第59話 冒険者とパティシエの朝は早い

「ふ、ふぁー。おはよう、ってリュースティアさん朝早いのね。」


リュースティアがお店用の仕込みをしていると厨房の扉からルノティーナが顔を覗かせた。

朝早いって言うけどルノティーナも十分早いだろ。

まだ日も昇っていないぞ。


「おはよう、ルノティーナもずいぶん早いな。よく眠れなかったか?」


「ううん、ぐっすりよ。私はいつもこの時間に起きて鍛錬してるのよ。やっぱり冒険者なら常に鍛えておかないとでしょ?」


意外と真面目だ。

まあ冒険者なんだし鍛錬を怠る=死ぬ危険性が上がる、だもんな。

現に俺だって毎日鍛錬は欠かさずに行っているしな。


「そっか、なら裏庭のスペース使ってくれ。派手にやりたいなら結界張るけどどうする?」


できれば結界を張らせてほしい。

こいつの事だ、絶対にやりすぎる。


「そうねー。今日は用事もあるし早めに切り上げるつもりだったけど気が変わったわ。ねぇ、少し付き合わない?」


「付き合わない。見てわかるだろ?店の準備で今忙しいんだよ。結界張っとくから勝手にやってくれ。」


言うと思ったよ。

だってあのエルの妹だもん。

いつか絶対手合わせしたいって言われると思ってたよ。

まさか早朝とは思わなかったけど。


「何よ、ケチ。少しくらいいいじゃない。それにリュースティアさんなら準備なんてすぐ終わるんでしょ?リズちゃん達がすごいって褒めてたもの。」


あいつら余計なこと言いやがって。

まあ事実店の準備自体はもう終わってる。

今は朝食の準備と試作をしているだけなので時間は、ある。


「はぁ。しょうがない、少しだけだぞ?ルノティーナも剣を使うのか?」


「ええ、私は二刀小太刀を使うわ。それより、ルノティーナじゃなくてティナ。親しい人はみんなそう呼ぶの。」


二刀小太刀?

なんか日本っぽい武器出た来たな。

小太刀って殺傷能力低いけどどうやって戦うんだろ?

さすがに直線的な攻撃ではないと思うけど。

いや、馬鹿なこいつならあり得るか?


「はいはい、じゃあ木剣を使った模擬戦で良いか?」


「ええ、いいわ。なんでもありの死合しあいね!」


ん?

なんか漢字の変換違くね?

殺し合いでもするきなのか?

兄といい、妹といい、この兄妹は血の気が多すぎやしないかね?



「じゃあいいか?行くぞ。」


そう言って木剣を構えるリュースティア。

もちろん軽く準備運動をしてからだ。

怪我なんてしないと思うけど一応、ね?


「ええ!じゃあこっちから行くわよ。」


そう言って正面に構えた剣の切っ先をこちらへ向ける。

来るか?

そう思った瞬間、彼女の姿が消えた。

否、消えたのではなく視界に捉えられないスピードで接近してきたのだ。

縮地かな?

そんなことを考えつつ振り下ろされた剣を受ける。


「思っていたより早いな。」


「そう言うリュースティアさんもこの速さについてくるなんてやるわね。」


一瞬で剣を交えると次の瞬間にはすでにルノティーナは背後に回り横なぎを繰り出していた。

それもなんなく躱す。


「早いけど単調すぎるな。」


「ふん、何の!じゃあこれならどう⁉」


おお、分身した。

いや、これは高速で動くことで残像を作りだしているだけか。

確かにこれなら本体がわからない。

普通ならって条件付きだけどな。


「なかなかやるなぁ。でもバレバレ。」


残像に紛れて攻撃をしてくる本体のみに反撃をする。

スピードはあるんだけその分攻撃自体は軽い。

だから簡単に弾き返せる。

それにスピードに頼り切った戦い方のため回避は良いが攻撃を受けなれていない。

剣を交える度にバランスを崩していた。


そんなんじゃ力の強い奴となんてまともに戦えないんじゃないか?

いや、まともに戦えないからこそのこのスピードなのか。

うん、でもこのスピードについてこられたら一気に勝機はなくなりそうだな。


「なんっで。はぁはぁ、あたらない、のよ。」


息を切らしながらも攻撃の手を緩めないルノティーナ。

さすがに粘るな。

でもそろそろチェックメイトだ。




「はぁはぁ。もう無理!指の一本も動かせないわ。」


数回の立ち合いの後ルノティーナが音を上げた。

すでに日は昇っているから小一時間は模擬戦をしていたことになる。

さすがSランク、体力はそれなりにある。


「うん、いい汗かいたな。じゃあ俺はみんなの朝食作りにいくからゆっくり休んでていいぞ。」


出てもない汗をぬぐいながらそんなことを言う。

きっとリズたちがこの様子を見たらこう言うだろう。

”しらじらしい。”


「ちっとも本気出してないくせによく言うわ。それにしてもリュースティアさんほんとに強いわね。想像以上で驚いたわ。リュースティアさんならギルドマスターの推薦さえあればSランクになれるんじゃないかしら?」


それがさ、あるんだよ、推薦。

ついでに領主さんからのもな。

かなりめんどくさいクエストをしないといけないんだけどさ。

でもさぁ、ルノティーナがSランクなんだろ?

Aランクのエルの方が断然強い。


「これでも嫌って程エルに鍛えられたからな。でもSランクなんて興味ないし、冒険者続けるつもりもないからな。」


「えっ、嘘!冒険者辞めちゃうの?もったいない。リュースティアさんなら勇者にでもなれそうなのに。」


またその話か。

兄弟ってどこまでも似るんだな。


「はいはい。でもさ、ティナとエルだとエルの方が強いよな?何でエルはAランクでティナがSランクなんだ?」


あとでラニアさんにランクの基準を聞こうと思っていたのだがいい機会だし聞いておこう。


「ああそれね。ランクには実力だけじゃなくて依頼達成数も加味されるの。でもお兄ちゃんは好きな依頼しかやらないから基準の数に満たないのよ。それも強者と戦えるものしか選ばないから。だからAランクではあるけど実力的にはSランク以上よ。」


「ふーん。ただ強いだけじゃダメなんだな。まあ俺には関係ないけど。」


なるほどな、Aランクの理由がなんともエルらしい。

でもそれじゃあいくら推薦があっても俺Sランクになれなくね?

だって俺、そんなに依頼こなす気ない。



「ふう、ごちそう様!リュースティアさんって料理もできるのね。」


「今日も美味しかったです。」


朝食を終え、一息つく。

まだお店のオープンまで時間もある。

ルノティーナの鍛錬に付き合ったにしては時間に余裕があった。


「さてと、じゃあ私はもう行くわね。今日は仕事があるから。」


そう言ってルノティーナが席を立った。

そっか、そういえば仕事でこの街に来たって言ってたな。

うん、もう戻ってこなくていいぞ。


「ちゃっちゃと仕事終わらせて戻って来るからけぇきっやつ残しておいてね!」


あっ、帰ってくるのね。

ていうかもう家に居候することは確定なんだ。


「ええ、行ってらっしゃい。」


「リュースティアさんのケーキでも特別美味しいものを残しておきますね。」


うわー、すごく仲良くなってんじゃん。

ってことはこれもう完全に決まりやん。

2人を味方に付けたら俺もう逆らえないよ。




午前中のピークも終わり、お店が落ち着いたころ店に来客があった。


「失礼、こちらにリュースティア殿と言う方はいらっしゃいますか?」


そいつはギルドマスターからの使者だった。

なんでもギルドマスターから呼んで来いと言われたらしい。

あのおっさん急に何の用だ?


「俺がリュースティアだけど、何の用かわかりますか?」


おっさんからの呼び出しには二度と答えないと決めていたんだけどな。

疫病神の呼び出しなんて面倒事以外に何もない。


「詳しくは聞いていませんが、なんでも冒険者依頼の件だとか。」


冒険者依頼の件?

ってことはあれだよな、五大冒険者依頼ごだいクエストのことだよな。

詳細をついに話す気になったってことか。

まあそれはいいんだけどさ、めんどくさい。


「わかりました。ギルドへ行く日時は?」


「今スグに、だそうです。」


はいはい、そう言うだろうと思ってたよ。

暴君だもんな、あのおっさん。


「ってことだからあとは任せてもいいか?」


「はい、任せてください!」


元気よく返事してくれたリズには申し訳ないがとても心配だよ。

くれぐれも店を壊すなよ?



「おう、来たか。今日は紹介させたい奴がいるんだ。というかこいつが今回の依頼の責任者みたいなやつだな。」


五大冒険者依頼ともなると責任者なんてものがいるんだな。

というかこの責任者を呼ぶために説明までの時間がかかったのか。

ただ単に情報を集めるための時間かと思っていたよ。


「で、この小僧が今回ラウス様より依頼を受けて五大冒険者依頼に挑む奴だ。生意気な奴だが強力してやってほしい。」


「ふんふんふーん。ようやくお出ましね!どんな人なのかしら。」


ん?

この声、聞いたことあるぞ。

と言うかついさっきまで家にいた気が、、、、。


「ってリュースティアさんじゃない!五大冒険者依頼に挑む冒険者ってあなただったのね。」


やっぱり。

責任者はよく知る人物、ルノティーナ・ヴィルムだった。


少し、いや、かなり、今回の冒険者依頼に不安を覚えた、、、、。





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