第38話 パティスリー・エヴォチュール
「いらっしゃいませ!」
午前10時、貴族街という場所にそぐわない威勢のいい挨拶が聞こえる。
声の主はもちろんリュースティア。
【
お店の名前はリュースティアが適当につけたのだが意外と評判がよかったりする。
横文字は珍しいのだろうか?
てきとうにつけたはしたが一応それなりに意味はある。
店の名前になっている
一応リュースティアも冒険者ではあるし、未知の味への冒険と言う意味も込めてみた。
どうせ意味の分かる人なんていないだろうけど、聞かれたらちゃんと答えようと思う。
実際、店を開いたとは言ってもまだ足りない材料などがたくさんあるので売っている商品数は多くはない。
それにオープン時間は午前10時から午後4時までと短くしてある。
異世界に来てまで朝から晩まで働きたくないしね。
やはりケーキの類はこちらの世界では珍しいのか当初の受け入れられるかと言う心配をよそに店は大繁盛している。
最も繁盛しているのは平民だけであって貴族たちはまだ様子見中らしい。
結局、ラニアさんに話していた店を分けることはせずに営業している。
これはリュースティアによくしてくれているポワロさんがお店の後ろ盾になってくれたので貴族間の面倒ごとには巻き込まれる心配がなくなったからだ。。
それに社交の場にリュースティアのお菓子をもって宣伝してくれるらしいので貴族の間にケーキが伝わるのも時間の問題だろう。
ここだけの話、開店資金が少し足りなくて急遽、魔物を狩りに行ったりしていたのだがこんなに繁盛するなら商会に借りれば良かったと後悔している。
ラニアさんに金銭の斡旋ならギルドより商会の方がいいと言われわざわざ足を運んだのだが、期限内に利子込みで返せないと奴隷落ちになると言われたので諦めた。
奴隷になんてなったら普通に暮らせないじゃないか!
まあ、リュースティアの場合たった一晩で金貨数10枚分の魔石と素材を集められるので魔物を狩りに行っても大した手間じゃない。
ギルドの
そこまではいいのだが、若くて頼りなさげな外見のせいか相場よりだいぶ低い値段を提示させられたのにはさすがに辟易した。
別に安く買い取られても構何となく店員さんの馬鹿にしたような態度にイラっときたので備考欄に書いてあった相場を言いながら言葉の端に魔力を込めてみた。
傍から見たらただの脅迫だ。
この場合リュースティアは悪くないのだが。
悪くないよね?
そして店員さんと多少お話をし、無事に相場の値段で買い取ってもらえた。
うん、もっと信頼できる店を探そう。
この夜にログを確認したのだがそこに、
>”○○店の店主を脅迫しました”
>”脅迫スキルを手に入れた”
>”威圧スキル”を手に入れた
となっていたのだがそれは納得できない。
相場の値段で買い取ってもらえるようにお話しただけなのだが?
エルランドとの訓練を終えてから手に入るスキルが増えた。
ゲームのようにスキルポイントをためてそれを割り振ったり、スキル欄から任意のスキルを選べたりはしないが今回のように実践したり、経験するとスキルを獲得できる。
ただし、魔法スキルや武器スキル、生成スキルなどは適正と修練が必要らしい。
リュースティアがこれまでに手に入れたスキルはと言うと、
スキルレベルの10段階のうち、創造と剣スキルは6~9レベルまで習得しているがその他は1~5だし、使えないスキルも多いし。
なので熟練の人達と比べても大したことはない。
と、リュースティアは思っている。
だが、問題はレベルではなくその所持数なのだが例のごとくそれをリュースティアが気づくことはない。
念のために言っておくがリュースティアはレベル1だ。
転生して以来こまめにステイタスを表示させているが相変わらず表示はERRORのまま、ギルドにある鑑定石でも試してみたが最初数値のまま変動していない。
あれだけ修行したのに数値が一切変動しないことなんてあるのだろうか?
「若旦那、今日も元気がいいな。あれあるか?」
リュースティアがそんなことを考えているとお客さんに声をかけられた。
「セモアさん、いらっしゃい。すいません、ラスクは昨日売り切れてしまったんですよ。」
声をかけてきたのはお店の裏にある通りで呉服屋を開いている店主だ。
気前が良く、仕事も丁寧との評判だったのでセモアさんには制服の仕立てなどいろいろとお世話になった。
そのお礼と言うわけではないが試作品のシュガーラスクをあげたのだが想像以上に喜ばれた。
そして店が開いてからというものほぼ毎日ラスクを買いに足を延ばしてくれている常連さん第一号でもある。
ありがたいけど太るよ?
「そりゃないぜ、若旦那。あれがないとかみさんに怒られちまう。」
確かにセモアさんの奥さんの方がラスクファンだった気がするな。
さてどうするか。
無理に作れないこともないんだが、一回それをしてしまうと社畜化してしまいそうなので控えたい。
せっかくの異世界ファンタジーで仕事中毒とか遠慮したい。
やっぱり自由気ままに店を開くのが一番いい、というかそれが理想だ。
けど手ぶらで帰して夫婦喧嘩の原因になるのは何となく居心地が悪い。
セモアさんの呉服屋にはまだまだお世話になる予定だし。
「しょうがないですね。ラスクはないから渡せないですけどこれなんてどうです?まだ試作品なんですけどマカロンってやつです。卵白のお菓子って言ったらわかりやすいのかな?とにかく奥さんにプレゼントしますよ。」
そう言ってリュースティアがセモアさんに渡したのは硬貨くらいのサイズのピンク色のお菓子だ。
「よくわからんがこれもおかしなんか?これなら見せるだけで機嫌取れそうだ。ん?中に何か入ってるのか?」
「中はヒュームの実で作ったバタークリームがサンドしてあります。見た目のピンクも同じようにヒュームの実で色を付けてるんですよ。あくまで試作品なんでまだお店には並ばないですけどね。」
リュースティアの言うヒュームの実は元の世界でいうイチゴとラズベリーの間くらいの果物だ。
ラズベリーほど酸味は強くないが甘すぎるというわけでもない。
なので用途としてはベリーミックスと思って使っている。
「何言ってっかさっぱりわかんねーや。若旦那は学も武もあるときたもんだ。ここまでそろってて貴族様じゃないのが不思議でならんな。」
そんなことをいいながら軽快そうに笑い飛ばすセモアさん。
なんかそれフラグ立ててません?
「リュースティア!いつまで油売ってんのよ!早く戻ってきてこっち手伝いなさいよ。」
お店からシズの悲鳴にも近い怒号が飛んできたのでセモアさんとのあいさつもそこそこに店内に戻る。
「全く、店主がいつまでもぶらぶらしてんじゃないわよ。」
「キャー、リュ、リュースティアさん。これは、あ、え? なんで、ちょっと待ってくださーい。」
シズの小言を聞き、リズの悲鳴を聞く。
うん、今日も平和だな。
それよりもリズ、俺は卵を割っといてくれってお願いしたはずなんだが?
なにをどうしたら爆発が起きたような現場になる?
パティスリー開店の為二人にも調理補助を頼んだのだが想像以上にリズがポンコツだった。
料理一般はもちろん、掃除洗濯などの家事スキルが壊滅的だ。
どんな人間にも欠点はあるとはよく言ったものだと思う。
リズの場合欠点がでかすぎる気がするんだけど。
「悪い悪い、セモアさんに捕まってたんだよ。リズとシズはしばらくお店の方を頼むわ。俺は午後分のケーキと明日のケーキの仕込みしてるからなんかあったら呼んでくれ。」
厨房の惨事(主にリズの惨事)に極力触れないようにしながら二人には接客をお願いする。
リズほどではないにしろシズもなかなかひどかったりする。
シズはおおざっぱな性格からか繊細さが要求されるお菓子作りには向いていないことが分かった。
小麦粉を180g計量してくれって頼んだのにボウルいっぱいの小麦粉を持ってこられた時にはさすがに言葉が出なかった。
シズ曰く目分で足したり減らしたりしてけばいいとのこと。
いや、お菓子は状態がすごく大事で触りすぎるとよくないんだよ、、、。
そんなこんなでシズとリズには基本的に接客を担当してもらっている。
リュースティアの補助につくのはスピネル。
実は3人の中で一番お菓子作りに向いていたりする。
スピネルはシルフに気に入られ、今では2人はどこに行くのも一緒だ。
なのでシルフに念話をし、スピネルを呼んでもらう。
その際に当然ながらシルフもセットになるのだが仕方ない。
シルフがお菓子作りに向いていないことはわざわざ言う必要もないだろう。
なので彼女には試食係として大いに力をふるってもらおう。
「さあ、次はどんなお菓子をつくろうかな。」
スピネルを待ちながら新作ケーキに思いを巡らせる。
こうして異世界で初のパティスリーは多少の問題がありながらもおおむね順調な滑り出しを見せたのだった。
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