運命の出会い
「今日も森は平和なの!」
メーゾル領に隣接する森の中からそんな幼い子供の声が聞こえる。
声の主は四大精霊の1人、風と森をつかさどる精霊”シルフ”だ。
彼女はここ最近の日課である森の巡回を終えてお気に入りの木陰でドライアドや下位精霊と遊んでいる。
精霊たちは寿命と言う概念をもたないのでとにかく気が長い。
今精霊たちが遊んでいるかくれんぼも実は1か月前から続いていたりする。
精霊たちはみんな隠れるのがうまくなかなか見つからないので精霊たちでかくれんぼをすると年単位で続くことも少なくないらしい。
そんな中、シルフは早々に見つかってしまったので森の巡回をしていたというわけだ。
そして戻ってきてはすでに見つかってしまったドライアドとや下位精霊たちとたわいもない会話を楽しんでいるというわけだ。
「でね!あの人族の子ったらとてもかわいくて、恥ずかしそうにしながら魔力をくれたのよ。あの恥ずかしそうな仕草、そそるわねー。」
「ドライアドはすごいの!シルも人の子と話してみたいの!」
シルフはこの前人族の青年から魔力をもらったというドライアドの話をうらやましそうに聞いている。
そんなシルフをその場にいたナイース達がからかってくる。
「あんたには無理よ、幼子ちゃん。」
「けけけ、そうそう。シルフには無理無理。」
「精霊として未熟なあんたは人族と契約なんできるわけないじゃない。」
シルフは四大精霊にも関わらず精霊たちの中ではまだ若く、精霊としての力も未熟だ。
それは精霊の誕生や死滅が原因なのだが簡単に言えば前のシルフが消滅し、数百年前に今のシルフが生まれたというわけだ。
だからこうしてシルフの倍以上を生きているドライアドやナイース達によくからかわれている。
「そんなことないもん。シルにもできるの!」
「まあ落ち着きなさい。お主はまだ若い。これからきっと様々なことがあるから楽しみにしておけばよい。決して焦る必要などないのじゃ。お主たちもあまりからかってやるな。幼いと言えこの森の守護であるぞ。」
そう言いいきり立つシルフをなだめるのは森の上位精霊であるエントだ。
彼は見た目がおじいちゃんなのであまり精霊っぽくはない。
だがこのあたりでは一番の古株で、力もあるので精霊たちの中で彼に逆らおうとするものはいない。
「少し遊んでいただけよ。エン爺も過保護なんだから。」
なのでそんな言葉を残しつつもシルフをからかっていたナイース達は川の水に溶けるようにして消えていった。
「エン爺もみんなと同じこと言うの。どうしてシルはダメなの?シルも人と遊びたいの!」
どうやらシルフはエントの言葉がお気に召さなかったようだ。
エントはそんなシルフの様子に苦笑いしながらも優しく説明してあげる。
傍から見ると孫をあやすおじいちゃんだ。
「人族はの、みんな良い人と悪い人っていう2人をもっているんじゃ。だから精霊と仲良くなっても急に悪い人になって我々をいじめたりするんじゃよ。その悪意をお主は判断できんからのぅ。我々からすれば穢れを知らぬ若いお主にはまだ人と会ってほしくないのじゃよ。」
「1人なのに2人なの? よくわからないの!エン爺はいじわるなの。」
どうやら説明が難しかったらしくシルフには理解できなかったみたいだ。
そんなシルフをやさしく見つめるエントは本当にシルフを孫のように思っていることがうかがえる。
シルフもそんなエントの気持ちを知ってかエントには懐いているみたいだ。
なおも食いついてくるシルフにいつかわかるからと言って無理やり話を打ち切る。
シルフも不貞腐れながらもそれ以上食いついてくることはなかった。
頬を膨らませながらアルミラージに変身して森の中に消えていった。
「お主のこれからが楽しみじゃのぅ。一緒に歩めるかはわからんが、少しでも長くそばにいたいのう。」
シルフが森に消えた後にはそんな寂しそうな、そしてどこか悲しそうなつぶやきが聞こえた。
*
「もう、しつこいの!」
アルミラージに変身して森を駆けていたシルフは好奇心に勝てず、エントとの約束を破り人族の領域に足を踏み入れてしまった。
その結果、人族に見つかり森の中を逃げ回る羽目になってしまった。
「いたか⁉くそ、あのアルミラージはどこ行きやがった。」
遥か後方から冒険者らしき男の声が聞こえる。
どうやら撒けたみたいだ。
「もう、人族は荒っぽいの!」
開けた場所にでて追っ手を撒けたことに安心し、気を緩めるシルフ。
そしてそんなタイミングを見計らったかのように前方から2人の少女が現れる。
「もう、またなの!人族は多すぎるの!」
そんなことを言いつつも2人の少女から逃げるシルフ。
少女たちも急な接敵に戦闘態勢がとれず少し遅れて追いかけてくる。
後ろから矢や魔法が飛んでくるが焦っているからなのかシルフに命中しそうなものはない。
もっとも風と森を司る精霊であるシルフが自然の中で傷つくことはないのだが、初めての襲撃にそんなことを思いだす余裕もないみたいだ。
だがこれなら逃げ切れる。
そう確信し、眼前の草むらを飛び越えるシルフ。
そしてそのまま額の激しい痛みと共に意識を失うシルフ。
最後に見たのは驚きの表情を浮かべる青年の顔だった。
*
「エン爺、シルフ見なかった?」
シルフが森に消えていった次の日、エントのところにシルフと仲のいいドライアドがやってきた。
どうやらシルフはいつもの日課である巡回をせず、ドライアドのところにも遊びに来ていないらしい。
ドライアドも散策はしたらしいのだが見つけられなかったらしく、このあたりの森を統べるエントのところにきた、というわけだ。
昨日の今日でシルフが行方不明。
何となく嫌な予感がしたのでエントはすぐに自分の意識をこの森に
「居ったぞ。なんと、これは人族の領域か?しかも傍らにいるのは人族か?」
「うそ、シルフったらほんとに人族に会いに行っちゃったの?」
エントとドライアドが驚くのも無理はない。
普段、精霊たちは人が入れないような森の奥地に結界を張ってその中で暮らしている。
これはもちろん人からの過剰な接触を避けるためと言う目的があるのだが他にも魔物除け、と言う意味がある。
魔物は精霊を襲って食べることがある。
知能がなく、話が通じないので人よりも嫌忌されている。
「これは少し不味いかもしれんのぅ。少し荒事になるかもしれんが、シルフの元に行くしかないみたいじゃ。お主にまで何かあっては困る、ここにいなさい。」
ついていくと言い出しそうなドライアドに対して先にけん制を入れておく。
渋々といった様子で引き下がるドライアドにすぐ戻ると言って安心させ、森に道を作る。
森の上位精霊であるエントからすれば森に任意の道を作り、好きなところまでつなげることなど朝飯前だ。
したがってものの数分で道が完成し、シルフに元へたどり着いた。
シルフ、今助けるから待っておれ。
そう意気込んだエントだったが目の前に飛び込んできたこうけいは拍子抜けするものだった。
目の前には人族の青年となにやら楽しそうに作業をするアルミラージ姿のシルフがいた。
その姿は今までに見たことがないくらいに楽しそうで生き生きとしていた。
そんな様子を眺めていたエントは完全に出ていくタイミングを逃してしまい2人の姿を眺めるしかできなかった。
だがしばらくして我に返り、人族の青年の方を見る。
「なんと、これほどまでとは、、、。」
青年を見た瞬間に思わず感嘆の声を漏らすエント。
彼が見たのは青年の魂ともいえる心の深部。
どんなに表面を偽ろうとも魂だけは偽ることができない。
なので長い時を生きる精霊たちはその人の魂を除くことでその人となりを判断する。
故に数千年を生きるエントは今までに多くの魂を見てきた。
にも拘わらず、この時にみた青年の魂に感嘆の声を上げずにはいられなかった。
それほどまでに青年の魂はきれいなものだった。
生まれたばかりの赤子のように無垢で、たくらみなどの悪意が一切ないとても澄んだ色をしている。
そしてそんな魂を裏付けるかのように彼の周りには多くの微精霊たちがいた。
ここまで精霊に好かれる者と言うのも珍しい。
「彼になら任せてもよいかもしれんの。」
シルフの幸せそうな横顔を眺め、最後にそんなことをつぶやくとエントは森に溶けて消えた。
その直後、彼リュースティアの耳に”彼女を幸せにしてやってくれ”そんな声が聞こえたのはきっと気のせいではなかったはずだ。
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