸ばしてほしい。


「あっ、待って。リュースティア君は知らないかな?この街で有名な食べ物の事。」


転移する前に引き留められた。

言葉で、とかではなく物理的に。

おい、袖をつかむな。


「俺たちは今日この街に着いたばかりだぞ?知るわけないだろ。そもそもどんな食べ物かわかってるのか?」


「いいや。なんでも食べた事も見たこともない物らしくて詳しい事はわからないんだ。」


よくそれでこんなとこまでこれたな。

行動力ありすぎるだろ。

さすが勇者?なのか。

悪いけど力になれなそうだし、さっさと帰ろう。

なんかどっと疲れた気がする。


「この街は全部みたのに、おかしいなぁ。どこに売っているんだろう。。」


リュースティアは転移する瞬間、アルのそんな声を聴いた。

お前が探してるのってケーキかよ!

だったらここじゃなくてメーゾル領に行けよ。

まぁ俺たちがここにいるから店はやってないんだけどさ。

お菓子を置いてる店ならあるはずだ。

だって外注受けて日持ちするクッキー類を大量に納品したからね。


「よし、じゃあ次はリズな。」


ちなみに転移魔法は一度に自分ともう一人しか運べないのが難点だ。

練度が上がれば増えたりするのかな?

あっ、もちろんアルにケーキがあるのはメーゾル領だという事は教えていない。

一人でたどり着いてくれ。



「ってなんでお前がいるんだよ!」


城を出た後リュースティア達は宿の付近に転移する。

急に宿に現れたら驚かせてしまうだろうし。

それはいい。

だが解せない点が一つ。

なぜかアルがいる。

一緒に転移した覚えなどないがついてきたらしい。

なぜ?


「だってあれでお別れなんて寂しいじゃないか。僕も混ぜてくれよ。一人旅だと退屈なんだ。」


甘えん坊か!

何言ってんのこの人?

勇者だよね。

勇敢な者と書いて勇者。

どこが?


「知るか。さっさとどこへでも行って休暇を楽しんで来いよ。俺は忙しいんだ。」


「休暇を楽しみたいからここに来たんじゃないか。それに君なんだって?うわさのけぇきを作ってるのは。」


こいつどこでそれを。

はい、リズさんダウト!

顔を逸らさない!


「わかったよ。じゃあケーキやるからそれでいいだろ。もう帰れよ。」


「リュースティア君⁉冷たいよそれは。せめて一緒に食べようとかないのかい?僕は寂しいよ。」


可愛い女の子なら喜んで一緒に食べたいんだけどさ。

あっ、ルノティーナは別で。

あいつ顔は可愛いけどうるさいんだよ。

それにバカだし。

わき道にずれたが男を誘う気はない。


「知るかバカ、帰れ。」


「だから帰らないって。あっ、ここだね。リュースティア君たちが借りてる宿。」


そう言って勝手に宿に入る勇者。

もういいよ。

どうせ何言っても聞かないんでしょ?


とまあこんな感じで諦めたのだがリュースティアはのちにその決断を後悔することになる。

この時のリュースティアは忘れていたのだ。

家に残してきたもう一人のSランク冒険者バカを。





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