第32話 平穏至上主義


「いや、ならないから。」


「・・・・・。」


「リュースティア、俺との修行に耐え、試練を突破したお前には勇者になる素質がある!次世代の勇者候補として俺と共に来い。」


まさか勇者になれと言われて断るやつなんているわけがない。

だからきっと聞き間違えかそうでなければ幻聴に決まっている。

そう思ったからこそエルランドは何もなかったかのように同じ言葉を繰り返す。


「いや、だからなんども言うけど勇者になる気なんてないから。」


だがリュースティアの答えはやはり聞き間違えなどではなく、はっきりと勇者になる気はないと言っている。

しかも勇者と言う言葉に興味すらなさそうだ。


「な、ななななぜだ⁉勇者なんてなりたくてもなれるもんじゃない。誰もが憧れるもんだろ!それに勇者になれば金も地位も名声も女だって手にはいる。それにいくらでも強い奴らと戦える。どうだ?俺と一緒に来い。」


戦闘狂のお前と一緒にするなと怒鳴りたくなる。

いつから俺が戦闘好きになった、、、。

それに何度も言うが俺の目的は平凡に生きることだからな?

勇者になんてなったら平凡どころじゃなくなるだろ。

それに俺は戦闘狂でもなければ聖人君主じゃない。

強い奴と戦いたいとか微塵も思っていないし、目の前で困っているならともかくそれ以外で他人にまで救いの手を差し伸べるほど余裕もない。

それに生憎だがこの世界に生きる人々の為に懸ける命なんて持ち合わせていない。

自分一人で精一杯だ。


「しつこい。俺は村人Aでいいんだよ。エルと修行したのも強くなりたいわけじゃなくて生き残る術を磨くためだったしな。」


「そうかもしれないが。リュー、お前には力がある。ならその力で人々を守ってやりたいとは思わないのか?」


エルランドがそんなことを言ってくる。

言いたいことはわかるんだが、俺が守りたいのはリズとシズ、それに街で出会った人達だ。

みんなを守ろうとして本当に大切な人を大切な時に守れなかったなんて後悔は絶対にしたくない。

それに俺はみんなを救うために力を欲したわけじゃない。

自分を、リズたちを守る為に力を求め、その力がおおきかっただけだ。

強大な力があるからってそれを人々の為に振るえとと言うのは都合がよすぎると思う。

そこらへん、エルならわかってくれそうなんだけどなー?


「リュー、お前の言いたいことはわかる。だがこの街に残ってお前は何をするつもりだ?こんな辺境でギルドの依頼をこなして生活する気か?それでお前はいいのか?」


あれ、話してなかったっけ?

あっ、そういえば言ってない気もするな。

丁度いいしここで伝えとこう。

そうすれば勇者を断る理由にもなるしね!


「実は、もう何をするか決めてるんだ。俺はあの町で”パティスリー”を開く。」


聞きなれない単語だった為かみんなのの表情にはてなマークが浮かんでいる。

確かに甘味がないこの世界ではまず聞くことのないことばだよな。


「ぱてぃすりー?聞いたことのない単語だな。店でも開く気か?」


「ああ。イートインメインでテイクアウトも可能にしたいと思ってる。要はカフェみたいなもんだな。色々と準備することは多いけど店は借りてあるし何とかなるだろ。」


しまった!

イートインとかも意味が解らないのか。

説明してもいいんだけどいちいち説明してると長くなりそうだしなによりめんどくさい。

後でちゃんと説明するから!

だからリズさん、そんな目で見ないでください、、、、。


「そういうわけだから勇者にはならないし、この街から離れる気もない。もうあきらめてくれると嬉しいんだけど?」


この街から離れる気がないって言ったときにリズとシズがやけにうれしそうだったのは気のせいじゃないと思う。

うぬぼれるつもりなんて全然ないけどつい見ちゃうから気づいちゃうんだよね。


「どうにかして説得したいが無理そうだな。もともと俺は頭使うのは向いてねーんだよ。こういうのはあの婆の仕事だ。人の事あごで使いやがって。最後にもう一度聞くが本当に俺と来る気はないんだな?もちろんその嬢ちゃんたちも一緒でいいぞ。」


エルランドがため息をつきながら最後の確認をしてくる。

何度も言いますが勇者になる気はありません。

それにしてもエルランドみたいな人をあごで使える婆が気になる。

だけど聞いたら何となく取り返しのつかないことになりそうだったので自重しておく。


「ない。けどエルには恩があるから何かあれば協力するよ。あくまで友人として、だけどな。」


「ちぇ、最後にしっかりくぎ指してきやがったか。まあいい、友人として何かあった時は頼むぜ。じゃあな。俺が教えたこと忘れんなよ?もし次にあった時腑抜けになってるようなら今度こそ叩き斬る!」


「肝に銘じておくよ。」


そんな物騒な言葉を最後に、戦闘狂のAランク冒険者との修行が終わった。

鍛錬だけは続けておこう、リュースティアが心の中でそう決意したことは言うまでもないだろう。



~帰り道~

「ほんとあんたってよくわかんないわよねー。ふつう勇者にならないかって言われて断る?」


帰路の途中でシズにそんなことを言われた。

やっぱり勇者って普通はなりたがるものなのだろうか?


「勇者になって世界を救えってか?俺が守りたいのは世界じゃなくてお前達なんだけどなー。」


「リュースティアさん、それはずるいです。」


「ん、なにが?だって俺は知らない人達なんかよりリズとシズの方がずっと大切だしな。2人には感謝してもしきれないくらい世話になってるし。好きな奴らを守りたいって思うのは普通だろ?」


2人が赤面しているんだが何も変なことは言ってないよな?

よな?

2人は恩人で、友人なんだから大切だと思うのは普通だと思うんだけど、、、。


「そ、それはそうと!お店ってなにするつもりなの?」


話題を変えたいのかシズが先ほどのエルランドとの会話で出てきたお店に話題に持ち出してきた。

2人にも頼みたいことがあったしいいタイミングだ。


「エルにも言ったけどケーキを売る店だよ。」


「”けぇき”とは”ぷりん”とか”すふれぱんけぇき"のことですよね?もしかして他にもたくさんそういったものを作れるんですか?」


さすがリズだ。

ふとした会話の際に話したケーキの事を覚えているとは。


「そうだな。準備することは多いけど何とかするさ。それで2人に頼みがあるんだけど、俺と一緒に店をやらないか?」


俺1人でもやれないことはないんだがこの世界の人達にもお菓子に触れてほしい。

それにリズたちと一緒に仕事するのは楽しそうだ。


「もちろんです!リュースティアさんと一緒にいれるのに断る理由なんてありません。」


「私もかまわないわ。別にリュースティアと居たいとかじゃにから!けぇきがら食べたいだけだから。」


うん、リズはそんなこと言ってるけど何でそこまで慕われているんだろう。

そこまで好感度上げるようなことしてないぞ。

してないよね?

シズはいつも通り、、、か?

いや、赤面しながらもちらちら俺のほうを見ている。

何をしている?


「さ、さんきゅ。じゃあ早速だけど明日からたのむな。」


とにかく2人の謎言動はスルーすることにした。

家に帰ったらログでスルースキルを習得していないか確認しよう。

もし習得してたら最大までスキルレベルを上げておこう。

きっとこれから2人と働くならマストスキルな気がする、、、。


「いいけど店はどうするの?」


「店ならもうあるぞ。エルとの修行で狩ってた魔物たちが結構いい値段で買い取ってもらえてたからな。そのお金で中古の安い一軒家を買ったんよ。」


そう2人には言っていなかったがエルと二人で狩った魔物たちの魔石や素材は全てギルドで買い取りをしてもらってある。

エルはこの程度の魔物に興味がないらしく狩りには一切参加しなかったので換金したお金は全てリュースティアの物になっている。

このあたりの森は上級者向けと言うだけあって魔石の買い取り価格もよかった。


「家が買えるくらいの魔石、ですか。いったいリュースティアさんはどれだけの、、、?」


「お姉ちゃん、リュースティアのやる事にいちいち気にしてたら持たないわ。この規格外の男の事は考えないようにしましょう。」


聞こえてるぞ?

それに規格外とか言うけど1日、数100匹の魔物倒しただけだしそのほとんどはエルが修行だとか言って引き連れてきたやつらを処理しただけなんだが。

規格外と言うならエルのほうだと思うぞ?

あいつの鬼畜教官さは完全に規格外だ。


「まあ、とりあえず!明日からら家を改装するつもりだからよろしくな。」


異世界に来て平凡な人生を望み、それが少しづつだが実現しようとしている。

大切な人達と大好きなケーキの店を開く。

こんな幸せはきっと前の世界では成しえなかったことだ。

だからか、2人と並んで帰路に就くリュースティアの頬はいつもより緩んでいた。


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