第10話 異世界にはアレがない?

とりあえずその日の宿も決まり、まだ日が落ちるまで時間もあったし二人に都を案内してもらうことになった。


ん?

シルフはどうしたかって?

いくら契約したとは言え四大精霊の一人でもあるシルフを連れて歩くのはさすがに気が引ける。

いらぬ厄介ごとを持ち込まれそうだしな。

けどなんかあった時の為に一緒にいた方がいいか?とも思ったが、シルフ曰く、契約者がどこにいても呼びかけさえすればすぐにその場に現れることができるらしい。

なんでも魔力の波動を感知してその場に転移できるとか。

それならばどこか適当な場所にいてくれと言ったのだが、なにせ久しぶりの人間の世界だ。

自分も見てみたいと一向に引かず。

意地でもついていくと聞かないので、動物に変身してもらった。

シルフは風と森の精と言うだけあって森に、つまりは自然に属するものであればその姿を借りることができる。

ちなみにリュースティア達が見た少女の姿というのも森に属するある部族の姿を借りたものらしい。

それを聞いたリュースティアがそんなかわいい子がいる部族ならなんとしてでも会いに行かねば!と決心したことは言うまでもないだろう。

とまあこんなわけで今シルフは白銀の子鷲に姿を変え、リュースティアの頭に乗っかている。

なぜ白銀の鷲かというと、この鷲はフレスベルグという名で、神鳥?らしい。

神鳥であるならば召喚獣という事にできるので変に動物を連れているよりは目立たないとリズが教えてくれた。


というわけで三人と一羽で都を探索している。

この世界の人達にとっては何でもないようなものでもリュースティアにとっては見る物すべてが物珍しくテンションがダダ上がりなのである。

ついついはしゃぎすぎてしまう。

まるで初めて遊園地に訪れた子供だ。

そしてそんなリュースティアに接する二人の態度もどこか小さい子に対するものとなっていたのもきっと気のせいではないだろう。

今日はそんなに時間もないのでメインストリートとも言われる【ラクス通り】を案内してもらっていたのだがここでリュースティアはあることに気が付いた。


「なぁ、ここの通りってケーキ屋ないの?」


そう、リュースティアにとっては欠かすことのできない店、そしてかつての職場。

ケーキ屋、それだけじゃない。

スイーツ自体も見かけなかったのである。


「けぇき屋? けぇきって何?」

「ケーキを知らないだと⁉ 甘くて、ふわふわしてて誕生日とかに食べるあれだよ!」


この世にケーキを知らない女子がいるなんて想像もしていなかった。

テンパりすぎてケーキの説明になってない。

こんな説明を地球でしようものなら速攻でパティシエを首になる。


「甘くてふわふわ? もしかして砂糖のことでしょうか? 砂糖ならば香辛料の店に行けばあると思いますが。」


砂糖はあるのにケーキがない?

もしかして甘味を食べる習慣というか文明がないのかもしれない。

そのことを考えリュースティアは戦慄した。

これはパティシエなら当然なのだが、リュースティアは甘いものが好きだ。

地球にいたころは試食やロスのケーキなど毎日何かしらのケーキを食べていた。

だからというわけではないがリュースティアにとって甘いものは生活の一部なのである。

ケーキのない生活など考えられない。

故にリュースティアはこちらの世界でも喫茶店のようなところで働きケーキでも作って暮らしていこうと考えていたのである。

だからケーキがないという事はリュースティアから生活の一部を奪っただけでなく仕事も奪ったという事になる。


「はぁ、まじかー。甘いもののない生活、、、。耐えられない。ここは俺にとっての楽園じゃなく地獄だったのか。」


先ほどのテンションはどこへやら。

すっかり気落ちしてしまったリュースティア。


「ちょっと!なに一人でブツブツ言ってどこ行くつもり?そろそろ日も落ちるし帰るわよ。」


シズがそう言ってどこかに歩いていこうとしたリュースティアの腕をつかみ通りを進んで行く。

女の子と腕を組んで歩くという今までに経験したことのないシチュエーションを体験しているにも関わらずリュースティアの心はすでにここにあらず、だった。

ちなみにリュースティアがこの時のことを死ぬほど後悔するのはもう少し先の事である。


シズに腕を引かれるがままに歩き、一行は大きな門の前で停止する。

その門は白に金の装飾が繊細に施された見事なものだった。

そしてなにより驚くのは奥にそびえたつ屋敷の大きさとその屋敷を含む広大な占有面積だろう。

先ほどまでケーキがないことにショックを受け言葉を失ったいたリュースティアだったが今度は別の意味で言葉を失う。


だがそんなリュースティアの様子などお構いなしに二人は門をくぐり進んで行く。玄関までの間にも噴水や庭園があったりと無駄に広い。

だが管理は行き届いているようでさびれた様子などなくどこを見ても美しい風景が広がっている。

庶民の中でも貧困の部類にいたリュースティアはこの圧倒的な雰囲気に言葉もない。

驚きを隠せないままもなんとか二人に追いつき玄関までたどりつく。

玄関の扉も大きく豪華だ。

それでいて繊細な装飾が施されているから大きいながらも気品がある。

二人を追って小走りをするうちにそんなことを考えるくらいには平常心を取り戻していた。

もう何が来ても驚かないぞ。

そう決意し、シズが開け放った玄関の中に足を踏み入れる。


「たっただいまー。」

「ただいま戻りました。」


「おかえりなさいませ。リズお嬢様。シズお嬢様。」


数十人もの声が広い玄関に響き渡る。

そしてタイミングを合わせたかのように全員が同じ動作でお辞儀をする。

両サイドに並ぶであろう使用人と思しき数は片側だけでも10人以上はいそうだ。

だが何よりも驚かされたのは広い玄関に高い天井。

そしてそこから吊り下げられた輝くシャンデリアに高級そうなインテリアの数々。



「うそん。」


ただいまと言う二人の後に続いて入ったそこは別世界だった。




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