初めてのお使い大戦争
リュースティアが森の浄化に奮闘している頃、屋敷に残された少女たちはリュースティアにとある使命を任されていた。
「もっと右なの。」
「・・・・・こう?」
「そこなの!いい感じにできたの。」
リュースティアに任された使命、それは屋敷を誕生日パーティ用に飾り付けることだ。
大体のイメージ図はリュースティアから受け取っているが基本的には好きなようにしていいと言われているので三人、特にシルフは気合十分だ。
「どうじゃ。妾もできたぞ。」
そう言ってディーネが見せてきたのは紙で作った花だ。
どうやって作ったのか問い質したいほどにリアルだ。
とても紙で作ったとは思えない。
「・・・きれい。」
「ほしいのであればお主にやろう。飾るものはまた作ればよい。」
飾りの花に見惚れていたスピネルにそんな事を言うとスピネルは顔を輝かせる。
それを見てシルフもほしいと言い出したのでディーネはシルフの分も作ってやる。
こういうところはさすが女の子と言うべきだろう。
冒険なんかよりもよほど向いている。
大きなトラブルもなく部屋の装飾を終え、次に頼まれた買い出しへと向かう。
あらかじめお小遣いとしてある程度のお金はもらっているので買い出しくらいならば不自由はしないはずだ。
「買い物なの!お野菜に果物、お肉にお魚。みーんなシルのなの。」
「まったく、えらいはしゃぎようじゃな。よく疲れぬものじゃ。」
はしゃぎながらあっちへふらふら、こっちへふらふら。
楽しそうに露店を回るシルフを見ながらディーネがそんなことを言う。
いくら見た目が少女でもやはり長い時を生きる精霊なのだろう。
中身は見た目ほど若くないみたいだ。
「む?どうしたのじゃ、スピネル?」
買い物を済ませ帰ろうとしているとスピネルがいない事に気付く。
そしてあたりを見渡すとある露店の前で立ち止まっているスピネルを見つけた。
「・・・・あれ。」
そう言ってスピネルが指したところにはかわいらしいヘアピンが置いてあった。
二つで一つ、対になっているものらしく、デザインも色も似た造りになっている。
まるで双子のようだ。
「あのヘアピンが欲しいのか?」
ディーネは財布の中身を確認しながらスピネルに聞く。
残金は少ないがあれくらいなら買ってやれぬこともなかろう。
「・・・・ううん。あれリズとシズみたい。だから2人に。」
「確かに言われてみればそうじゃの。ご主人様も誕生日とは贈り物をするものじゃと言っておったしな。妾たちからの贈り物として一つ買うていくか。すまぬ、そこのヘアピンを買いたいのじゃがいくらじゃ?」
スピネルが言いたいであろうことを理解したディーネはスピネルに微笑みながら露店の店主へと声をかける。
「ああ、そいつは銀貨1枚と銅貨20枚だな。」
「それはちいと高すぎるのではないか?」
財布の中身を確認し、顔をしかめる。
財布の中には銀貨1枚分もない。
「値引きには応じられねぇな。そいつは王都の職人が作ったもんでな、この値段でも安いくらいだ。」
そう言って店主は買えないなら帰りな、とでもいうように手をはらう仕草をする。
だがせっかく見つけたものをやすやすと逃す3人ではない。
「お主たちはあといくら持っておる?」
露店の前でディーネがシルフとスピネルに確認する。
今日の買い出しでお金をだいぶ使ってしまったこともあり、二人も大した金額は持っていなかった。
3人の所持金を合わせても銀貨1枚とちょっとだ。
あの店主に少しでも値引かせることができれば買える。
「おやじよ、すまぬが先ほどのヘアピンを銀貨1枚で売ってはくれぬか?」
「ダメだって言ってるだろ?それじゃ商売にならないんだよ。」
取りつく島もなくそういう店主。
だが今回はこちらにも考えがある。
「では残りは金銭以外で払おう。それでどうじゃ?」
「金銭以外だと。なにで払う気だ?言っとくが俺は善人な商人何でな、やばそうなもんならお断りだぞ。」
いきなり金銭以外で支払いをすると言い出した少女を訝しむ店主。
「なに、変なものではない。これじゃ。」
そう言ってディーネが出したものはリュースティアが作ったお菓子。
つまりPâtisserie-Aventureの商品だ。
「そいつは最近できた店のもんじゃねえか。人気すぎて毎日大行列ができてるって聞いたがよく買えたな。」
店主が関心したようにそんなことを言う。
どうやら自分で言うだけあって本当に善良な商人のようだ。
「しかもこれはその店で出したばかりの新商品じゃ。これだけで銀貨1枚分の価値はあるぞ。後生じゃ、これと銀貨1枚でそのヘアピンを売ってはくれぬか?」
お菓子の魅力を最大限アピールし再び交渉する。
店主の顔からも気持ちが傾いていることが分かる。
「こんないいもんを代価に渡されちゃ売るしかねえな。だが嬢ちゃんたちは良いのか?せっかく手に入れられたもんを俺なんかに渡しちまって。」
店主がこちらを気遣うようにそんなことを聞いてくる。
やっぱりいい人だ。
こんなにいい人なら少しくらいまけてくれたっていいのに。
「大丈夫なの!だってリューが、」
「気にするでない。また並べばよいだけじゃ。それよりもこれが代金じゃ。約束通りヘアピンはもらい受けるからの。」
余計なことを口走りそうになったシルフの口を押え、ディーネは代金を店主に押し付けるとヘアピンを受け取り逃げるようにしてその場を去る。
結局、最後の最後までわけがわからない店主なのであった。
「お主ときたら余計なことを言うではない。あそこでいつでも手に入るなどと言えばお菓子の価値がなくなるではないか。」
露店から離れるとディーネはシルフに軽く説教をする。
だがシルフは何を怒られているのかわかっていないらしい。
「リューのお菓子はいつでも美味しいの。だからお菓子の価値はいつも変わらないの。」
「もうよい。無事にヘアピン手に入ったことじゃ、今とやかく言う必要はないじゃろう。それよりもご主人様が待っておる。はよう帰るべきじゃな。」
シルフの幼さでは理解させるほうが難儀だと思いなおす。
それに先ほどご主人様から無事に浄化が終わりすでに屋敷に戻っていると連絡があった。
リズたちに伝えた時刻も迫ってきていることだし、急いだほうがよさそうだ。
「変なディーネなの。」
「・・・・ディーネはいつも変。」
後ろからそんな言葉が聞こえてきたが聞こえてないふりをしつつ帰路を急かす。
お主ら、いつか覚えておくのじゃぞ?
*
「おかえり。買い出しは問題なかったか?」
3人が屋敷へ戻るといつもと同じようにリュースティアが迎えてくれた。
そしていつものようにシルフがその胸に飛び込む。
「ただいまなの!」
「・・・・これ。」
スピネルがそう言って先ほど買ったヘアピンをリュースティアに見せている。
あまり表情に変化がないので分かりづらいがあれは得意げな顔だ。
「ん、どうしたんだそのヘアピン?あっ、もしかしてスピネルたちもリズたちにプレゼント買って来たのか?」
さすが義理ではあるがスピネルの父親。
たった一言でスピネルが言おうとしていたことを理解したらしい。
やさしいな、そんなことを言いながらスピネルの頭をなでる。
「ん。」
スピネルもリュースティアに褒められて嬉しそうだ。
銀色の尻尾が嬉しそうに揺れている。
尻尾は素直だ。
「ディーネもご苦労様。こいつらの面倒見るの疲れただろ?」
「シルは自分の面倒は自分で見れるの!」
シルフがリュースティアの言葉は心外だとでも言うように抗議をしているがおそらくこの中で一番迷惑をかけているのは多分、君だよ?
「気にするでない。妾もたいした事はしておらぬしな。それにご主人様が妾の頬をすこーし叩いてくれるだけで疲れなんぞ一気に吹き飛ぶのじゃが?」
憤慨しているシルフを苦笑いで見つめながらディーネがそんなことを言う。
今日はいいお姉さんだったののに台無しだよ。
まあそれがディーネらしいっちゃらしいんだけどさ。
「ったく、馬鹿な事言ってないでさっさと残りの準備するぞ。早くしないと2人が帰って来ちゃうしな。」
呆れつつも3人にやさしい笑みを向ける。
その瞳は本当の家族を見つめるようなとても暖かいものだった。
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