炎竜王 エルランド・ヴィルム
弱ぇ。
弱ぇ。
弱ぇ。
こいつも、こいつも。
どいつもこいつも弱すぎる。
これじゃあ暇つぶしにもなりゃしねえ。
誰でもいい、俺を楽しませてくれよ。
炎竜王とも揶揄されるAランク冒険者、エルランド・ヴィルムは退屈していた。
そしてそれと同じくらい強者に飢えている。
昔はまだよかった。
自分自身のレベルが低いこともあったが勇者パーティの一員として魔王軍の猛者たちと毎日のように様々な場所で戦い、日々命を懸けていた。
昔は誰もが生き残ることに必死でそれこそ死に物狂いで強くなろうとしていた。
それが魔王を倒した今となってはどうだ?
すっかり平和ボケしちまってろくな目をしたやつがいない。
どいつもこいつも与えられた平和に満足していやがる。
もちろん戦いに明け暮れていた時代の方がよかったなどと言うつもりはない、平和が一番だ。
だが、それでもあの戦いの日々に想いを馳せてしまう。
退屈だ。
*
「ったく、あの婆も人使いが荒い。なにが次世代の勇者だ。今の時代にそんな器の奴がいるわけねぇのに。」
そんな愚痴をこぼすのは西にある王都から最果てのメーゾル領まで“次世代の勇者”を探す任を帯びたエルランドである。
彼は同じく勇者パーティの一員であり、賢者の称号を持つエルフに命令されこの地にやってきた。
賢者”ルイント・セイモア”によればこの地でなにか、時代が動く出来事が起こるらしい。
そしてそれには大いなる力を持ったものが関わっているはずだ、という事なのでそのどこのどいつかも、現れるのかすらわからないような奴をわざわざ勇者候補としてこんな辺境の地まで勧誘しに来たのだ。
エルランドが愚痴をこぼすのは無理もない。
「そもそも何で俺なんだよ。こういうのはネアとかギルにでもやらせておけばいいのに。だいたい何が勇者パーティ、、、」
「いつまで文句を言っている?いい加減にしろ。」
エルランドがいつまでもぐちぐち文句を言っているのを見かねてか、エルランドが持っていた連絡用アーティファクトからルイント・セイモアのこえが聞こえる。
「うわ、婆。人の愚痴を聞いてるなんて相変わらず言い趣味とは言えねーな。」
「はあ、相変わらず口の減らないガキが。少しはネアを見習え。それよりも連絡だ。王から今回の任において貴様の力を行使する許可が出た。あくまで地形、人々、その他の生態系の影響を及ぼさない範囲内でだがな。」
うぉ、マジか!
どうした、王様?
ずいぶんな大盤振る舞いじゃないか。
それはいいんだが、俺が本気を出せるような相手がいると思ってるのか?
「ここら辺の奴らじゃ弱すぎて本気なんて出せねえけどな。何ならルイも来いよ。そうすりゃ任務ってことで殺り合える。
「相変わらずの戦闘狂か。あいにく私は忙しい。それに心配しなくてもお前の相手は必ず現れる。」
「なんでそう言い切れるんだよ?」
「王のもとに信託が下りたらしい。現段階では善か悪かの判断はできないらしいがとてつもない力を持っているのは間違いないらしい。そしてそいつの運命と最も深く交差するのがお前らしい。その他の信託については秘密主義者の王らしく教えてはくれなかったがな。」
エルランドがルイセントの言葉に突っかかるが詳しいことは彼女も知らないみたいだ。
エルランドを含む勇者パーティは彼らを含めて6人いる。
魔王を倒した勇者と言うだけあって王国とのつながりは濃く、地位を保証してももらう代わりに王様直属のパーティとなっている。
故に制限も多いが基本的には好き放題していても問題ない。
先ほどの本気云々も王様に課せられている制限の一つだ。
勇者パーティの面々が本気を出せば町一つが簡単に滅びるからな。
「信託ねー。俺たちの時もそうだったがあまり鵜呑みにするのは危険だな。」
エルランドがそうぼやくのも無理はない。
勇者パーティが魔王討伐に動いていた時にも信託が何回か降りたのだが半分くらいはひどい目にあった。
信託はあくまで神の言葉なので受け取り手によってはうまく伝わらなかったり、神による思惑があったりして常にいろいろな解釈を強いられる。
「それは私も同感だ。だが何かあるような気がしてならない。胸騒ぎと言うか、期待と言うか。とにかく何かある気だけはする。」
「ふーん。それは数千年生きた賢者の勘か?それとも女の勘か?」
エルランドが数千年生きたと言ったあたりでアーティファクト越しにもわかるくらいにルイセントの眉が吊り上がるのを感じた。
彼女はエルフと言う長命な種族である上に、その中でも賢者と言う称号を与えられたハイエルフ。
それゆえに他のエルフよりも長い時を生きている。
「両方だ。くれぐれも油断するな。」
「女の勘なら信じるには十分だ。楽しみにしてろよ?王都に帰ったら俺の武勇伝をたっぷり聞かせてやるぜ。」
貴様の武勇伝は願い下げだが検討を祈る、と言う言葉を最後に通信用のアーティファクトが切れた。
王都からだいぶ距離があるのでそろそろ魔力が限界だったのだろう。
ルイセントに言われた日までまだ時間がある。
腕ならしに魔物でも狩って待ってるか。
*
ルイセントとの最初の通信から4日が過ぎた。
信託にあった日はすでにすぎている。
だが信託と言ってもそこまで正確ではないので数日くらいは誤差の範囲内だろう。
今日も空振りか、そう思って川沿いに張った野営地に引き返そうとする。
そんな時だった。
数キロ先、メーゾルに近い森から大きな魔力の流れを感知する。
そして少し遅れてから何か大きな物が倒れる音がした。
「なんだ?誰かが魔物でも狩ってんのか。それにしても魔力の扱い方が下手くそすぎる。気づいちまったもんを放置すんのは性に合わねえし、死なない程度に助けに言ってやるか。」
エルランドの魔力感知スキルに反応したのは冒険者登録を済ませ、魔法の試し打ちに来ていたリュースティアである。
まさか魔法の試し打ちだとは露ほどにも思わず、魔力の使い方から魔物に襲われてパニックに陥っていると解釈したエルランドが助けに行くようだ。
「なんなんだ、あいつは?」
エルランドがリュースティアを見た第一声がそれだった。
それもそのはず、リュースティアはこちらの世界ではありえないようなことをやっていた。
まず、精霊と思しき存在に魔法の教えを乞うていること。
そして、おそらく初めて使ったであろう魔法をすべて一発で成功させていること。
さらにその魔法行使の際に詠唱を一切していないこと。
無詠唱での魔法行使はエルランドにもできないことはないが消費魔力が大きすぎるので初級魔法が限界だ。
中級以上になると発動しても半分くらいの威力になってしまうし、下手をすると魔力枯渇で死んでしまう。
それなのにこの男は初級から上級まですべて無詠唱で行使している。
さらには最上級魔法まで無詠唱で行使し始めた。
ワケガワカラナイ。
他にも上げるとすればこれだけの魔法を使えるくせに魔力制御や魔力感知、魔力操作ができないらしいとか。
一切尽きることのない魔力とか。
これほどの魔法があるのに動きが素人であることとか。
冒険者と言うよりは町人らしい恰好をしているという事とか。
休憩したと思ったら鉄くずから剣を作りだしたりとか。
もうどこからツッコめばいいかわからない。
故にエルランドはこの男について疑問を持つことをやめた。
そしてこの男こそが信託にあった人物だと確信する。
これはリュースティアが目の前でありえないことを次々とやっていたからではなく、エルランドの本能とも呼べるなにかがそう告げてきた。
「面白くなってきたな。これは王様が本気を出すことを許可してくれてよかったかもな。」
そんなことをつぶやきながらしばらくリュースティアの事を見守る。
万一にも気づかれないように十分に距離を取り、気配遮断まで使っていいる。
どうやって接触しようか、などと考えていると男に動きがあった。
いつの間にかヘルハウンドの群れに囲まれている。
彼の魔法なら瞬殺できるだろうがなぜか劣勢だ。
疑問に思いながらもしばらく観察していると謎が解けた。
彼の動きを見ていると戦い方がまるでなっていなかった。
剣の持ち方、立ち位置、立ち振る舞い、攻撃のいなし方、何をどう見ても素人以下だ。
「遊んでんのか?」
そんなことを思いつつもここで死なれても困るので加勢しようとそちらに向かう。
しかしエルランドが現場に着いたときにはまる焦げのヘルハウンドがいるだけですでに戦いは終了していた。
どうやら魔法を使ったらしい。
初めからそうしろよ!などと思いながらも絶好のタイミングを逃すまいとこの場から去ろうとしている彼に声をかける。
「なんだよ、別に逃げなくたっていいだろ?」
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