第3話 おめでとうパーティー
ローブル聖王国は、昔から東の丘陵地帯に住む亜人たちの侵略に悩まされてきた。その為に国を挙げて全長百キロを超える城壁を建築し、また都市だけでなく村や街も軍事拠点足り得る堅牢さを備えていた。
その要所が、北はカリンシャ、南のデボアである。
そして、南北二つの要所の中間ほどに、オーレンという都市があった。魔皇亜人戦争では、北部はどこも壊滅的な被害を受けたが、このオーレンは中でも凄まじい有様であり、開戦初期に南部に逃げられた者以外は生き残りが存在しないほど苛烈で陰惨な、悪魔と亜人による支配を受けた。
ここで捕虜となった者で生存者はいないため詳細は不明だが、おそらくはデボアでの南部聖王国軍との戦いやロイツ防衛戦において、亜人の食糧や盾とされた民たちがオーレンの人々であったのでは、と推測されている。
南部聖王国軍がこの都市を解放した時には亜人どもしかおらず、人は存在していなかった。領主であった貴族も行方不明のままで継ぐ者もなく、それどころか肝心の民がいない。
結局、領主不在の為に聖王直轄地となり、南北を繋ぐ都市の一つでありながら軍が亜人の残党狩りの拠点に利用するだけで、かつてオーレンで暮していた僅かな生き残りも怖がって戻らずに南部で新しい生活を始めた為、人口も増えぬまま。
そんな都市オーレンに集まり出したのが、各地で独自に残党狩りをしつつ、活動拠点を広げていたネイア・バラハの設立した支援団体の者たちだった。
彼女たちは、プラートやホバンス解放戦の後に南部へと逃げ出した亜人連合の残党狩りの為にも、今まで軍が少しずつだけ進めていたこの都市の再建を、聖王の許可の下に大々的に始めた。アインズ・ウール・ゴウン魔導国より借りたという
とは言え、かつてのオーレンの賑わいにはほど遠い。
力を失った北部貴族や南部貴族も、収入はなく工事費だけは大量にかかるこの地を、領地にしたいと思う者はいなかった。
なので、聖王直轄地であるオーレン周辺を、再建に貢献したネイア・バラハに委任すると言う話が出た時も、批判はされても代わりに統治する者は現れず、"顔なしの伝道者"が就任する事となる。
この後、オーレンが異例の発展を遂げるのは、新通貨"
北部を中心に新通貨が広がり、取引が行われ物流が加速する。南部ではこれに反対する者も出るが、オーレンで商売をするなら旧硬貨を両替するしかない。そして、商人であれば新しい景気には鋭敏に行動する。
その過程で出会ったのだ。魔皇亜人戦争で息子フランセスクを亡くした、南部の大商人と、"顔なしの伝道者"が。
オーレンで開かれたネイアの集会に彼は参加し、戦争で子を失った悲しみが自分だけのものではなく、多くの癒し難い悲哀がある事を知り支援団体に加入した。それが南部の商業網に乗り、南部で腫物に触る様な扱いを受けていた戦争参加者たちに届き、そうした人々が続々と南部からこの都市に移住して支援団体に加わった。
亜人の残党狩りの拠点として再び人の集まったオーレンは、人と物と金が集まる経済や流通の中心としても成長した。ネイアの設立した支援団体、現在の聖強教団が大多数を占める都市となる。
その日の明け方。
城壁の方角からオーレンへと向かう一団があった。整然と四列縦隊を維持し、馬車群も引き連れて街道を黙々と進む。
誰も皆、武装をしているが統一された装備ではない為、聖王国軍ではない。中には同じ白い
聖強教団の印である。
聖王国の正規軍ではないにも関わらず、その統率された動きは見事であり、それ一つを見ても練度が実感として伝わってくる。そんな中でも先頭集団は飛び抜けて気迫が違った。
親衛隊、と呼ばれる聖強教団の亜人狩り最精鋭。魔皇亜人戦争中に組織され、戦場を生き抜いてきた者たちが中心となっている。
そんな最前線で戦い続ける歴戦の猛者たちも、オーレンは優しく向かい入れる。
ここは、その為に復活した都市なのだから。
亜人連合に滅ぼされた地は、聖王国の亜人残党を滅ぼす為の地へと生まれ変わったのだ。討伐を果たして帰還した彼らは、歓声をもって迎えられる。
その声に応えながら、広場に整列。今回の討伐で指揮を執ったベルトラン・モロが、挨拶と必要事項の通達を行い、解散が告げられる。
各々が都市に散らばって行く中、親衛隊の半数はベルトランと共に残る。彼が頷くと数台の馬車と都市の一角にある墓地の方へと向かった。
亜人との戦闘で、惜しくも命を落とした戦士たちを弔う為の者と、もう一つ墓地の近くにある高い塀に囲まれた場所に向かう者とに分れる。ベルトランはその後者だった。
その建物には、すでに伝令を向かわせていた為、門は開かれていた。門番たちも顔馴染みではあるが、確認して調べる事には妥協しない。
一切の調査が終わって、漸く門番の女性も微笑む。
「亜人どもの討伐、お疲れさまでした。今度は、私も行きますからね」
彼女も親衛隊の一人だ。今回はこの建物の門番役だったが、次回は討伐隊に志願したのだろう。亜人をこの手で倒したいと望む皆も頷く。
「奴等を一掃すべく、共に頑張りましょう。ところで、ドクター達は?」
ベルトランの言葉に、門番は苦笑する。
「皆さん、心待ちにしていましたよ。五人全員が揃って、交互に何度もここに顔を出していましたから」
「それでは待たせた分、急いで荷を届けるとしましょう」
チラリと馬車の方を見てから、建物の搬入口へと向かった。
今日は夕方にはバラハ様が来られる大事な日であり、会場は準備が終わっているが、ベルトランもこの後はすぐに自身の支度もせねばならない。
彼ら五人がコレに夢中になるあまり、集会に来ないのではなかろうかと心配にもなるが、我らの教祖は優しく、なにより教団員の成果に感動し
でも、なるべく多くの者たちに祝って欲しい日でもある。バラハ様だけでなく、特別な御方にも来ていただけたのだから。
聖強教団、支援者数三十万人突破おめでとうパーティー。
それをオーレンで行おう、というのが今日この日である。
本来ならば、首都ホバンスでするのが望ましいのかもしれないが、突破後に直近で開催できそうなのがこの都市であった。ネイア・バラハも側近も、仕事量が増えて聖王国中を駆け回っている為に、なかなか集まれる機会がない。
現在、聖強教団には数多くの才能が集まり、また発掘されて育ってきてはいるのだが、大型の催事から軍団の指揮まで統率できる能力を開花させた者はベルトラン以外には少なく、さらに貴族や上位階級の作法まで理解している事と両立しているのは彼以外にはまだいない。
これは今後の課題であり、躍進の鍵でもある。
軍の統制、貴族の流儀を知る事は、勢力の拡大には欠かせないだろう。
しかも"顔なしの伝道者"は、多くの人に知識を授ける事が非常に巧みであり、個別に
こうした能力者には前例がそもそもなく、手探りでどんな力かを解明していく必要もあったが、組織の可能性を確実に広げてくれる。
今は人材育成の時なのだと、ひたすら励むしかない。
よって、検討の結果がオーレンでの開催だ。
ベルトランとしても苦ではなかった。
亜人を現在進行形で監視や討伐をしている者からは、「俺も行きたかった」とぼやかれたが、警戒網の維持は解くわけにはいかない。何か別の機会を設けようとは思っている。
教祖本人にも秘密のパーティーは、なかなか開催できるとも思えないが。
オーレン最大の施設は聖強教団の教会だ。
本日は教祖ネイア・バラハが訪れた事もあり、外せない要所にて勤務する者たち以外のほぼすべての住人が集結している。
教祖は常のようにアインズ・ウール・ゴウン魔導王の逸話を語り、その教えを説き、新たに得た自身の知識をその道の識者も交えて皆に広める。ネイアの話は不思議と理解が早く、特に識者と共に語られる内容はその力を感じる者も出てくる。
例えば、神官の能力がどんなものかを話すと、関連した才能を持つ者がネイア或いは本人によって感覚される。ネイアにはその人に向いているか、向いていないかがユラユラと湧き出る靄のような物の大小で判別できる。本人が感じる場合は直感が働くように「これだ」と思うらしい。
勿論、思い込みが強い人もいるので、「何か感じた」という方に挙手してもらい、ネイアが見極める。中には、才があるのに感じないという者もおり、これはネイアが「あなたもどうですか?」と、集会後の
そのように集会毎に様々な才能を見出す。
「さぁ、皆さん! 新しい力、次なる知識を積み重ね、更なる飛躍を目指しましょう! 未来の為に!」
ネイアの言葉に、拍手が起こる。
大抵はここで閉会に向かうのだが、今日は違った。司会進行のベルトラン・モロが、花束を抱えた少女と静かに登壇する。
「バラハ様」
緊迫した声音に、ネイアは戸惑う。
「え? え? え?」
「実は、聖強教団の信徒が三十万人を超えました」
「え⁉」素直に驚く教祖。
「おめでとうございます」ベルトランの祝福と共に、少女が花束を差し出す。
「え、えー?」受け取りながらも、まだ困惑するネイアに、皆から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
教会の隅から隅まで見渡しながら、ネイアは徐々に感激が大きくなっていくのを実感していた。
「わぁ、皆さん…。本当に、ありがとうございます。…これは、寧ろ皆さんへの感謝を、私がしなければいけないところなのに、心から…嬉しいです」
ネイア・バラハは、自然と涙が溢れ頬を伝わるのを感じた。
「嗚呼…、あまりの感激に涙が…」
す、っとネイアがその仮面を外すと、教会に集まる全員が思わず頭を下げた。一糸乱れぬ完璧な同調であり、まるで皆が同一の個体であるかのような統率された意志がそこにはあった。
これは、そう、我らが教祖への敬愛の証なのだ。決して「仮面の下を見ては…、目を合わせてはいけない」と誰もが確信したからなどでは断じてない。
「バラハ様、おめでとうございます!」
祝福の言葉も見事に揃っていた。
これも、体裁の悪さを誤魔化そうとした息が揃ったのではなく、皆の心が通じ合い一つになっただけなのだ。
「重ねて、ありがとうございます! これも、魔導王陛下のおかげですね!」
被り直した仮面からの声は歓喜に満ちていた。信徒全員も安堵の気持ちでいっぱいだった。
信徒からの贈り物も、銀の台車に載せてネイアの傍に運ばれてくる。
その時、ベルトランが合図をすると、聖強教団音楽隊が緊迫するような、静かに響く打楽器の連打音を続ける。
「え? え? 今度はなんですか⁉」
元来小心者のネイアが不安がる中、ベルトランが語り始める。
「信徒の三十万人突破を記念しますこの日、特別な御方もこの教会にお越しくださいました。皆様、盛大な拍手でお出迎えください。アインズ・ウール・ゴウン魔導国より来てくださいました、シズ様です」
ダン! と一際大きく打ち鳴らされた大太鼓の音と共に、ネイアの隣に突如出現した少女の姿があった。
「…………ハロー」
「わっ! びっくりしたッ! …何、え? 先輩?」
シズは頷く。
「…………そう、後輩。祝福に来た」
無表情で平和を意味すると言う
皆からも大きな拍手が起こる。「シズ様だ!」「本当にお綺麗」「プラート解放戦で見たあの雄姿!」共に戦った日々を思い出す人々もいるようだ。このオーレンには南部出身者も多いが、戦争参加者がほとんどである。
しかし、そこで北部だ南部だと諍い合うような心は皆無だった。
この聖王国で強さを求める者は、誰もが聖強教団の信徒なのだから。
シズが、リボンが巻かれた白い小箱をどこからともなく出す。
「…………これは、アインズ様にお頼みして許された、後輩への贈り物」
「え⁉ 先輩に来てもらえただけでなく、魔導王陛下からも⁉」
ネイアだけではなく、教会内もざわつく。
「すでに多くの物を戴いているのに、これ以上は…」
辞退しようかと迷う。
「…………不敬」
そうシズに言われると、どうしようもない。好意を無駄にするのは、忠義にも悖るだろう。
抱えていた花束を、ベルトランの脇に立つ少女に「綺麗なお花、ありがとう」と伝えて、銀の台車の上に置くと、シズから差し出された小箱を恭しく受け取る。
リボンを解いて開けると、中には純白の羽が入っていた。
「わぁ、綺麗! でも、これはなんですか、先輩」
「…………天使の羽」
なるほど! とは思ったが、聞きたかった答えとは違った。しかも、手にすると白い光が発する。
「わっ! なにか輝いていますよ?」
今夜は驚きの連続だ。次々と色んな事が起こり続ける。
「…………もう? なら、使って」
「え? 確かに使えるみたいですけど…。あ!」
マジックアイテムを使用した時のように、使い方は頭に直接浮かび上がるが、「使用」を実行したら、天使の羽とやらは光となって消えて行く。
「あ、あ、あ…! って、何? 今度は背中が…ッ!」
身体を白い光が包み、背中から何かが生えてきて衣服を押し上げる。信徒からもどよめきが広がった。
ネイアを包む輝きが、弾けるように消える。
「えー! ホントに何なのぉー⁉ …え、浮いてるしぃ!」
足元を見れば、若干浮かんでいる。
「…………おめでとう、天使になった。人間ではかなり貴重」
微かに聞こえるような小さな拍手を送るシズ。
「え、天使⁉ 天使になっちゃったんですか? 私が⁉」
信徒たちも「…お、おぉ?」とまばらな拍手が起こる。祝っていい、のかな? と誰もが困っているのだが、シズ様が祝っているのだから、と次第に拍手の音が大きくなっていった。
本人はあまりの出来事に呆然とするだけで、言葉もない。
しかし、後で悩もうと気持ちを切り替える。
「ありがとうございます。魔導王陛下にも感謝をお伝えいただけますか?」
シズは黙って親指をたてる。了解してくれたのだろう。
「…………ここまでは良い報せ。でも、ここからは悪い報せになると思う」
人間から天使になってしまったのは良い報せなのか? と思いつつ、ネイアと信徒たちは静かにシズの言葉を待つ。
「…………人間も復活魔法を使える。これは知ってる?」
ネイアは頷く。
「はい、聖王国には使い手はいませんが、王国には使えるという"蒼の薔薇"の方にはお会いした事もあります」
おお、という感嘆の声がするが、ネイアは舌に苦味が広がる感じがした。嫌な予感するのだ、この話には。
「…………多様な種族にも、難しいけれど復活の手段がある。亜人種にも、異形種にも、大儀式を用いて蘇った者もいる、と」
「…いったい、何の話をしているんですか、シズ先輩」
いや、分かっている。ここに集まった皆にも、この流れで勘付いた者たちがいるのは、耳に聴こえる囁き声からも理解出来た。
「…………復活の方法は高位の悪魔にもある。その儀式には、多くの黄金がいる…という話を聞いてきた」
静寂があった。
今日はめでたいパーティーであるハズだ。
魔導国からも使者としてシズが来てくれた。
喜びも感動もあった。先ほどまでは。
暗い絶望の予兆が、教会の隅々まで満たしていくようだった。
「シズ先輩……。復活とは…、その、悪魔…とは?」
シズの言葉に迷いはなかった。
ここにいるすべての者たちが、話の中で確信していたが、それでも告げて欲しくはなかった事実であったとしても。
「…………魔皇ヤルダバオト」
ローブル聖王国を暴虐の炎獄に突き落とした最凶最悪の魔皇。
その復活の可能性が、今、奈落の底から這い上がってきたかのようであった。
「魔皇ヤルダバオトの、復活…」
ネイアの呟くような声は、無言の教会内に
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