第67話 THE モブ オブ 伯爵


「ではリュースティアさん、行ってきますね。なんだかこういうの久しぶりな気がします。」


「ほんとよねー。こういうのが嫌で冒険者になったのに。」


豪華なドレスに身を包んだリズとシズが言う。

なんでも二人はこれからプトン伯爵に挨拶に行かなければならないらしい。

貴族としての地位を使って入領したため最低限の義務は果たさなければならない。

それがメウ王国の貴族というのもらしい。


入領した際に伯爵へ使いの者を出していたというから驚きだ。

二人がそんなことしていたなんて全くきがつかなかった。

まあ二人が来ているドレスを用意したのは俺なんだけどさ。


「ああ、気を付けてな。それよりも土産の品が俺の作ったお菓子と魔道具アーティファクトでほんとによかったのか?」


そうなのだ。

リズたちが土産に選んだのは豪華な宝石や貴重な書物の類ではなく一介のパティシエが作ったお菓子と魔道具アーティファクト

無作法にならないか心配なのである。


「大丈夫ですよ。今メーゾル領で人気のお菓子は他の領主たちも興味を持っているという話ですから。」


「そうそう、それにあんたの魔道具アーティファクトなら国宝級よ。むしろ過剰なくらいだわ。」


そういうものなんだろうか?

とはいっても、あまりこの国の作法に詳しくないのでこれ以上口ははさめない。

2人に任せよう。


「まあ二人がいいなら。それよりもルノティーナはいかなくていいのか?Sランク冒険者って貴族扱いなんだろ?」


以前にそんなような話を聞いたことがあったのでソファーでのんびりくつろいでるルノティーナに声をかけてみた。

いくら他に人がいない宿だからってくつろぎすぎだと思う。

顔がゆるゆるだ。


「ふぇ?ああいいのいいの。貴族扱いって言っても名誉貴族みたいなもんだしね。それに私あの人苦手なのよねー。」


ルノティーナが苦手だと?

そいつはどんな化け物なんだ。

興味でてきた。


「まあ確かにそうかもしれませんが一応貴族としての義務は果たすべきだと思いますよ?」


「いいのいいの。そんな堅苦しいの性に合わないわ。それに今私が言ったら仕事サボってるのバレちゃうじゃない。」


リズが一応窘めるもののどこ吹く風だ。

と言うか仕事サボってる自覚はあったんだな。

自覚あるなら仕事しろ。




「じゃあスピネル、俺たちは食べ歩きにでも行くか。リズたちになんかあれば使役獣から連絡入るだろうしな。」


リュースティアの言う使役獣とはシルフの森にすむ獣の事だ。

その森の源泉を支配することの特典として森に属するものの使役が可能になった。

本当ならシルフかディーネを付けたかったのだが未だに戻っていない。

なので森から適当な奴を呼び出した。

念話はできないが意思の疎通くらいならできる。


「・・・。」


返事のないスピネルを疑問に思って見てみると視線が一点にくぎ付けされていた。

スピネルが見ていたのはルノティーナ用に呼び出した使役獣だった。

もしかしてスピネルもほしいのかな?


「ほら、スピネル。こいつがお前の相棒だ。可愛がってやれよ。」


そう言ってリュースティアが森から呼び出したのはハリネズミのような小動物。

一応魔物ではあるがその戦闘力は普通の動物と言っても遜色ない。

ただ魔物の中ではとりわけ知性が高く、使役して斥候用に育てる者が多いらしい。

高い人気を誇る理由は何より、かわいい。

魔物の癖にかわいいのだ。

守りたくなるような愛くるしい見た目に大きなクリクリの目。

普通にかわいい。


「ありがと。」


リュースティアからハリネズミもどきを受け取り嬉しそうに抱きかかえるスピネル。

尻尾がはち切れそうなくらいに揺れている。

うん、喜んでくれて何よりだよ。


「じゃあ行くか。」


そう言ってスピネルに手を差し出す。


「ん!」


嬉しそうにスピネルはその手を取った。


「う、うらやましい。私も遊びに連れてってよーーー。」


宿から出ていく2人を恨めしそうな声が追う。

声の主はリュースティアに強制的に仕事をやる事を約束させられたルノティーナである。

もっとも強制的に約束をさせるためにリュースティアが何をしたのかを知るものは当人たちだけだった。



「よく来た。ポワロの娘たちよ。それにしても今回は何用でここまで来たのだ?こんな泥臭い場所は伯爵令嬢には似あわんだろうに。」


かしこまるリズたちの前で豪快に手土産のお菓子にかぶりつきながらそんなことをいうのはプトン伯爵領の領主、プトン伯爵である。

ちなみに今回リュースティアが渡したお菓子と言うのはカスタードクリームたっぷりの包みパイだ。

中にはフルーツを入れてあり、程よい酸味とカスタードのまろやかな甘みが絶妙な一品だ。

その他にも定番のプリンや日持ちのするクッキー類を渡してある。


「ええ、まあ。私たちは今回、付き添いみたいなものです。」


「五代冒険者依頼の、であろう?」


ニヤリ顔でそんなことを言うプトン伯爵はなるほど、事情を知っているらしい。

変な事を考えていなければいいんだけど。

なんとなく不安を覚えるリズだった。


「知ってたのね。さすが元冒険者。相変わらずそっち関係は耳が早いこと。」


プトン伯爵にいい思い出のないシズが皮肉を込めてそんなことを言う。


「ん、なんだ?まだこの前の事を根に持ってるのか?そう警戒せんでもいい。それよりもお転婆な奴らだと思ってはいたが冒険者にまでなるとはな。ポワロも苦労する。」


だがシズの皮肉など意に返さない。

だからこの人は嫌いなんだ、そう言い返してやろうと思ったがやめた。

多分ろくなことにならない。

そう思いなおしたシズは黙り、代わりにリズが答える。


「お父様は関係ないじゃないですか。それにこれは私たちの意思です。そして今回この旅についてきたのも。ですが知っているのでしたら話は早いですね。ご存じの通り私たちは冒険者依頼の途中ですので失礼します。」


これ以上ここにいても得るものはなにもない、そう思って冒険者依頼を口実に退席させてもらう事にした。

シズはすでに席を立っている。

いくら嫌いだからといってさすがに早くないかしら?


「男か?」


シズに倣って席を立ったリズは伯爵の一言で動きを止める。


「なんの事でしょうか?」


伯爵が何をしようとしているの想像できるがその誘いに乗るわけにはいかない。


「フン、とぼけなくてもいい。惚れた男についてきたのだろう?俺からの求婚を散々断り続けたじゃじゃ馬たちが惚れた男。興味がある。ここに連れてこい。」


「嫌よ。リュースティアをあなたの遊びに巻き込まないで。言ったでしょう?私たちにはやる事があるの。」


リズは頭を抱える。

双子の妹はここまで馬鹿だっただろうか?

エルランド様やティナの脳筋に感染しつつあるのかもしれない。

ここでリュースティアさんの名前を言うなんて相手の思うツボじゃない!


「そいつはリュースティアと言うのか。さあどうする?名前さえ分かれあばあとはどうにでもなる。無事にこの街から出たければリュースティアと言う男を連れてこい。半刻待ってやろう。」


ほら!

もう、シズの馬鹿。

どうするのよ、この状況。

下手なことすればメーゾル領にも迷惑がかかる。


「相変わらず勝手ね。」


シズもじゅうぶん勝手よ!

リズの心の叫びは届かない。


「何を言う。それは強者にのみ許された特権だ。」


悔しいけどプトン伯爵の言う通りだ。

力を持つものは何をしても許される。

というよりは止められる人間がいない。

だからこそ力のある者は力におぼれてはいけないのだ。

けれど大抵の人は自らの力におぼれてしまう。

そんな中で自らの力を律し、他人の為にのみ力を振るうことのできる人間こそ真の強者と言える。

リュースティアがまさしくそれだ。


リズは面倒事を嫌うリュースティアに内心で謝罪の言葉を述べ、もしもの時の為にと渡された召喚獣に緊急信号を頼む。

これでリュースティアさんに連絡が入る。

やさしいリュースティアさんのことだ、すぐに駆け付けてくれる。


申し訳なさで胸をいっぱいにしながらもリズの心は満たされていた。

好きな人が自分の為に駆けつけてくれる。

たとえそれが好きな人の為でなく、仲間の為であってもうれしい。


今回の旅で確信した。

リズはリュースティアが大好きだ。

どんなに届かない思いだとしても諦めることは絶対にない。




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